アカエイ 1990年9月28日号掲載
新浜だより(行徳新聞再録) 1990年(平成2年)9月28日号掲載
アカエイ
九月十七日の昼過ぎのこと。検潮儀(潮の高低を記録する計器)の記録用紙を交換するため、観察舎前の導流堤に自転車を走らせていると、妙なものが水面を動いているのに気付いた。背中を見せたとたんに正体がわかった。アカエイだ。それも幅五〇センチ、座布団くらいもありそうな大物ではないか。潮が引ききって水深が十五センチくらいしかない澪すじをゆうゆうとさかのぼって行く。
この澪すじはあと五〇メートルほどで干上がって消えてしまう。干潮時、潮だまりに取り残されたアカエイは、泥とそっくりな背中の色をしているので、うっかり踏みつけかねないが、とがった尾の付け根の毒針に刺されると、腫れ上がって痛み、ひどい目にあうという。でっかいアカエイくんは、このまま泳ぎ続けると干潟の泥に乗り上げて動けなくなるかもしれない。どうするか見届けてやろうと、アカエイの泳ぐ速度に合わせて自転車を押して歩いた。
アカエイはゆうぜんと泳ぎ続ける。小さなエビらしいものがピピッと水面をはねて、鼻先から逃げて行く。ときどき浅瀬にぶつかるらしく、どろをぶわーっとまき上げたり、いそがしくひれをうねらせてひれの裏側のオレンジ色を見せたりしている。だんだん底が浅くなってきたので、背中から大きなえら穴までよく見えた。澪すじの消えるところまであと三〇メートル、二〇メートル、水深はもう十センチ以下になり、泥の盛り上がりにぶつかるたびにアカエイはゆっくり向きを変え、泳げる深さのところを探している。
あと十メートルで澪がなくなるというあたりで、アカエイはくるっとUターンした。そしてこれまでと同じ様子で、来た道を泳ぎ戻りはじめた。ところが途中で大きな魚にぶつかりそうになって、たがいにしばらく迷ったあげく、向きを変えてすれ違った。その相手もまたアカエイではないか。幅四〇センチほどのひとまわり小さい個体で、前のとまったく同じ地点まで泳ぎつくと、同じようにUターンして戻って行った。
アカエイを眺めていた十五分ほどの間に潮が差してきて、とぎれていた澪すじは広い水面につながり、おびただしい魚の波紋が一面にひろがった。潮の動くあたりでは、さっきからずっとアオサギやダイサギ、コサギが獲物を待ちかまえている。
いよいよ本格的な秋の到来。ススキの根元にはナンバンギセルの赤紫の花が咲きはじめた。ひさびさのアカエイくんとの出会いが、おそろしい青潮の前兆でないとよいのだが。




