第9話「まったく.....バカのお世話は大変だぜ!」
転入生が来たのは、月曜日の朝だった。
ホームルームの前に担任が「明日から転入生が来る」と言っていたらしいが、俺は聞いていなかった。
俺は先日のこともあり、少しボーッとしながら、校内の湖で喧嘩をしている鳥たちを眺めていた。
そこに一羽、他の鳥とは一線を画すほどの美しさを身に纏っている鶴がいた。
「.....美しい佇まいだ」
そんなこんなしているうちに「おーい!聞いてたか、レイン?」と俺の数少ない友人である一人のエリクが話しかけてきた。
「......ん?何をだ?」
「やっぱり聞いてなかったな!転入生の話だよ、転入生!」
「すまん、聞いてなかった。少し見惚れていてな」
「相変わらず、お前は変なやつだよなー、まあ!そんなことは置いといて!今回きたのは大物だぞ!」
「ふーん、そんなすごいやつでも来るのか。」
「ふーんってお前な!今度転校してくるのは、かの有名なクレイン辺境伯家の令嬢なんだぞ!」
「ーーーそうなのか」
「それだけかよ!」
「令嬢はもう見飽きてるんでな」
エリクがあからさまにため息をついて、こちらを睨んでくる。
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その日の放課後、俺は書店に行こうと思っていた。
学園の東側の裏道——正門より少し遠回りだが木陰が続いていて、この季節は歩きやすい——
そんな、自分しか知らない秘密基地のような気持ちで歩いていると、前方が急に騒がしくなった。
馬の嘶きと、御者の怒鳴り声と、野次馬のざわめきが一気に混ざり合っている。
石畳の先、道が少し広くなった場所で、荷馬車を引く馬が二頭、完全に制御を失って暴れていた。御者が必死に手綱を引いているが、馬はまったく聞かない。
そして.......
その馬の真正面には.......
一人の女子生徒が腕を組み、微動だにせず、仁王立ちしていた。
「そこの嬢ちゃん!……危ないから逃げろ!!」と野次馬の誰かが叫んだ。
逃げなかった。
それどころか一歩、歩みを進める。
馬が前足を振り上げた。落ちてくる。
俺は気づいたら動いていた。
石畳を三歩で詰めて、その子の肩を引いて半歩ずらして、馬の首筋に手を当てた。
「……落ち着いて」
特に何もしていない。ただそう思いながら触れただけだ。
馬が止まる。
嘘みたいにピタリと。さっきまで狂乱していた二頭が、急に大人しくなって、ぶるると鼻を鳴らした。
ーーー静寂
御者が「え」と間抜けな声を出し、野次馬が固まった。俺はそっと手を離して、隣の女子生徒に声をかけり。
「怪我は——」
振り返って、固まった。
その子が、俺の顔を、ものすごい至近距離で凝視していたからだ。
近い。
めちゃくちゃ近い。鼻と鼻の距離が、たぶん十センチもない。
切れ長の琥珀色の目が、金色の光を宿してまっすぐ俺を見ていた。赤みがかった茶色の髪は、まるで生命が宿っているかの如く夕風に揺れている。
「……な、なんだよ」
「強いな、お前!」
タメ口だった、一応言っとくと初対面だ。
「……えーっと」
「この目だ」彼女はずいっとさらに顔を近づけてきた。「本物の強者の目。私、この目を知ってる。父上と同じ目だ」
「お父さんと同じ……?」
「おっと!いきなり悪かったね!うちの父上、大陸最強の剣士なんだよ」彼女はにこっと笑った。「だから私、本物の目かどうかって、会った瞬間にわかるんだ」
「は、はあ……」
「それで少し気になってね、君の名前は?」
「レイン・ノクスだ」
「私はアイラ! アイラ・クレイン! 明日からこの学園に転入するものだ!」
「……そうですか、じゃあ——」
「まあ、そんな御託はあとでいいんだ。そんなことより......
これはまずい。俺は感覚的にそれを察知した。この前も同じような展開にあった気がするんだがな、なんでこう連続で......
