2話 コンパートメントの少年
子供のはしゃぎ声で、目が覚める。
重い瞼を開けると、同じコンパートメントに腰かける少年が目に入った。
学生服に身を包んだ少年は、窓に流れる景色に興奮している。年のころは、私より少し下。11歳といったところだろうか。年齢的に、初めて汽車に乗車したようで、窓に目鼻をくっつけていた。
「すげぇ、すげぇよ!」
『はしたない』と、注意する親御はいない。
このコンパートメントは、私と少年しか乗っていなかった。
斜め前の空っぽの席には、少年のモノと思われるナップザックが放置されていた。真新しい学生服とは対照的な、薄汚れた茶色のナップザックだ。
詰襟に輝くバッチは、この国随一の中等教育校のモノ。それなのに、使い古されたナップザック。察するに、農村部出身の特待生といったところだろう。
「あっ、すみません……」
私に視線に気がついたのだろう。
先程まで赤らめていた顔が、水を被ったかのように冷めていく。私は苦笑を浮かべると、首を横に振った。
「いいや。興奮をするのは分かるさ。私も同じだった」
すると、どこか強張っていた少年は、ホッとした表情に変わった。
「あの……軍人さん、ですか?」
どこか遠慮がちに尋ねてくる。
軍服を纏っているのだから、軍人に決まっているのに。軍人とは思えぬ外見年齢から、コスプレだと思ったのかもしれない。
私が頷くと、少年の顔は花が咲くように明るくなった。ビシッと敬礼をして、先程の落ち込み具合はどこへ行ったのやら。瞳を輝かせ、ハキハキと話し始める。
「あ、あの!自分、帝立中等教育学校に今期により入学いたします、エミリオと申します!
こんなところで、軍人様と会えるなんて光栄です!!」
その瞳は、他の子どもたち同様、軍人に憧れを抱く眼差しだった。
もう少し歳が上がれば、憧れよりも『憐み』『恐怖』を、エミリオの瞳も映すのだろう。
「しかも、俺とあんまり年齢変わらないですよね?」
私は、苦笑を浮かべた。ゆっくりと首を横に振り、エミリオを傷つけないような言葉を選ぶ。
「実は童顔でね。これでも、もう15歳なんだ」
「えっ!?ぼ、僕より4つも上……」
一瞬、エミリオの動きが固まる。
まじまじと私の顔を穴があくまで見つめ、そして、わなわなと震えはじめた。
「し、失礼しました!大変申し訳ありません!!」
土下座をする勢いで、謝るエミリオ。瞼には涙をいっぱい浮かべ、声は……いや、身体全体を震わせていた。
まったく、感情の移り変わりが早い奴だ。
でも……嫌いではない。瞳の奥に移る感情は、純真そのものなのだ。演技だったら軽蔑するが、そうでないなら軽蔑はしない。
「軍人と言っても、まだ正規軍へ所属してない。これから、認定試験を受けてようやく正規軍に所属できるんだ」
そう、私は夢まであと一歩の所に来ているんだ。
――10歳の夏―――
ユーリ・ホリガーとして生きた記憶は高熱共に失われ、入れ替わるように『前世の記憶』を思い出した。いや……もしかしたら『転生』ではなく、ユーリに『憑依』してしまったのかもしれないが……とにかく私は、以前の記憶がない代わりに、前世の記憶を知っている。
『日本』という場所で生まれ育ち、蒼い空を自在に舞う『飛行機』に憧れた前世。
だが、この世界には憧れた『飛行機』はなかった。その代わりに『ドラゴン』に乗る文化が発展していた。
大空の覇者は、ドラゴン。
『飛行士』ではなく、ドラゴンに跨る『竜騎士』が、自由自在に空を駆け回る。
だから私は、竜騎士を目指した。
空を飛べるのであれば、飛行士であろうと竜騎士であろうとさして変わらないだろう。
それに、あの虹色に輝くドラゴンの雄志が瞼の裏から離れないのだ。
夜眠るとき、勉強するとき、歩いている時、とにかく日常のふとした時に、あの悠々と空を舞うドラゴンを思い描いている。空を駆けるドラゴンを見つけると、いつまでも眺めてしまい、足が止まってしまう私がいる。
そう、それは最初に『空』を見た時の憧れに近いモノがあった。
熱に浮かされたように、日夜ドラゴンのことを考え、竜騎士になるための勉強を重ねた。
もちろん、『女』であるというだけで、反対は嵐のように凄いモノだった。
最初に夢を告げた時、父は般若のごとく怒り狂い、母は百鬼のごとく怒鳴り散らした。
父も母も、『女が軍人なんて、はしたない』『さっさと嫁に行け』の一点張り。
いくら私が情熱をこめて『今は女も仕事をする時代だ』と説明したのにもかかわらず、聞き入れる気がそもそもゼロ。いくら言葉を重ねたところで、意味がない。
そう判断した私は、村を出た。
唯一、私を理解してくれた学舎の恩師に保証人となってもらい、貯めていた小遣いをはたき、汽車に飛び乗った。そして、私は『帝軍 練習兵育成所:飛龍科』の戸を叩く。
1人でも多く、ヤル気を持った優秀な軍人を育てたい軍は快く……ではないな。志願者が『女』であったので、若干渋い顔をしながらも、私を受け入れてくれた。
以来、一度も実家の門をくぐっていない。
今回の里帰りだって、恩師宅に挨拶をしてトンボ返り。
飛龍科の卒業報告と、これから行われる『認定試験』の結果で、本当に飛龍科に配属されるか、はたまた別の職務に配属されるかが決まることを伝えに行っただけなのだ。
恩師は、『家に顔を出したらどうだ?』と進めてくれたが、戻らない。少なくとも、飛龍科に配属されるまでは――――
「えっと、軍人さん?」
黙り込んだ私を、心配するように覗き込むエミリオ。
窓に映る私の顔は、僅かに歪んでいた。……どうやら、物思いに耽りすぎてしまったらしい。
「なんだ?」
「い、いえ。どこへの配属を希望しているのかなって気になったんです。よろしければ、教えてくださいませんか?」
「飛龍科だ」
すると、エミリオは飛び上がって驚いた。
椅子から5センチは浮かび上がっていたように見える。いちいち、反応が純粋に大げさな奴だ。
「ど、ドラゴン科ですか!?あそこって、ふるい落としが激しいって聞きましたよ?
