第38話「守りたいこの笑顔 Part2!!!」
ざわり、と空気が揺れた。
貴族たちの表情が変わる。
王子へここまで真正面から物を言う人間など、この場には今までいなかったのだろう。
アルヴェインの目が細くなる。
「……勘違いだと?」
「ええ」
俺は肩を竦めた。
「知らないみたいだから言ってやるけどよ.......セレフィーナは、お前の所有物じゃねえんだよ」
その瞬間、大広間の空気が一段階冷えた気がした。誰も口を開かない。
ただ、息を呑む音だけが静かに広がっていく。
アルヴェインは数秒黙っていたが、やがて小さく笑った。
「なるほど。たしかに異端らしい考え方だな」
「どうとでも」
「だが、身の程を弁えろよ。貴様のような死神紋章持ちが、王族へ口を挟める立場だと思っているのか?」
その言葉に含まれていたのは、侮蔑だった。まるで、人間ではなく出来損ないでも見るみたいな目。
昔の俺なら、たぶん何も言い返せなかった。
けれど今は違う........俺はもう、自分を呪いだと思っていない。セレフィーナが、その目を変えてくれたからだ。だから俺は、ゆっくり笑った。
「立場の話をするなら、たしかに俺はお前より下なのかもしれないな」
わざと一度区切る。
そして、そのまま静かに続けた。
「でも、セレフィーナと釣り合うのは、お前なんかじゃない」
一瞬.......大広間から音が消えた。
アルヴェインの表情が固まる。周囲の貴族たちも、信じられないものを見るみたいに目を見開いていた。
当然だろう。
ただの学生で、しかも“死神紋章持ち”と恐れられる学園の異端が、王国の王子へ真正面から対抗心を叩きつけたのだから。
「……ほう」
アルヴェインが笑う。だが、その笑みに温度はなかった。
「では聞こう。貴様ごときが、何を根拠にそんなことを言う?」
その問いに、俺は少しだけ考える。
爵位もない、名誉もない、世間から恐れられる紋章しか持たない自分に、普通なら王子へ張り合える要素などあるはずがない。
けれど——
「少なくとも」
俺はニヤリとどこか不気味な、けれど多分の自信を含む、そんな笑みを浮かべながら、静かに口を開いた。
「お前みたいに、自分の都合でセレフィーナを傷つけたりはしねえよな」
アルヴェインの目から笑みが消えた。
だが、俺は止まらない。
「“許してやる”って顔してるけど、最初にセレフィーナの気持ちを無視したのは、どう考えてもあなたでしょう」
ゆっくりと、一歩前へ出る。
「この人がどれだけ頑張ってきたかも、この国のためにどれだけ自分を押し殺してきたかも......お前は結局、何一つとして見てなかったじゃねえか」
ざわめきが広がる。誰も口にはしない。だが、この場にいる人間は全員理解していた。
アルヴェインは、“セレフィーナ本人”を見ていない。見ていたのは、自分の隣へ立たせるための“完璧な王女”だけだ。
「……貴様」
アルヴェインの声に怒気が混じる。
けれど俺は、その視線を真正面から受け止めたまま笑った。
「でも、俺は違う」
その瞬間......セレフィーナが小さく息を呑む気配がした。俺はゆっくり彼女を見る。
銀色の瞳が揺れていた。
強くて、綺麗で、誰より気高いくせに、本当は不器用なくらい一人で抱え込んでしまう人.......
だから——
「セレフィーナ......お前が、誰より責任感が強くて、誰より優しくて、自分が傷ついてる時でも、先に他人を心配する奴だってことを、俺は知っている」
言葉を重ねるたび、胸の奥が熱を帯びていく。
止める気なんて、もうなかった。
「本当に強い奴なんだよ、こいつは。……でも、本当はそんなに強がらなくていいのに、一人で全部抱え込もうとするから、放っておけねえんだよね」
俺が首を傾け、ヘラッと笑いながらそう言うと、セレフィーナの瞳が大きく見開かれる。
その表情を見た瞬間、確信した。
ああ.......俺はもう、とっくに手遅れなくらい、この人に惹かれてる。
「だから」
俺は再びアルヴェインを見る。
「そんなセレフィーナの隣に立つのは、あんたなんかじゃない」
静寂、そして空気が張り詰める。その中心で、俺ははっきりと言い切った。
「——セレフィーナと釣り合うのは、俺なんだよ」
ざわめきが爆発した。
貴族たちが一斉に顔を見合わせ、遠くでアイラが口を押さえながら真っ赤になっているのが見える。エリクは額を押さえ、「うわぁ……」みたいな顔をしていた。
だが.......セレフィーナだけは、動かなかった。銀色の瞳で、ただ真っ直ぐこちらを見ている。
その瞳が、ゆっくり潤んでいく。
「……レイン」
小さく名前を呼ばれる。
その声が少し震えていて、胸の奥がどうしようもなく熱くなった。
アルヴェインが低く笑う。
「……思い上がるなよ、死神紋章持ち」
怒気を孕んだ声だった。
「王族と釣り合う? 貴様のような異端が?」
その瞬間.......俺の右手で、冥境の門印が淡く脈動した。黒銀色の光が静かに滲み、周囲の貴族たちがびくりと肩を震わせる。
けれど俺は、平然と笑い返す。
「勘違いしてるのは、そっちだろ? マヌケ」
ゆっくりと........されど、一言ずつを噛み締めるように。
「俺は最初から、“王族と釣り合うか”なんて話してねえんだよ」
視線を逸らさない。
真正面から王子を見据えたまま、静かに続ける。
「セレフィーナを、本当に幸せにできるのは誰かって話をしてるって言ってんの」
アルヴェインの表情が歪む。
その時だった。
ふわり、と。 袖を、小さく引かれる感覚がした。おそるおそる振り返ると、それはセレフィーナだった。
彼女は俯いたまま、ぎゅっと俺の制服を掴んでいる。白い指先が、少し震えていた。
「……ずるいです」
消えそうなくらい小さな声。きっと羞恥心や嬉しさといった、様々な感情で頭がパンクしてしまっているのだろう。
「そんなこと、人前で言われたら……」
そこまで言って、セレフィーナは耐えきれなくなったみたいに小さく笑う。
「私........もーっと、あなたのことが好きになっちゃうじゃないですか.......」
泣きそうなくらい綺麗な笑顔だった。
その瞬間、胸の奥で確信する。
——ああ、もう絶対にこの人は俺が守りたい




