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第25話「波乱の予感!?」

 放課後に図書室で本を読んでいると、またもや、俺のところに女子生徒が来た。


 今度は三年の女子生徒、同学年だ。


 「ノクスくん、少しいい?」


 「またかよ、今日は随分と来客が多いな」


 「先週の件、ずっと気になってて——魔鳥を一瞬で追い払ったって本当?」


 「まあ、本当だけど......」


 「すごすぎるんだけど……!?」


 「みんな大袈裟なんだよ。この前、セレフィーナから見せてもらった写本で、少し自信はついたけど、実際自分があそこまでかと言われると、どうも信じ難いところが......」


 「その写本?っていうのが何かはわからないけど、ノクスくんは本物の天才だよ!!! ねえ、よかったら——」


 「すみません、お取り込み中のところ失礼しますね」


 横から声がし誰と思い見てみると、セレフィーナだった。


 表情自体はとても穏やかで、優しそうなそんな笑顔だ。しかし、全くといっていいほど、心の中は穏やかではなさそうで........


 「今日、この方は先約があります。また別の機会にしていただけますか?」


 「あ……は、はい……」


 女子生徒が、セレフィーナの笑顔を見て、二歩ほど後退する。


 「ありがとうございます」


 にこりと微笑んで、セレフィーナはその女子生徒が去るのを見送った。


 そしてそのまま.........怖い笑顔を顔に貼り付けながら、俺の隣に座った。


 「……先約、だったか?」


 「写本の話があります」


 セレフィーナがページを素早くめくりながら、本を開いた。


 「……セレフィーナ」


 「.......ん?」


 「もしかして........怒ってますか?」


 「怒っていませんよ」


 「本当に?」

 

 「怒ってないって言ってるでしょ! 気にしないでくださいよ! どうせ、私のことを面倒くさい女としか思ってないくせに!」


 図書室が、一瞬静まり返った。


 周囲で本を読んでいた生徒たちが、一斉にこちらを見る。セレフィーナ自身も、言った直後に「あ」と小さく息を呑んだ。


 たぶん、口が滑ったんだと思う。


 しかし——滑ったにしては、ずっと胸の奥に溜まっていたものみたいな声だった。


 いつも俺が軽く流していたことは、セレフィーナに取ってはまったくといっていいほど、軽いものではなかったのかもしれない。


 俺はしばらく、何も言えずにいた。


 セレフィーナも黙ったまま、本のページを必要以上の強さでめくっている。ぺら、ぺら、と紙が擦れる音だけが妙に大きく聞こえた。


 窓の外は曇っており、まるで今のセレフィーナとの距離感と俺自身の感情を表しているようだ。昼までは晴れていたのに、いつの間にか空一面に灰色の雲が広がっている。


 図書室に差し込む光も薄暗くて、空気が少し冷えていた。


 「……別に、俺は面倒くさいとは思ってないぞ」


 ようやくそう返すと.......


 「じゃあ何なんですか」


 セレフィーナが即座に返してきた。


 声が硬く、普段の静かな口調とは違う。


 「何って……」


 「さっきの人と、ずいぶん楽しそうでしたね」


 「普通に話してただけだからな!」


 「普通に?」


 ぱたり、と本を閉じて、セレフィーナがこちらを見る。


 綺麗な顔だ。だが今は、その整った顔立ち全部が少し刺々しい。


 「最近.......ずっとそうです。廊下でも、食堂でも、図書室でも、女子生徒に囲まれて」


 「囲まれてるってほどじゃ——」


 「私からしたら程なんです!!!」


 ぴしゃりと言い切られた。


 「あなた、自分が今どれだけ注目されてるかわかってます?」


 「いや、まあ、魔鳥の件で少し騒がれてるだけで……」


 「“少し”じゃありません」


 セレフィーナが立ち上がると同時に、椅子が小さく音を立てる。


 「上位魔物を単独で制圧したんですよ? しかも死神紋章持ちが。学園中、あなたの話ばかりです」


 「……大袈裟ですよ」


 「そうやって全部流すところもですよ! 大袈裟じゃない、たいしたことはしてない、他の人でもできること........いいですか! 過度な謙遜は周りの人を傷つけてしまうんです!」


 「え......?」


 「あなたは、いつもそうです。自分がどう見られてるか全然気づいてない。誰かに好意を向けられても、“なんとなく”で済ませる」


 「好意って」


 「気づいてないなら、なおさら質が悪いです」


 セレフィーナの声が、少し震えていた。


 怒っている。でも、それだけじゃない。心の奥底で傷ついている声だった。


 「……セレフィーナ」


 「なんですか!」


 「なんで........そんなに怒ってるんだ」


 言った瞬間.......しまった、と思った。セレフィーナの表情が、一瞬で固まったからだ。自分の中では、単に気になったことを聞いてみただけ。


 しかし、その端的な一言によって、傷つく人もいるということを、今さっき言われたばかりのはずだったのにも関わらず、俺は.......


 「……本気で言っているんですか?」


 「いや、だから——」


 「だから、って........わからないんですか!」


 静かな声だった。でも、今までで一番冷たい。


 「私、ずっと隣にいたんですよ」


 「……」


 「あなたが死神紋章持ちってだけで怯えられてた時も、婚約破棄をされた時も、気味悪がられてた時も、ずっと」


 「わかっている」


 「なのに最近は、みんな手のひらを返して寄ってくる。あなたが強いってわかった瞬間に........」


 セレフィーナが唇を噛んだ。


 「それを見て、何も思わないんですか」


 「……別に、悪い人たちではないんじゃーー」


 「ーーーっ……!」


 その瞬間.........セレフィーナの顔が、はっきり傷ついた。ピキッという音と共に、俺たちの関係は曇りから亀裂が広がっていく。


 「……そういうところです」


 「え?」


 「なんでそんなに鈍いんですか!」


 「鈍いって、別にわざとじゃ.......」


 「私はっ——!」


 そこで彼女は肩を小さく振るわしながら、言葉を止めた。図書室の空気が、重い。


 周囲の生徒たちも完全に空気を察して、誰も喋らなくなっていた。


 雨の匂いがただよい、窓の外でぽつ、ぽつと小さな水滴が滴り落ちる、そんな音だけが静かに響く。


 「……私は」


 セレフィーナが、俯いたまま呟く。


 「あなたが、どこか遠くに行くみたいで嫌だったんです......」


 その言葉に、胸が少し詰まる。


 しかし.........俺も、少しイラついていたのだろう、俺からしたら、理由もわからずただただ無駄に怒られ続けている気分だったからだ。


ここで口論をすることが互いにとって何の得にもならないことがわかっていたのに.......


 「……意味わかんねえよ」


 言ってしまった。


 その言葉がセレフィーナの耳に届いた時、彼女の肩が大きく揺れる。


 「俺、別に何もしてないじゃんか!」


 「......っ! 何もしてないからですよ!」


 「は?」


 「あなたは誰にでも優しいんです! 誰にでも同じ顔して、同じ温度で接するから——!」


 「それの何が悪いんだよ! 俺は誰かを特別に扱ってあげることが出来るほど、余裕はないんだ!」


 「わからないならもういいです!!」

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