ワシタカ・オンパレード 1983年12月23日号掲載
ワシタカ・オンパレード
十月二十四日の夕方のこと、保護区本土内の一周ルートを歩いていた私たちの前方に、ふいに現われた鳥がいた。草原すれすれに低く飛び、ほんの数回はばたくのが言えただけで、すぐ草に隠れてしまったが、ゆったりとした翼動からフクロウ類かタカ類であることはわかった。
およそ五分後、まがり角にさしかかったとたんに、三十メートルほど前方の柳の木から大型の鳥が飛びたった。黄褐色の下面がちらりと見え、ちょうど双眼鏡を手にしていた東夫人が「とにかくタカ。フクロウみたいに頭が丸くないから。」と断言した。色合いや大きさは冬によく見られるハイイロチュウヒに似ていたが、識別のポイントとなる腰の白色部が確認できないうちに、タカは前方の北池のあたりで再び姿を消した。
十分後、日之出町のソフトタウン行徳に面した北池に到着した私たちの右手方面からカモの一群が舞い上がった。人の出現で驚いたにしては、どうも騒動の位置がおかしい。不審に思いながら堤防に上がると、右手から突然大型のタカが飛びたち、私たちの目の前を横切って、暮色の深まる鴨場上空へと消えて行った。腰は白くない。翼の先を斜め上に上げたチュウヒ類特有の滑空姿勢もとっていない。長めの尾と翼の裏にははっきりとした横縞が走り、顔には眉線があった。さあ大変、いずれにせよ、この付近でふつうに見られる種類ではない。何だろうかー頭の中でワシタカ類のおさらいをやって、サシバかオオタカ若鳥、色合いから見ておそらくオオタカだろうと結論を出してからも、しばらく興奮がさめなかった。
このあと、オオタカは数回にわたって姿を見せ、十一月十五日にも見られている。これまでも記録はあるが、ミサゴよりもはるかに出現頻度が低い種類で、長く滞在したのは初めてのこと。
待望のハイイロチュウヒが現われたのは十一月十二日。朝日に照らされたアシ原すれすれに、純白の腰を際立たせてゆうゆうと飛ぶ姿は実にみごとだった。空中の一点にちょっとの間停飛し、急に反転して草かげに舞い下りる時、尾羽の縞がくっきりと目立つ。体はそれほど大きくないが、みるからに精かんなタカで、たけだけしい顔つきといい、風に乗って舞う時の軽やかさといい、先輩格のチュウヒが気の毒なくらいやぼったく見えてしまう。
トビ、チョウゲンボウ、チュウヒ、ミサゴ、ハヤブサに次いで、オオタカ、ハイイロチュウヒとワシタカ類は早くも勢ぞろい。今年はシベリア寒気団が例年になく大規模で、雁や白鳥の渡来も早いとのこと。タカが多いのもその影響の一端なのかも知れない。
十七日の午後、吹き荒れる強い南風の中で波にもまれていたスズガモの群れが、いきなりはじけるように舞い上がった。カモばかりか、カモメやサギ、カワウも一斉に飛び立ち、まるでタカが十羽も一度に現われたような大騒ぎ。すわ、いよいよワシのお出ましか、とあわてる私たちの目の前に、ゆうゆうと出現したのはー何と発泡スチロールのトロ箱。風に飛ばされてきたまっ白な異様な物体が、大混乱の原因だった。拍子抜け。
十月末、スズガモは一万羽をはるかに上回る大群になった。しかし、昨年と同じく、日によってはほとんど全部が姿を消してしまうという不安定な状態だ。一九七九年に海上の一部が銃猟禁止区域になり、せまい保護区に逃げ込まなくても鉄砲から守られるようになったためか、それとも昨年開通した湾岸道路の高速部分の影響か。今冬の初日の出の会がおづなるか、心もとない。
十一月十五日から狩猟解禁。その日に、貫通銃創のスズガモがさっそく入院してきたのには驚いた。翼をうちぬかれただけなので、どうやら助かりそうなのは幸いだった。




