33.レイラの隣にいる男
末続が手にプリントを持ってやって来た。はい、と手渡しされる。頭には「合同合宿」の飾り文字が躍る。
学がまじまじと見つめていると、
「一年生は初めてよね。これはね、ハンドベル部とオーケストラ部での合同合宿の参加申込書なのよ」
男子三人はおおーと呟く。合宿……学はどきどきして来た。
日時は夏休み中盤の三泊四日。
「オケ部ってどれぐらいが参加するんですか?」
西田の興味は女子の人数のようだ。
「オケは多いわよ!三十人はいると思う」
「そんなにいるんですか?」
「ええ。それでも大丈夫なぐらい、合宿先は広いわ。男子の存在もきっと考慮してくれるから、部屋割りとかは安心して」
現時点では、部員全員が参加出来そうだった。合宿中に沢山の曲を用意するから是非来て、と末続は目を輝かせている。
「合宿か……」
部活からの帰り道、男子三人揃っていつものように下校する。
「何かドラマが生まれそうだよなあ」
西田の発言に他の二人が笑う。笑うなよ、と西田は言った。
レイラと明日菜は予定があるとかで幾分先に教室を出ていた。三人は男子らしく部室に残ってうだうだとやっている内に、帰りが遅れてしまっていた。周囲に他の生徒の姿はない。
まだ熱が残る夕方の道路に、ぽつんと手帳が落ちているのを学は見付けた。少し小走りに、そこへ近付いて行く。落ちていたのは生徒手帳だった。S学院の校章が夕日を浴びて金色に光っている。
「うちの学校のだ」
手帳を囲んだ三人の内、岬がかがんで拾い上げた。中身を確認する。定期券の購入証が挟まっている。
「これ、藤咲さんのだ」
「本当だ。届けた方がいいんじゃないか?」
「まだ間に合うかな」
パラパラと岬が何の気なしにめくると、ひらりと何かが落ちる。学はそれを慌てて拾った。
それはプリクラで撮ったと思われる、小さな写真だった。
レイラと、スーツ姿の青年が、寄り添って写っている……
男子三人はそれを凝視した。写真の二人は幸せを分け合うように笑っている。学はどきりとした。レイラがこんな風にふんわりと笑うのを、学は今まで見たことがない。
西田はへーえ、と口に出した。岬はけげんな顔で見つめている。
「……先輩の隣にいるの、誰だろ」
「さあ……僕は見たことないですが」
三人は歩き出した。
「手帳にはさんでるくらいだから、彼氏とかじゃないですか」
岬が簡単に言ってしまうのを、学は驚きを持って見つめる。
「あの人性格はアレでも何だかんだ美人だから、これぐらい男前と付き合っててもおかしくはないよな」
言いながら西田は首を傾げた。
「あれ?おかしいぞ」
「ど、どうしたの?」
学は緊張しながら尋ねた。
「いや。俺、こいつ見覚えがある……」
岬はそうですかと流したが、学は気になってしょうがない。
「へー、だ、誰?」
「思い出せん。でも絶対、見たことある!」
「思い出せないぐらいだから、駅で見る人とか、全くの他人じゃないですか」
「あー、きっとそんな感じだわ」
西田と岬はそれで納得出来たようだ。学は携帯を取り出すと、電話をかけ始めた。
「どうした?市」
繋がらない間に、学は
「……まだそんなに遠くへ行ってないかもしれない。ちょっと、先輩に電話してみる」
と早口で言う。電話はすぐに繋がった。
「もしもし、市原君?」
レイラの声がする。
「先輩、生徒手帳落としませんでしたか?」
率直に学は問うた。しばらくして、
「……市原君、今駅に向かってる?」
はい、と学は答えた。
「私、今駅にいるの。待ってるから、持って来て貰っていいかな?」
彼女の声色は落ち着いている。学は二つ返事で電話を切った。
改札の向こうで、レイラは待っていた。三人は改札を通って彼女と落ち合う。レイラと共に下校したはずの明日菜の姿はなかった。
手帳を手渡し、
「じゃあ、これで」
と歩き出そうとした三人を、レイラが呼び止めた。
「待って」
三人、立ち止まる。レイラは手帳をめくりながら、問いかけた。
「手帳の中身、見た?」
決まりの悪そうな顔の三人を認めて、更にレイラは問い詰めた。
「裏の見開きに貼ったプリクラ……表の方に移動してるわよ」
西田はため息交じりにレイラに向かい合うと、
「先輩、俺ら見たくて見たわけじゃ」
と取り成す。
「そうです。拾った時に、その、写真がひらひら落ちて来ちゃって」
岬も持て余すような微笑で弁解する。学はただ、固唾を飲んで頬を固くし、注意深くレイラの様子を見つめていた。
レイラはそんな三人を見比べるようにそれぞれ見つめると、急に思い詰めた顔になり、
「お願いがあるの……」
と泣き出しそうな声で懇願した。
「この写真のこと、絶対誰にも言わないで。コーチにも、明日菜にも」
三人、その必死な様子に面食らった。いつものレイラではない。
「言いません」
誰よりも早く、学は宣言した。あとの二名も慌てて頷く。するとレイラは深々と頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
それから小走りに列車到着ホームへ駆けて行く。男子らは置いてけぼりにされたように佇んでいた。
手帳の校則欄を確認する。男女交際について禁止する項目は無かった。
「……禁止はされていないようですね」
「何であんなに慌ててたんだろう?」
「うーん、他の人に黙っていろというのが気になりますが……市原君?」
学はぼんやりしたまま、うん?とやっとのことで返事をする。西田は岬の肩を叩くと、お察し、というように首を横に振った。
「ともかく、俺らは後輩だ。お願い、きちんと約束は守ろうな」
三人はホームの手前で別れる。学はひとり渋谷方面行きの電車に乗り、座席を見つけると、ようやく腰を据えて考え始めた。
(俺、何でこんなにショックを受けているんだろう?)
写真の中の二人を思い出す。
(あの男の人、背も高くて格好良かったな。先輩はその隣なら、あんな風に笑えるんだ)
車内に人が増えて行く。その混雑ぶりと比例して学もまた、混乱して行く。どうやって帰って来たのかも分からないまま、学はいつの間にか自宅に到着していた。




