13.新入生不歓迎会
「コーチ、今日は何の練習?」
レイラが手袋をはめ、こちらに向かって来る。心なしか砕けた口調だ。
「今日から一週間は新歓だから、練習はナシよ」
そのままコーチは女子の指導に入ってしまう。彼女らは経験者らしいが、振り方に末続なりのこだわりがあるようで何やら揉めている。学とレイラは放って置かれ、しばらく一年女子の様子を見守っていたが、一年女子の一人がとうとう
「コーチ、この打ち方、秋田先生の指導と違います」
と言い出した。秋田先生。学の与り知らぬ名前だった。するとレイラがあからさまに顔をしかめた。
「秋田先生って、中学音楽部の?」
末続もいつにない険しい表情になった。
「秋田先生は、ハンドベルの専門ではない音楽科目の先生でしょう。私は専門だし、高校のベルを任されているのだから、こちらでは私の打ち方でやらせて欲しいの」
末続には末続のこだわりがあるというわけだ。
(中高でベルの打ち方が違うの?)
学は新鮮な驚きを覚えた。不穏な空気が漂う中、レイラが呟いた。
「良いやり方を教えてくれるというのだから、末続コーチに修正して貰ってもいいんじゃないの?私は末続コーチの打ち方の方が、音が柔らかいしベルが傷みにくいし、好きだけど」
レイラがコーチをフォローする。つんけんしたところしか見たことのない学は意外に思う。対して一年女子らは皆眉をひそめた。
「中学は有志で世界大会にも参加したぐらい、レベルの高いクワイヤです。それなのに正しいやり方でないとおっしゃるんですか?」
「いや、正しいとかじゃなくて……」
末続が本格的に困り始めた。
「高校ハンドベル部はボランティアでしかベルを使えないレベルでしょう?誰が聴いても中学の有志の方が上手いですよ」
「皆そう言ってますよ、秋田先生の指揮があるから素晴らしいんだって」
「だって、秋田先生は指揮科出身で……」
末続が今にも泣きそうな顔をしている。見かねてレイラが口を挟んだ。
「勿論世界大会の経歴は素晴らしいわ。でもボランティアでしか、っていう言い方は違う。ボランティアにしか出来ないベルも、私はあると思う」
レイラの語る目には力がある。きっとこの
部での活動に自信を持っているのだろう。
「先輩まで、ベルが神へのご奉仕の道具だなんて言うんですか?石室先生じゃあるまいし」
そんな一年生に、部長はぴしゃりと言った。
「じゃあ、辞めればいいんじゃない?納得していないことを続けるなんて、難しいでしょ」
正論すぎて一年女子らは驚いたが
「じゃあ辞めさせていただきます!」
ベルと手袋を置いて、さっさと出て行ってしまった。
末続はフーと息を付き、隅で困惑中の学に向かって謝罪した。
「外部生のあなたにはよく分からない話題でヒートアップしちゃってごめんなさいね」
レイラは黙って楽譜をいじり始める。
「あの子達は中学音楽部でベルをやっていたのね。音楽部は普段は器楽をやってるんだけど、年に数か月だけ有志を選抜して文化祭とクリスマスでベル演奏を披露しているの。仕上がりは素晴らしいのよ。でもね、演奏の基本は、はっきり言って出来ていないの。基本が出来ていなければ無茶な振り方で道具の寿命を縮めるわ。中学所蔵のベルを持ったらその消耗加減が分かるはずよ。そうすると打った時と音が出る時のタイミングが崩れて来て、和音が美しくなくなるの。音にも歪みが出るのに、それを分かってないであの子達も秋田先生も……」
末続の語りが次第に愚痴めいて来る。レイラも冷たく吐き捨てた。
「世界大会が何よ。誰だって都合付けば全員参加出来る大会じゃないの。海外行ったぐらいで舞い上がっちゃって大げさなのよね」
そしてふと思い出したよう振り返る。
「ところであなた、何でいるの」
学の方は急にこんなことを言われて腹立たしかった。しかしそこをぐっとこらえて、
「……ベルに触ってみたかったんです」
フーンとレイラは鼻を鳴らし、それきりいつもの陰のある顔に戻ってしまった。
「前にも忠告したけど、入らない方がいいわよ」
「レイラ!」
たまらず末続が声を張った。
「このままだと廃部になるのよ?あなたがそれを一番分かっているはずじゃない」
レイラは決まり悪そうに黙ってしまう。
「ひとりでもリンガーは多い方がいいわ。市原君、また来て。彼女は気難しいけど、とりあえずもうこうなりゃ二人で、リンガーズとして活動してみましょうよ」
末続はそう言って、レイラの方を見た。レイラは末続をじっと見つめて、また楽譜に目を移すと、
「私、男はイヤ」
それを聞いた学は頬を紅潮させ、口をへの字に曲げる。末続は深い深いため息をついた。




