3話 認定試験の幕開け
試験というのは、そうそう何度もあって欲しくないものである。
だから、最終試験に合格するまでは気を抜くことが出来ない。
それこそ、文字通り寝る間も惜しんで勉強し続けるのだ。
しかし、意味を裏返せば、最終試験さえ終われば枕を高くして寝ることが出来る。
『砲術科』の練習兵であれば、『砲術隊』の正規兵になれる。
『戦艦科』の練習兵であれば、『戦艦隊』の正規兵になれる。
だが、『飛龍科』だけは違う。
たとえ、最終試験に合格しても気を抜くことは許されない。その後に待つ『認定試験』に合格しない限り、正規兵に昇格されないのだ。
合格を目指して勉強をしたくても、それは徒労に過ぎない。
なぜなら試験内容は、不明。
ただ、ここで不特定多数の人数が落とされることは知っている。
こうして、広場に整列した私たち含め20人の同期生のうち、何人が竜騎士になれるのだろうか?そして、何人が落とされてしまうのだろうか?
「ホリガー、テメェはたぶん落ちるぞ」
隣に立つ同期のクロノ・フィラメントが、からかうような口調で話しかけてきた。
私は、頭2つ分高いクロノにチラリと視線を向ける。今日も眩しいばかりの金髪の少年は、皮肉を帯びた笑みを浮かて見下ろしている。
私は、再び前を向いて言葉を紡いだ。
「何故?」
「てめぇが『女』だからに決まってんだろ。みんな言ってるぜ、『ユーリ・ホリガーは認定試験に脱落し、『陸戦隊』に回される』って」
あぁ、なんだその話か。
いつも聞いている類の話ではないか。私は眉一つ動かさずに直立不動の体制を続ける。
「そう」
「おい、少し危機感を持てって。『陸戦隊』だぞ、『陸戦隊』!」
私の反応が、思った以上の淡白だったせいだろう。
少し焦ったように、そしてどこか小馬鹿にするように、クロノは言葉を重ねてきた。
「『陸戦隊』っていえば、歩兵だぞ。確実に、外地勤務だ。死亡率も上がるんだぞ?
悪いことは言わねぇ。今のうちに試験を辞退し、後方支援を希望したらどう―――ってぇ!」
クロノは頭を押さえて、しゃがみこんだ。
バンッと心地の良い何かを叩く音が、上の方から聞こえてきていた。そのことから考えると、クロノは後ろから教官に叩かれたのだろう。
「無駄話をするな!緊張感が足りん奴め」
教官が厳しい声と共に、もう一発クロノを殴る。
クロノは歯を食いしばり、今度は呻くこともよろめくこともなく、直立不動を保ったまま殴られていた。
「認定試験が始まるのだ。気を緩めないように」
分かったか!と教官は言うと、そのままクロノの元から立ち去っていく。
教官がこちらに背を向けた途端、『てめぇの心配なんか、するんじゃなかった』という恨みがましい視線を、上から感じる。
……ふん、お前が勝手にべらべら話すのがいけないのだ。私のせいではない。
「これから、『認定試験』を始める!」
ピリリッという耳を貫くような笛が響いた後、教官の声が広場に響き渡った。
私達は一斉に、号令台の前に立つ教官に敬礼をする。
「今回、最終試験に合格した第21期生総勢20名。
この中で認定試験に合格できるものは、最高で『10』名である」
教官が最後の言葉を口にした途端、言いようのない緊張感が私達の間に走った。
もちろん、それを声に出した瞬間、殴られる。だから、私達は何も言わない。でも、心に思い浮かんだことは、誰しも同じことだろう。
飛龍隊に正規配属されるのは、多くて10人。
つまり、半分以上が『落とされる』。それだけ、これから行われる試験は過酷なモノなのだ。
そう思うと、思わず背筋がぞわりと逆立つ。
上等だ。
女である以上、私は男共よりハンデを背負っている。だから、他の同期生よりも勉強してきたし、実地訓練も真剣に取り組んだ。ここで、落ちてたまるものか!
「それでは、始める」
教官の後ろに広がっていたシャッターが、音を立てながら開いた。
がががががっという重苦しい音。その向こうに広がる暗い闇。そして、その中から、のっそりのっそりと列をなして現れたのは、巨大な車だった。
唯の車ではない。それは、貨物列車。窓が一切ない、中身の見えない巨大コンテナを乗せた、列車の車両だった。
決意を固めたばかりだったが、予想外の事態に眉をしかめてしまった。
ただ、ざわめきは一切起こらない。その代わりに、21期生の間に痺れそうな緊張感が張り詰めたのを、肌で感じる。
「時にお前たち。空を飛ぶうえで、1番大事なことはなにか分かるか?」
教官の声が、不自然なくらい静かな広場に響き渡る。
「クロノ・フィラメント。答えろ」
「はっ、全方向……特に後方の敵機の有無を確認することであります」
背筋をピンっと伸ばしたクロノが、敬礼と共に応える。
まさに、模範解答だ。
常に敵機が周囲にいないか、注意することが大事だ。いくら楽しく飛んでいても、後ろからズドーンと撃ち落とされたらたまったものではない。
教官は、うむと満足げに頷いた。だが、その解答だけでは満足しなかったのだろう。髭をさすりながら、辺りを見渡しはじめた。
「では、カリスト・ポルックス。他にないか答えろ」
敬礼ではなく、『はーい』と子供の様に手を挙げる青年が、ちらりと視界の端に映った。
真面目な顔をしていても、へなっとした笑顔に見えてしまう損な青年は、いつもどおりの明るい声で溌剌と答える。
「空の具合を確かめることです!
