1話:目が覚めると
―――――目が視える――――っ!
眩しい光と共に飛び込んできたのは、色鮮やかな風景だった。
年代を帯びた茶色い天井の梁――花瓶に差された深紅の花――白く透き通るカーテン――そして、そんなカーテンの向こう広がる青い空――
がばりっと毛布を押しのけ、窓に駆け寄った。
「目が……目が、視える」
雲一つない青空が、そこには広がっていた。
吸い込まれそうな、一面の青空だ。何度も何度も憧れた、近いようで遠い青空だ。
―もう、二度と視ることはないと思ったのに――
視界が完全に暗闇に落ち、記憶の中でしか視ることが出来ないと思っていた。憧れの色が、そこには広がっている。
「空だ、本当に空だよ」
幼い頃からずっと、『空』に憧れていた。
正確には、『空』というより『空を飛ぶこと』に、憧れていた。
邪魔されることのない、あの大空を悠々と舞うことが出来たら、どれだけ素敵なことだろう?
だから空を飛びたくて、そのために飛行士になりたくて、ずっと勉強してきた。
でも、高熱で視力を奪われ絶望していたのに――――――もう、空を飛ぶ夢も、いや、それ以前に空を見ることすらも、出来ないと諦めていたのに。
じんわりと、目頭が熱くなる。
飛び跳ねたくなるような歓喜とは違う。言葉では表現できない喜びが、ゆっくりと波になって押し寄せてくるような感じだ。
「飛行士になってやる」
自分に言い聞かせるように、私は呟いた。
何故か分からないが、私を妨げていた『視力』は克服された。
今度こそ、飛行士になって、あの大空を飛び回ってみせる!
湧き上がる歓喜を胸に、決意を拳に握りしめた私は、憧れの大空を見上げていた。
挑戦的な色を、瞳に握ませて―――――――
だが、その歓喜は長続きしなかった。
いや、長続きしなかったのではない。歓喜を上回る別の感情が、私の中に湧き上がってきたのだ。
「えっ……」
大空を舞う強大な影が、目に飛び込んできた。
『それ』出現に、私はポカンと大口を開けて固まってしまった。私はとっさに窓から身を乗り出して、『それ』を見上げる。
最初は、なんだかわからなかった。
『私の知らない最新鋭の飛行機?』という考えが一瞬、脳裏をかすめる。だが、『それ』は『飛行機』の形状とはあまりにも違い過ぎた。
悠々とした翼を広げ、空を支配するかのような強大な存在。
太陽の光を浴びて、ちらちらと輝く虹色の鱗。
鋭い爪をもった大きな脚を曲げながら、空を滑らかに旋回していた。
「……ドラゴン……」
『それ』の名が、口から零れ落ちる。でも、独り言を言っていたなんて気が付かない。それくらい、私はドラゴンに釘付けだった。
物語の中で生きる幻獣が、水晶のような大空を舞う。
そして、地平線の彼方の点になり消える瞬間まで、その威風に見惚れていた。
威圧感は、私の知る飛行機とは一線を画していた。
飛行機と比べ物にならない絶対的な存在感。
言葉に例えるのなら、真の『空の覇者』という言葉が相応しいだろう。
「あら、起きたのね」
後ろから扉が開く音が聞こえる。
だけど、私は扉の方を見向きもせず、ただ窓の外を見つめていた。
「ねぇ、人間は空を飛べる?」
突然の質問に、後ろの人物が驚く気配が伝わってきた。
「な、何よ急に。無理に決まってるわよ。……そりゃぁ、ドラゴンに乗れば飛べるけどね……」
「……飛行機はないの?」
「ひこうき?なにそれ、あんた?……寝ぼけているなら、さっさと寝なさい」
……本当に困惑したような声が、後ろから聞こえてくる。
つまり、飛行機は存在せず、代わりにドラゴンに乗る職業があると見た。
私は口元をニヤリとゆがめ、新たな決意を胸に抱いた。
飛行機がない?なら話は簡単だ。
「飛行機がないなら、ドラゴンに乗ればいいじゃない!」
この日、私の夢は『飛行士』から『竜騎士』へと変わった。
空を飛べればいいのだ。そう、先程のドラゴンの様に悠々と自由自在に――――
私は何時までも、ドラゴンが消えて行った地平線の彼方を見つめていたのだった。
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7月9日:一部加筆しました。