10.ハンドベル部に入りたいんですけど
「ねえ、あんたどうして高二になってもまだいるの?」
緑の瞳を見開いたまま、彼女は黙っている。
「あんたのせいで後東先生は辞めちゃうし、明日菜は来なくて……何であんたはまだいるのよ」
何か責められているようだ。学は自分のことのようにどきどきして来た。
まだ、栗毛の少女は黙っている。
「何か言ったらどうなの」
「明日菜の気持ち、考えたことあるの」
「他の生徒、ううん先生達だってあんたのこと良く思ってないんだよ」
「早く学校辞めてよ。目障り」
場が険悪な雰囲気に包まれる。西田と学は同時に校舎の方に目をやった。学年関係なく高校の窓際にいる生徒皆が、状況を注視している。
学は自身の中学時代を思い出していた。
殴られても財布を取られても、皆見ているくせに助けてはくれなかった。
味方はいない。心を殺して登校して、壊れる寸前の自分に向き合い続ける毎日。
ふらと学は立ち上がった。
「おい」
西田が止めるのも構わなかった。学の足は、真っ直ぐ五人に近付いている。
「あの」
学の声に、四人が振り返った。
重い沈黙が流れる。新入生の小さな男子の登場は、彼女らにとって意外だったに違いない。学は何を言おうかまるで決めていなかったが、奥にいる少女の緑の瞳と視線が合った瞬間、意図しない言葉が出た。
「ハンドベル部に、入りたいんですけど」
それを聞くと、四人は顔を見合わせた。そして合点が行ったというように頷き合うと、
「行こ」
とどこかへ行ってしまった。
少女と二人、取り残される。学は初めて至近距離で彼女を見た。整った顔立ちだがその白い肌には小さなそばかすがある。背は学より高い。彼女の緑の瞳が、ちらと学を見下ろした。
「何」
力む学に対し、泰然と彼女は尋ねた。言い出した手前、引くに引けない。
「その……ハンドベル部に」
言うか言わないかのところで
「入らない方がいいわよ」
彼女は怒ったようにそう言った。思いもかけない言葉に、学は耳を疑った。
「えっ。だめなんですか?」
「いやいや、お前すげーな!」
後方から西田がやって来る。彼女の視線はそっちにもせわしく動いたが再び学に目線を合わせると
「もう私に話しかけないで。さよなら」
ぴしゃりとそう言って、踵を返して校舎に戻って行ってしまう。
学に追い付いた西田は彼女の背を一緒に見送ると、
「何だよ、アレ」
と言い捨てた。
(入部出来ない?)
途方に暮れている学の背中を、西田がばんばんと叩く。
「お前、ハンドベル部に入部したかったのか!」
西田が色々と話しかけて来たが、学には何も聞こえていなかった。入部を断られて思いのほかショックを受けた自分にも、学は密かに驚いていた。