なんでも入学者100名の中から、毎回のテストで下位10人ずつ落とされ、実際に竜騎士になれる軍人さんは10人くらいだって」
エミリオの言うとおりだ。
最終試験を終えてなお、適性検査の認定試験まで合格するのは、ごく一握り。
軍隊の花形である『砲術科』より開かれる門は狭く、潜り抜けるのは至難の業だ。でも―――
「それでも、私は竜騎士になりたい。自分のドラゴンで、空を飛んでみたいんだ」
窓の向こうに広がる空を見つめる。
あの日の空とは違い、どことなく灰色の空だけど。
でも、空は私にとって魅力的だ。前世の私を変えてくれた、大切な存在だ。
だから、諦めたくない。
訓練用の老ドラゴンではなく、自分だけのドラゴンと大空を駆け回りたい。
「凄いですね、軍人さん」
エミリオは、『感激』の二文字が宿った熱視線を私に向けている。
でも、どこか淋しげな色が混ざっていた。
「……エミリオ君にも、夢があるのか?」
「い、いえ。大した夢はありませんよ。ただ、そのぅ………」
恥ずかしそうに、顔を俯かせる。
耳まで赤く染めたエミリオは、もじもじと床の一点を見つめていた。
「ま、どんな夢でも諦めるなよ。可能性が1%でもあるのなら」
汽車は、減速し始める。
そろそろ、目的地に到着するのだろう。
エミリオの向う都は、さらに2,3時間ほど汽車に揺られないとつかない。だが、私の降車駅はここだ。
空いた席に無造作に置かれたリュクサックを背負い、立ち上がる。
そして、別れを告げようと口を開いた瞬間、
「僕、僕は!!」
エミリオは立ち上がる。
あまりにも勢意をつけて立ち上がったので、ガタンっと椅子が揺れた。
羞恥なのか、それともはたまた別の何かなのか。
顔を真っ赤に染めたエミリオは、決意を込めた眼差しで私を見上げて言った。
「僕、画家になりたいんです!
今はまだ、未熟だし、そんな儲からない職に就いて何になるって言われています。せっかく勉強ができるのだから、医者か法律家になりなさいって。
でも!僕は絵が好きなんです!だから、なってみせます!」
「画家、か」
エミリオの辿る険しい道を思い、なんて現実離れした理想を持っているのだろう?と疑問に思ってしまう。
でも、そっくりそのまま同じ言葉が私自身にも跳ね返ってくる。
そう思った時、私の口元には微笑が浮かんでいた。
「頑張れ」
ポンッと、エミリオの子犬のような頭を撫でる。濃茶の髪の毛は、ふさっとしていて温かい感じがした。
汽車が減速する。
ぽぅっ――――と、汽笛が鳴り響く。
私は彼の頭から手を離すと、コンパートメントのドアを開けた。
「あ、あのお名前はなんていうのでしょうか?」
「名前?」
廊下に出かけた足を止める。
「はい。軍人さんが僕の絵を買いに来たときは、割引をしたいと思いますので」
「割引か……」
自分の夢を肯定してくれたから、か?
なんとまぁ、律儀な奴だ。ますます嫌いになれない。故郷に残してきて、5年間も顔を見てない弟を思い出す。
私は口元を緩めると、自分の名を告げた。
「ユーリ・ホリガーだ。
どんなに有名になっても、とびっきりまけてくれ。頼んだぞ、エミリオ」
「はい、ユーリさん!!ありがとうございます!!試験、頑張ってくださいね!」
片手をあげて振ると、私はコンパートメントから出た。
振り返ることなく汽車を降りると、潮の香りを感じた。海風が私の黒髪で遊ぶかのように、なびかせる。
「絶対に合格して、竜騎士になって見せる」
何があっても、この夢だけは譲れない。
勉強も実技も人一倍努力したのだ。こんなところで、夢を破れてドラゴンとは無関係の配属先になんて、されてたまるか。大将に直々土下座されたとしても、私は竜騎士になるのだ。
すべては、空を自在に舞うために。
自分自身に言い聞かせるように呟くと、私は歩き出した。
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