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第14話「主役は遅れて登場するってな!」

 三人の視線が、一斉にこちらへ突き刺さった。


 空気が止まる。


 ついさっきまで騒がしかった空間が、まるで誰かに音を切り取られたみたいに静まり返っていた。


 最初に口を開いたのはアイラだった。


 「ほら言った!!」


 机を叩く勢いで身を乗り出し、ビシッと俺を指差してくる。


 「この人、絶対こうなるって言ってたもん!!」


 「おーい、俺は絶対なんて言ってなかったぞ」


 「言ってた!! “厳しいかもしれない”って!!」


 「まあ……それに近いことかもだが」


 「ほらぁぁぁ!!」


 アイラが頭を抱えた。


 セレフィーナが苦笑しながら肩を押さえる。


 「アイラさん、少し落ち着いてください」


 「落ち着いてる!! これが私の平常運転!!」


 「それはそれで問題では……?」


 エリクが小さく呟く。


 だが今は、そんなやり取りをしている場合じゃない。


 俺は駆け込んできた一年生へ向き直る。


 肩で息をしていて、顔面は蒼白。額には汗が浮かび、制服もところどころ焦げていた。


 封印室から漏れ出した魔力に焼かれたのだろう。


 「状況を詳しく」


 俺が落ち着いた声で言うと、一年生はハッとしたように背筋を伸ばした。


 「は、はい!! 封印室へ調査に入ったところ、突然、魔力障壁が展開して出口が閉鎖されました!!」


 声が震えている。


 恐怖を押し殺しているのがわかった。


 「中では残留魔力が暴走しています!! 先輩たちが全員で防壁を維持していますが、消耗が激しくて……このままだと、一時間以内に限界を迎えると……!!」


 「人数は?」


 「七人です!! クロノス先輩たちが!!」


 クロノス。


 あの実力至上主義の男が、わざわざ後輩を逃がしている時点で、状況の危険度がわかる。


 俺は静かに本を閉じた。


 乾いた音が、妙に大きく響く。


 椅子から立ち上がり、袖口のボタンを外す。


 その瞬間、セレフィーナがゆっくり立ち上がった。銀色の髪が揺れる。


 「……レイン」


 珍しく、不安そうな声だった。


 俺は視線を向ける。


 「約束してください」


 「俺は今からそんな、たいそうな事をしに行くわけじゃないぞ」


 「あなたからしたらそうかもしれませんが、私たちからしたら心配なんです! 必ず無事に戻ってきてください!」


 まっすぐな瞳だった。冗談も、誤魔化しも通じない目。俺は少しだけ肩をすくめた。


 「まあ、努力はする」


 「約束ですか?」


 「.......約束だ」


 セレフィーナは数秒こちらを見つめたあと、小さく息を吐いた。


 「……なら、信じます!」


 その隣で、アイラが机を叩いた。


 「私からも言う!!」


 「はい?」


 「死んだら許さないから!! 絶対許さないからね!!」


 「死んでもなおお前らが俺を忘れないでいてくれるならそれもありかもな」


 「幽霊になっても追いかけるから!! 毎晩枕元に立つから!!」


 「それはやめろ!!!」


 「怖がれ!!」


 涙目なのに怒鳴っているせいで、感情がぐちゃぐちゃになっていた。


 思わず笑いそうになる。


 「……わかったわかった、幽霊案件は避けたいから、バッチリ生きて帰るよ」


 「当たり前だぞ!!」


 エリクが、おずおずと手を挙げた。


 「俺からは何もないのか?」


 「エリクは特に」


 「そこは何かあるだろ!?」


 「じゃあ……無事に帰ったら飯でも」


 「行ってこい!! 今すぐ行ってこい!!」


 即答だった、現金なやつである。俺は小さくため息を吐くと、そのまま北棟へ向かった。


---


 北棟へ近づくにつれ、空気が変わっていった。


 肌が痺れる。


 肺に入る空気が重い。


 外壁の隙間から、青白い光が脈動するように漏れ出していた。


 まるで建物そのものが呼吸しているかのように。


 石畳が軋む......


