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ハンドベル・リンガーズ!  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
第1章.冴えない毎日

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15.車椅子のヒロ君とハンドベル

 迎えた日曜日。


 昼過ぎに学校に集合した生徒らは、石室顧問の引率でN作業所へ向かった。施設の門の前で、二年生らが施設の利用者や職員と慣れた様子で挨拶をする。


「今日は新一年生も、体験入部させていただきます」


 紹介された一年生らが頭を下げる。男子三人のほかに、女子が六人参加していた。


「ああ、男子ね。今年から、男子の入学も始まったのよね」


 施設の人々は、我が校の事情に明るい。皆で入ると、知的障碍があるという利用者らの熱烈な歓迎を受けた。


「では作業班、分かれましょう」


 石室の采配によって、一年生は男子三人、女子三人、女子三人の三グループに分かれた。そのグループひとつにつき四人の二年生が指導に付いた。学らは先輩部員に先導されて作業場に足を踏み入れた。


 そこではキーホルダーを袋に詰める作業をしていた。このような小さな作業も機械ではなく人間の手が行っていたことに、学は気付かされる。


 その教室から、ひときわ声と体の大きい青年が車椅子に乗って走って来た。学はこのような施設でこのような人々と接するのは初めてだった。


 彼は何を思ったか、学の目の前に車椅子を乗り付けて来るなりこう言った。


「ハンドベル!」


 学は驚いてしばらく声が出せなかった。西田と岬は顔を見合わせる。職員が慌てて駆け出して来た。


「ヒロ君今日はね、ハンドベルは来ないのよ」


 彼はすぐ元の場所に戻された。けれども諦め切れない彼は、何度もその楽器の名を呼んだ。一年生は固まってしまったが、上級生らはにこにこ笑って


「ヒロ君、去年ボランティアで来たハンドベルが忘れられないんだね」


などと話し合っている。近くにいた職員が楽しそうに言う。


「あの人落ち着きがないんだけどね、ハンドベルが来る時だけは大人しーくなるのよ」


 へえと西田が言い、何も言わない学に代わって岬が聞いた。


「いつ来たんですか、ハンドベル」


 上級生が合流し、学らは中に通され、長机にそれぞれ座った。


「去年来たわ。そう去年、宗教部は宗教部とベル部に分かれたのよね。讃美歌以外にディズニーやアニメソングなんかも演奏してくれて、凄く盛り上がったのよ」


「へー、アニソン」


 学と西田はひたすら袋詰めをしている。岬の隣には構われたがり屋の女性がいて、しばらく何の作業も出来ないようだった。


「石室先生がベルの選曲にうるさかったから、分かれざるを得なくなっちゃったんだよね」


 上級生が呟く。


「そうなんですか?」


 学がようやく声を出した。


「そうよ。宗教部だから、讃美歌、聖歌、クラシックしか演奏しちゃいけないんですって」

「そんな制約が」


 上級生は周囲を見渡し、石室の姿が見えないことを確認してから


「大きい声じゃ言えないけど……馬鹿らしいでしょ?だから宗教部でも、特にハンドベルが好きな有志で結束して、分離しちゃったの。何だっけ、きっかけになったの……」


 他の上級生が答えた。


「おととし、宇多田ヒカルのFirst Loveを礼拝堂でやっちゃった事件でしょ?」

「そうそう、末続コーチが編曲して」

「あれ、ベル向きの良い曲だったよね!」

「他の教会でクリスマスにやったら大ウケだったらしいよ」

「そりゃそうだよ。耳慣れない讃美歌の曲ばっかりやっても皆寝ちゃうだけだって!」


 上級生らはきゃあきゃあと騒いでいる。


「それなのに礼拝堂で歌謡曲とは何だ!って石室先生が怒っちゃって。末続コーチがっつり絞られて可哀想だったよね」

「その後は藤咲さんの件でもなぜか責められて。コーチ関係ないのに、袈裟まで憎い感じでさ」


 学はぎくりとして上級生の話の方向をうかがった。と、だいぶ向こうにいたヒロが


「となりのトトロ、トトロー」


などと歌い出した。何やら腕を動かしているが、その腕使いがまさに「水をこぼさないように」するあのベルの打ち方だったので学は仰天する。段々彼につられ、他の利用者らがざわつき始めた。


「ヒロ君、ちょっと外に出ようか」


 ヒロは車椅子で外に運ばれて行った。彼の記憶の中に、しっかりとハンドベルの曲や腕使いが残っている。学は手元のカラフルなキーホルダーの色がどんどん褪せて行くような気がした。

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