「結婚しよう!」
「…………」
「結婚しよう!」
「……ですよねぇぇぇぇぇ」
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俺は三秒、セレフィーナが来る以前の平和な学校生活を思い出し、頭を振った。
「一応聞きますね……今なんて言いましたか?」
「結婚しよう!と言ったな!」アイラは全く悪びれていない。
断られる気など、さらさらないのだろう。もしくはそもそも、考えついてすらいない可能性だってある。
「クレイン家はね、一目見て“この人だ”って思った相手と添い遂げるって決まってんの。私、今まで一回もそう思ったことなかったんだけど」
「はあ......それで?」
「今思った!」
「……あまりにも急だな」
「恋に急も遅もないでしょ!!」
「いや、でも俺には——」
「そんなことはないとは思うけど、もしかして断る理由ある?」
「あるな、ありまくりだ」
「なに!?」
「……なんか、もうすでに話が進んでいる竜族の女の子がいてだな」
アイラの目が、すっと細くなる。笑顔は消えていない。ただ、その奥に火がついた。
「……誰?」
「セレフィーナ・ドラグニスという——」
「ちょ.....!お前!竜族の女の子っていうかーーー竜王の娘!?」
「あいつって、やっぱり有名なんだな」
「知ってるぞ! めちゃくちゃ有名じゃん! 魔力計測不能の!」アイラは一瞬だけ考えた。
「お前の言いたいことはよーくわかったぞ!」
「お!お前、案外聞き分けがいいんだな!わかってくれたならよかった!帰った、帰った......」
「——わかったぞ!その人と勝負する!」
「……は?」
「勝負して、私が勝ったらお前もらう!」
「……人をもらうとか言わないでほしいんだが」
「じゃあ、いただく!」
「尊敬語とかの問題じゃなくてでな!......てか、俺の拒否権は.....ってお前! 勝手に歩き出すな!
」
アイラはもうすでに学園の方へと迷いのない足取りで進んでいた。
「ちょっと待って!!」
「待たない! 善はなんたらだ!」
「急げな! てか、そういう使い方をするものじゃないんだが!!」
「しーらね!」
「さてはお前......めちゃくちゃにバカだな!」
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昨日、セレフィーナは用事があったらしく、学校が終わり次第即帰宅していたようでなんとかことなきを得た。
と思っていたのだがーーーー
日は跨ぎ、翌日の昼休み。
屋上でセレフィーナと弁当を食べていると、扉が勢いよく開いた。
「見つけたぞー!!」
アイラだった。なぜか、三人分の弁当を持っている。これまた、嫌な予感だ......
「なんで三人分あるんだ」俺は聞いた。
「食べながら話した方が友好的じゃん?」
「なんで、そういうとこは気が使えるんだ!てか、ここ仲良くなるための場所じゃないんだが!」
「細かいことは気にしない!」
セレフィーナが顔を上げ、“表面上は”!穏やかな顔のまま、アイラを見た。
「アイラ・クレインさんですよね」
「そう! セレフィーナでしょ? 噂通り綺麗だね!」
「……ありがとうございます、そんなことはよくてですねーーー」
「でも、レインは私がもらう!」
「……そうですか」
「そうなの! だから勝負して!」
「レイン.....?こんな可愛い婚約者(仮)がいて、よく浮気なんてしようと思えましたねー」
「セレフィーナ、ちょっと落ち着け!俺は悪くないんだ!こいつが勝手に言い出したことでーー」
「とりあえず、レインは後でじーっくりと話を聞くとして......いいですよ。その戦い、引き受けましょう!」
「あー、もうめちゃくちゃだ!」
二人はそんな俺の嘆きには目もくれず、勝手に話を進めていく。
「剣を持つ者同士、語り合うのに理由は要らないですからね」セレフィーナは静かに微笑んだ。「それに——アイラさんの実力を確かめたかったというのも、正直なところです」
「俺は? 俺の気持ちは?」
「「当事者ではないので」」
二人の声が、完全に揃った。
俺は弁当を置いた。
「……なんで二人の息がそんなに合ってるんだ、てかめちゃくちゃ当事者だろ!」
「気が合うので」とアイラが自慢げに言い放つ。
「一応......初対面ですよね?」
「そんなのはー関係ないのさ! でだ、セレフィーナ、いつやる?」
「明日の放課後でどうですか」
「オッケー! 場所は?」
「演習場を借りましょう」
「完璧!」アイラがにこっと笑った。「あ、弁当食べよ。せっかく作ってきたし!」
「……これ一体、何味なんだ?」
「鶏の香草焼き! 得意料理だ!」
セレフィーナは「美味しそうですね!」と微笑みを顔に貼り付けながら、言った、
「で、どっちのを食べるんだー?」
「あー!なんかもう色々おかしい!」
結局、俺はどっちのを食べるのかを決めることもできず、両方食べたのであったーーー