あとは……ドラゴンの調子が万全か確かめること!―――そうそう!それから、とにかく生き残ること!以上ッスね!」
「……お前……まぁ、それも正解だな。だが、何度言ったか分からぬが、もう少し言葉を選べ。下手したら拳が飛んでくるぞ」
どこか苦虫を潰したような顔で、教官は言い放つ。しかし、カリストは相変わらず能天気な表情を浮かべている。……とはいっても、これはワザとではない。目元が笑っていても、口元が弧を描いても、普段と目が違う。彼の緑の瞳の奥に見え隠れする『本気』は、誰より燃えているだ。……もっとも、私には負けるが。
「クロノの答えも、カリストの答えも正解だ。だがな、お前たちは大切なことを忘れている」
教官は、私たち1人1人と目を合わせる。
その真剣な色に応えるように、私は教官の眼を睨み返した。
「俺達が、ドラゴンを動かしているのではない。
俺達が、ドラゴンに乗せてもらっているのだ!だから、竜騎士は搭乗するドラゴンを信じ、ドラゴンから信頼を得なければならない。
そう、愛機と心を通わすことが大事なのだ!」
くわっと教官は目を見開いた。
狐の様に細かった瞳が、ぎらぎらと燃えるように輝いている。
そう、私達がドラゴンを運転しているのではない。
7割ドラゴンに『乗せてもらっている』状態なのだ。そこが、意志を持たない『飛行機』との違いなのだろう。
「これから行われる『認定試験』は、その愛機と心を通わす試験だ。
用意された新米ドラゴンは、10匹。この10匹の内のどれかと心を通わせた者だけが、飛龍隊の正規兵になることが許される」
それはつまり、10匹のドラゴンに『選ばれなかった』人は、強制的に『不合格』になるということ。
いくら技術が高くても、いくら戦う意志を持っていても、いくら――――――空を飛びたくても、ドラゴンに認められなければ、飛龍隊には入れない。―――正規兵に昇格できない―――
そんなの、絶対嫌だ!!
真一文字だった唇を、さらにギュッと締め直す。拳はこれ以上ないっというくらい握りこまれ、ひしひしと痛みを感じられた。
私は黙って、コンテナから降りてくるドラゴンに視線を注いだ。
まず、真っ先に飛び出してきたのは、烈火のごとく真っ赤な鱗に覆われたドラゴン。深海を思わす藍色のドラゴンが、その後をゆっくり降りてくる。5月の山の初々しい緑色のドラゴンが翼を広げ、春らしい桃色をしたドラゴンはぴょんぴょんと、可愛らしく跳ねとんでいる。
黄金色に輝く鱗のドラゴンは興味津々に辺りを見渡し、夜の闇を切り取ったような黒色のドラゴンは値踏みするかのような視線を私達に向けていた。……だが、幼い頃……視力を取り戻して最初に見たような、虹色のドラゴンは出てこない。
雪の様に純白のドラゴンが、堂々と胸を張り降りてきたのを最後に、コンテナが閉じられる。
私達―――21期生の前に勢ぞろいする、色とりどりの10匹のドラゴン―――
「それでは、『第21期生:認定試験』を終える!」
教官の厳しい声が、その場に張り詰めていた『ナニカ』を両断する。
第21回:認定試験がここに幕を開けた。
――――――えっ?
今、たったいま、認定試験が始まったのではないのだろうか?
なのに、何故教官は『終える』と言い切ったのだろう?
状況が理解できない。
思わず隣に立つクロノに確認を取ろうと、顔をスゥッと上げてみる。だが、クロノは全く動揺していない。いや、教官の言葉が耳に入っていないみたいだ。
斜め前に座す青いドラゴンと、何かを推し量るように見つめ合っている―――
「今回の合格者は『エドガー・ユーベンリック』
『カリスト・ポルックス』『クロノ・フィラメント』『ジョージ・コノミ』『マルコ・ブラック』。
以上、5名を合格とする!」
その時間、わずか5分足らず。
視界が反転するのと同時に、飛龍科へ配属される夢は幕を閉ざされるのだった。