欧州情勢は複雑怪奇
「カジノのゲームで一番儲けたいなら、何を選ぶ?」
リュウがルシエに尋ねる。
「私、あんまり種類知らないよ。ポーカー、ブラックジャック、バカラ、ルーレット……あとは……スロット?」
「その中にあるよ」
「……ルーレット?」
リュウは首を横に振る。
「ブラックジャックだろ?」
ジンが割り込む。すると、リュウが頷く。
「その通り、ブラックジャックだ。流石、アプエスタールが地元なだけあるよ。還元率が高いんだ。ディーラーに不利な部分もあるからね」
「いや、詳しく知らないよ……?」
「今から俺が叩き込む」
嫌な予感がした。
月もすっかり姿を見せた頃、カシーノ・ステールテに着く。夜に負けない、ライトでチカチカした華美な装いの建物で、田舎育ちのルシエには牽制したい衝動が付き纏うが、理性を以てそれを振り払った。
「じゃあ作戦を伝える。俺は一人で動く。ジンはルシエに何かありそうになったら、その時は頼む。
ルシエはまず、ルーレット。その次に、ブラックジャック。それ以上は動かなくていい」
ルシエとジンは頷く。
「じゃあ健闘を祈る」
リュウは、ルシエに50コインを渡して立ち去っていった。
リュウSIDE
この過去の産物に値するに違いない、古き良き時代の雰囲気を醸し出しているような、古典的な建物がカジノでは無かったら、どんなに気軽だったか。ルシエはイルミネーションがチカチカして気分が悪そうにしていたが、リュウはそうではなかった。
更に悪いことには、此処はアプエスタール。交渉相手は嘗て無敵艦隊と謳われた軍なのだ。一瞬の隙、ミスも許されない。このヨーロッパに於いて、アルカディアを除くとレオン率いる自由、平等、友愛を掲げるトリコローレと、憎き伝統イスアーク家率いる希望と栄光の国に次いで危険度だ。多大なる代償を払い、栄光を手にした国に未来なんて存在するべきではないのだ。フラキエスには、もう一つの呼び名の方が相応だろう。"火と氷の国"。時には炎のような戦禍、時には、凍てつく冷戦。それが今のユニオンジャック。もう何事にも真摯である紳士は存在せず、いつしか何を犠牲に払っても良いと考える非倫理の場所へと変わってしまった。
国を背負わずに行くなら、観光で一番行きたいのは、美術と料理が有名な、レオン提督が率いる国だが、とても畏れ多くて行けそうにない。
どの国も素晴らしい国だ。火と氷の国も。町中を包む幻想的な霧は一度は見てみたいと思う。しかし、それ以上に心の奥底から悲鳴が聞こえるのだ、絶対に踏み入れるな、と。
だが、アプエスタールを訪れたのは、ドーバー海峡を越えて、フラキエスに行く為なのだが、それを考えると、逃げようとする自分がどこかにいる。
この旅は、自分と向き合う為のものなんだ。過去のリュウは忌み嫌ってきた、現実。英雄譚を物語ろうとも、ただ一人の人間が世界の為に生きた、と残すだけの旅なのだ。それを間に受けても、魂胆にあるのは偽善だ。
そう、今からリュウが犯すのは、犯罪なのだから。犯罪で済めば良い。
犯してはならない大罪を犯す。
誰よりも強欲で無ければ、王たる資格など無いのだから。
未来へ、進む為に。