38.レイラと学の対立
「ハイ、三十分休憩ー」
午後一時から始めて、早二時間。時刻は午後三時になっている。立ちっぱなしだった部員五人と末続は崩れるように床へ腰を下ろした。レイラは白い手袋を脱ぐと、スーパーの袋から「さきイカ」を取り出した。
「食べなよ」
そう言って隣にいた西田に勧める。
「何でさきイカなんすか」
イカをつまみ西田は苦笑する。更に隣の明日菜にも「さきイカ」を差し出した。
「塩分よ、疲れには塩分」
「私にもちょうだい」
末続が明日菜の隣に座る。袋が回り全員にイカが行き渡ったところで、黙々と噛みしめている室内にオケ部の音が聞こえて来た。
ふと、向こうも音が止まる。同じく休憩に入るのだろうか。
がちゃがちゃと片付けのような音が聞こえると同時に、オケ部の部長が鶴の間に入って来た。
「すいません。お風呂なんですけど、順番どうします?」
男子には関係のない話だ。レイラと明日菜は
「そちらの希望に合わせます」
と返した。オケ部部長は一礼して忙しそうに去って行った。
「お風呂が大変なのよねー、特にオケはね」
末続がにやりと笑う。
「その点今年は、うちは楽だわ」
学はそれを聞き、疑問が湧いた。
「今年は楽、ですか?」
「そうよ、去年なんか」
言い始めてから末続はしまった、という顔をした。すかさずレイラから
「コーチ!」
と怒号が飛ぶ。明日菜は天井を向いてとぼけたように黙っている。何かおかしい、と学は感じた。女性陣は皆、何かを隠しているようだ。
「去年も合宿したんですか?」
更に問う。不穏な空気が流れ始めるが、学は話を止める気にならなかった。
「……したわ」
レイラはぽつりと言い、何か察したらしい岬が
「何人参加したんですか」
と重ねて問う。
「そういえば部活紹介のビデオには、少なくとも七、八人の部員がいましたよね?」
核心に迫ろうと学が話を詰めようとすると、レイラが急に反発した。
「去年のことはいいじゃない。今はこの五人でやってるの!」
男子達に白けた空気が流れる。
「えー?別に隠すようなことじゃないっしょ。部活って、二年目で部員が減っちゃうなんて、良くあることじゃないですか」
西田が畳みかけると、ついと顔を伏せてしまったレイラに代わって明日菜が答えた。
「……十四人」
「え?」
「私達の学年だけで、十人いた」
予想を遥かに上回る数に学は驚いた。
「二年は八人も消えたんですか」
そう驚いて見せた岬に、明日菜ははっと顔をこわばらせた。
「まさかレイラ……一年にはあの話、本当に全くしてないの?」
皆の視線がレイラに集中する。レイラはあからさまに不機嫌になって、
「言わないわ。当然でしょ」
と突っぱねる。険悪な雰囲気が漂い始めたのに気付いて、コーチは手を叩いた。
「ね!ちょっと早いけど練習再開しよっか!」
努めて呑気に言ったのがいけなかった。
「コーチ!コーチがあんなこと言わなければ……!」
レイラは立ち上がり、末続を罵ろうとする。青ざめる末続の前に、学が立ちはだかった。
「コーチのせいじゃないでしょう」
怒るでも悲しむでもない、学の口調は冷静だった。
「ずっと何かを隠し続けているこの部の空気に、一年はずっと疑問を持っていた。それがたまたま今日ちょっとのきっかけで表に現れただけです。大元の問題はコーチじゃなくて、藤咲さんにあります」
レイラは怒りの矛先を失い、下を向きふうとひとつ息をついた。
「……何も知らないくせに」
「はい。何も知らされてませんから」
「!」
今の学は、何を言われても動じなかった。立ち上がった二人が睨み合いになり、他の部員は見守ることしか出来ない。
「…… 言わない」
レイラは絞り出すように呟いた。
「絶ッッ対に言うもんですか!」
言うなり、鶴の間を飛び出して行ってしまった。明日菜は膝に顔を埋めている。慌てて末続が追いかけて行ってしまう。
一年は何が起きたのかさっぱり分からない。
「……僕のせいかな……」
岬が自らの小さな発言を悔いている。西田が慰めようと口を開くと、
「藤咲先輩のせいです」
への字口のまま、学は言った。
「誰のことも信用していない、藤咲さんのせいだ」
更に強調して繰り返した。




