マントの男
オラターネから航海すること一週間。やっとの事で、アプエスタール検問所に着いた。アプエスタールの港に着くと、辺りはどこか硝煙の臭いがした。そして、鼻の奥を刺激するような、血の臭いがほのかにする。ここは無法地帯だということを改めてルシエ達は実感する。
検問所では、リュウが検問官と相対している。検問官もまさか一国の王が四人でカジノに来ていると思うまい。
「もう海を進みたくないわ……」
ルシエの嘆きをティエリとティーゼルも賛同する。
「どうせなら陸がいいー」
「私もー」
リュウは検問を終えて、喝を入れる。
「生意気言うな。というか、これから下手すると、ずっと航海に」
「ティエリ、ティーゼル、ここで解散しよっか!」
「賛成」「うん」
「おい」
「だって、バカでかいイカかタコかに襲われるし、イッカクトビウオが飛び回って刺さりかけるわ、もううんざり」
双子は頷く。
そう、ここ数十年、奇形の生物が多数出現している。それらの事を"魔法生物"と世界では呼ぶようになった。魔法生物は自らの体の一部を変え、より凶暴になった生物。その生態系はまだ明かされておらず、魔法生物学という学問がようやく確立してきた。
「仕方ない。約百年前のあの出来事がおそらく世界の生物を変えたんだから」
「約百年前の、出来事?」
リュウは口を押さえながら、慌てる。
「あ、ああ。百年前、クラーケンを乱獲した事に怒ったイカは、人間に復讐しようとしてるんだよ!」
「「「嘘だ」」」
リュウは冷や汗をダラダラと流す。
「どうせ、私が今過去を知ったら、旅を止めるとでも思ってるんでしょ? 止めないから言ってよ」
ルシエがそう言うと、リュウは真剣な表情になり、ルシエは怯んだ。
「違うさ。俺が安易に語ったところで、歴史的事実はこの目で見ないと、その悲惨さはわからない。その惨劇は俺からの話よりも、実際に君達一人一人、自分自身の目で確かめないと、意味が無いんだ。それを、できるだけ早く、英雄としての目的も果たしながら、やっていかないと」
彼は彼なりの信念があったのだ。
「……ちなみに、それは、どこ?」
リュウはおどおどし始める。
「あ、えーと、あの。ベルーデルです」
「ベルーデル……オラターネの近くじゃない!」
そう、ベルーデルはその場所よりもっと西。元にいた場所の方が近い。
「ごめんごめん。でも、アルカディアが結局、そっちの方向なんでね。楽しみは最後までって言うじゃないか」
ルシエは仕方なく、承知した。
すると、突然リュウがグレーのフードを被る。
「どうし」
ルシエの口を封じ、双子も黙らせる。
「嫌な感じがする。少しの間、俺の顔を見ないでくれないか」
そう言って、リュウは体を屈ませた。
リュウの体がブルブルと震え出す。
「大丈夫!?」
そう言って、リュウの体を起こすと、全身が獣に変わっていた。
「見ルナト、言ッタダロ」
言葉が狂犬の威嚇のような鳴き声と混じって、片言に聞こえる。
「それ、何?」
それも束の間、普段のリュウの顔に戻る。
「俺の能力。犬になって、嗅覚で索敵したんだ。それよりも、追っ手が来ていたみたいだ」
ここは『眠らない街』と言われている。また、もう一つ呼び名がある。『遊戯と武器』の街。武器工場がこの国にはあり、市民は武器を持つのが当たり前。我が身を守るのは武装した我が身。
「ルシエは、被弾から二人を守ってくれ」
「了解」
リュウの苦しそうな姿を見ると、止めようかとも思ったが、今はそれどころではない。全員が無事にいる可能性を上げるためにも、リュウの力も必要だ。ルシエは愛刀ガイアに手を伸ばす。
「おい、そこの兄ちゃん。心臓の動きを止めたくなければ、動くなよ?」
「連れの姉ちゃん達も無事じゃ済まさねえぜ」
「金属類と食料をよこしな。そうしたら、生きて返してやる。どうせ船で積んできたんだろ?」
リュウはならず者の言葉から推測する。
(こいつらは俺達の正体は知らない。船で来ているから、金品を持っているに違いないと襲ってきているだけだ。それに、俺達は若い。だから襲ってきたんだ)と。
リュウが急に動き出すと、銃声がおこる。ルシエはガイアを長く伸ばそうとするが、リュウがならず者の近くに走っていく。この距離では剣でリュウを守らないと判断し、双子を守ることにする。
「二人とも、この剣の盾の中に入って」
ルシエは愛剣ガイアを盾状にして守ろうとするが、ルシエの言葉を聞き入れず、ティエリはその場で止まる。そして、少し遠いところにいるリュウに向かって手をかざす。
「ちょっと待ってね。リュウのスピード『付加』」
付加魔法。それは七つの定石のうち一つ。伝導、付加、圧縮、伸縮、変速、変換、回転。
