出戻りフクロウ 1991年12月20日号掲載
新浜だより(行徳新聞再録) 1991年(平成3年)12月20日号掲載
出戻りフクロウ
昨年五月に飯能の山中で拾われ、一年以上も中央区の芦川さんのお宅で保護飼育されていたフクロウが野外復帰をめざして入院したのは今年の六月。左翼の骨折部は治癒していたが、風切羽がすり切れて飛翔力はなかった。
夏が過ぎ、いたんだ羽はきりに生えかわった。ある日、個室から抜け出したフクロウは、音ひとつ立てないみごとな飛び方で廊下の端まで一気に飛んだ。そこで禽舎内に放してみることにした。日中はうす暗い干草置場のあたりにじっとしているが、おなかがすくと人の後をつけまわして餌をねだる。コオロギを見せると、天井のはりの上から黒い目をまんまるにして見つめ、ふわりとコオロギの真上に舞い下りてつかみ、きれいに食べてしまった。喜んだ観察舎の常連さんたちはコオロギとりに精を出し、フクロウな禽舎内で狩りの練習に励んだ。夜はゴキブリ狩りもやっていたらしい。
十月二日のこと。標識足環をつけ、思いきって倉庫の窓を少し開けたままにしておいた。その夜のうちにフクロウは姿を消した。付近に留まり、空腹時に戻るという理想的な放鳥パターンを期待していたが、間もなく十日連続の降雨。心配をよそに、行方はわからなかった。
十月十五日、朝から久々の青空。この日、郵便局通りに面したお宅からフクロウがいるとの連絡が入った。捕獲用の網持参で見に行ったところ、まぎれもない「うちのフクロウ」。昼日中、住宅地のただなかというのに平気な顔で飛びまわっている。これならなんとかなるかな、と少し安心して帰宅した。その日のうちに何件か電話があり、福栄二丁目の近辺に何日かいたことがわかった。しかし夕方、駅前公園の目撃をさいごに、フクロウはまた消息不明になった。
十月二十九日、フクロウは何とパトカーで戻ってきた。妙典で家に飛び込んだとのこと。空腹のあまり餌をねだりに入ったのだろう。やせていたがけがはなく、ものすごい勢いで食べた。十日ほど経ったある日、またフクロウの姿が消えた。禽舎に出入りする人が多く、ちょっとの隙に脱走したらしい。今度は気をもむ間もなく、防鳥網にからまって、翌朝南新浜小学校から再度出戻り。
十一月二十日。またまた脱走。ところがうれしいことに、二十二日の夜、観察舎の階段のてすりに止まる姿を見つけた。餌を見せると、すぐに舞い下りてきて、手から受け取って食べた。今度という今度こそ「理想的な放鳥パターン」が期待できるかもしれない。以後二晩姿を見ないが、この先どうなるだろうか。
葛南警察署、南新浜小学校ほかのみなさま、お世話をおかけいたしました。行徳在住のみなさま、もしフクロウを見かけたら、ぜひご連絡ください。