七つの定石の中でも、一番難しいのは付加。何かしらの力を付与する魔法で、電気を付与したり水を温水にできたりする。この魔法を使うには集中力が尋常ではないほど必要とする。付加したい一点に集中しなければならず、集中を切らすと中途半端な力にしかならない。
ティエリはそれを中距離でいとも容易く成し遂げる。
「凄い……」
「ティエリ、ボール持ってない?」
「一個だけ。外さないでね」
ティーゼルはにやりと笑った。ルシエには何をするつもりななのかわからなかった。
ティーゼルは野球に使われるサイズのボールを回転させる。そして、それを地面にぶつけ、目を閉じる。
「ティーゼルはね、これで敵の場所を知ることが出来るの。本人曰く、音の反響でどこにいるかわかるみたい」
そう、ルシエは初めて気が付いた。この二人の可能性を。そして悟る、リュウにこの二人のことを『希望』だと言っていた意味を。
魔法を上手く扱う者は、冷静さと応用力、そして何より大事な魔法への知識が必要とされる。彼らはそれらを有している。つまり、魔法使いとしての素質があるのだ。
そして、ティーゼルは索敵をし終え、大声を発する。
「リュウ! 二時の方向十メートル先に二人、そこから六時の方向五メートル先! 全員で三人だよ!」
ティーゼルが示した方向を見ると、確かに三つの銃口が見えた。ルシエは感服の声を上げるしか出来なかった。
リュウの手袋から突き出るのは、獣の爪。底知れぬ身体能力。三人の男から弾丸が放たれるが、簡単に避けて敵に近づく。
ルシエの脳内で連想され、湧き出るのは、敵の死のイメージ。リュウが人を殺す。
突如として、ルシエの父が頭に浮かぶ。
「リュウ! ダメ!」
その言葉を放った時だった。
リュウの動きが途中で止まり、敵からの動かぬ的となった。逆に、リュウが殺されてしまう。判断を完全に誤った。
お願い!どうか、誰かリュウを助けて!
その瞬間、ふわっと周囲に優しい風が起こる。
「おっと、嬢ちゃんか。ちょっくら退いててくれねえか? 馬鹿な奴らは懲らしめなきゃならないんでな」
後ろから現れた、薄い黄土色のマントを巻いた男は、ルシアに少しぶつかり、そう放った。そして、ホルスターから銃を取り出し、構えた。そして、一撃を射出。腕は剣で水平に切るような不思議なモーションをしていた。
「三連・散乱弾流転型星の輝き」
そう、彼の口からは"三連"という言葉が出ていた。しかし、射撃音は一発。すると、リュウの近くにいる銃を構えた男達が急に腹を抱え始めた。なぜか、血は出ていない。
そして、謎の男が前に出る。それから一人の男の前に座る。
「あぁ、悪いな。俺の技の"流転"は振動を移す技だ。銃弾は腹を貫通しねえが、激痛だけは腹に刺さる技ってこった。兄ちゃん達の内臓をちょいといじらせてもらったぜ。まあ安心しな。数日下痢になるだけで済む程度には抑えてあるから。
ま、次は……流転での腹痛攻撃じゃ済まさねえ」
最後は飛びっきりの威圧だった。飄々とした声色だったが、急に声色も周囲の雰囲気も重くなる。ルシエも思わず腹を抱えてしまった。まさか、あの一瞬で三回の射撃を。
「きょ、今日のところは、み、見逃してやる! おめぇら、か、帰るぞ!」
ならず者達が怯えて去っていった後、ルシエは男に笑われた。テンガロンハットで表情が見えないが、笑い声から察するにまだ若い青年だ。
「嬢ちゃんにゃあ、やらんよ。あんたが悪さをしてない限りな」
ルシエはプクーと頬を膨らませた。
「悪さなんてしないわよ。それより、リュウを助けてもらってありがとう」
リュウがよろよろと駆け寄って来る。変身で体力を磨耗している。
「リュウ! ごめんなさい……」
「い、良いんだ。
それよりもそこのマントの人、本当に助かった。なんとお礼を言っていいか」
「まあ、兄ちゃんが無事なら俺はそれでいいのさ。まあ、ここは治安が悪い。この国の人じゃねえんだろ? 気を付けな。あばよ〜」
彼は私達に背を向け、右手を上げてカッコよく立ち去ろうとする。その右手に四人全員が気付いた。
「「あれ、リュウとルシエの手の甲と一緒の」」
「まさか……」
「あんたが"四人目"の英雄なのか」
そうリュウが核心を突いた言葉を放つと、男は立ち止まった。しかし、リュウは、四人目と言ったような。
「あんたら、この右手の紋章を知ってるのか。ちっと教えてはくれねぇか。
……ああ、言い遅れた。俺の名はジン。ジン・ナスル」
ジンと名乗った男は、大きめのテンガロンハットをかぶり、革製のジャンパーの上から羽織ったマントをたなびかせながら、振り返った。
NGシーン
リュウ「俺の顔、見るなよ!絶対見るなよ!わかったな!鶴の姿も見てるからな!絶対見るなよ!」
ルシエの心の中『どこのクラブやねん……』