 視線を落とせば、地面に細かな亀裂が走っている。魔力が可視化されるほど濃密に圧縮されているのだ。並の術師なら、この場に立っているだけで酔う。


 わかっているとは思うが、言っておこう、


 ーーーー“俺”を除いてな


 俺は正面扉の前で足を止め、静かに目を閉じた。


 ――感じろ。


 視界ではなく、流れを見る。


 漂う魔力


 渦


 圧


 空気の歪み。


 封印術式の癖


 入り口付近は広く、あまりにも自然だ警戒心を解かせるために、意図的に通りやすく設計されている。


 だが奥へ進むほど流れが細くなっていて、気づけば逆流できない。


 一方通行の迷宮


 封印術式としては古い部類だが、だからこそ性質が悪い。現代術式みたいに親切じゃない。


 侵入者を殺すために作られている。


 そして――


 ある一本だけ、暴走した残留魔力の中で不自然に逆流している細い道筋。


 俺が考えるにこれが“出口”だろうな。


 蜘蛛の糸みたいに細いが、確かに繋がっている。


 「……しゃーない、始めるとするか」


 俺は扉を押し開けた。


---


 中へ踏み込んだ瞬間、耳鳴りがする。濃すぎる魔力が、空間そのものを軋ませている。廊下の壁が青白く脈打っていた。


 まるで生き物だ。


 石畳は膨れ上がり、ところどころ砕けている。天井からはパラパラと砂が落ち、崩落寸前といったところ。


 奥から声が聞こえる。


 怒号


 詠唱


 苦鳴


 必死に術式を維持している声のする方向へと、俺は流れを辿りながら進んだ。


 右


 左


 細い通路を抜け、石段を下る。進むたびに圧が増していく。


 地下へ続く大扉に手をかけた、その時だった。


 ドォン――ッ!!


 爆発みたいな轟音が響いた。次の瞬間、扉の隙間から青白い閃光が溢れ出す。


 空気が震えた。


 俺はそのまま扉を押し開ける。


 そこに広がっていたのは――地獄だった。


 巨大な地下空間。


 七人の術師が円陣を組み、両腕を前へ突き出している。展開されているのは多重魔力障壁。だが、その障壁は今にも砕けそうだった。


 外側から、津波みたいな残留魔力が押し寄せていて、一波ごとに空間が揺れる。


 壁が軋み、床が砕ける。七人全員の顔色が悪く、今すぐにでも倒れてもなんらおかしくないといった様子だ。


 限界寸前なのが一目でわかる。


 「……くそっ、また来るぞ!!」


 クロノスの怒声が響いた直後.......


 轟音と共に、残留魔力の濁流が障壁へ激突した。


 バキィン――!!


 嫌な音が鳴る。


 六人が同時によろめき一人が膝をつく。


 障壁に亀裂が走った。


 あと数発で終わる。


 誰が見てもわかる状況だったからこそ、その場に、静かな声が落ちた時、全員が反射的に振り返った........


 「――まあまあ、お前ら落ち着けよ」


 俺は扉から中へ入りながら言う。不思議なくらい、よく通る声だった。


 クロノスの目が見開かれる。


 「……ノクス?」


 「やれやれ」


 俺は首の後ろを軽く押さえながら、空間全体を見回した。


 魔力の流れ、術式の癖、渦の中心、出口への筋道、全部、予想通りだ。


 「だから、無理をするなと言ったんだがな」


 「な、なぜお前がここにいる……!」


 クロノスの声に、僅かな動揺が混じる。それだけ余裕がないのだろう。


 「出口を知ってる人間が来ないと、全員ここで詰みますからな」


 俺はゆっくり袖をまくった。その動作だけで、空気が変わる。七人の視線が集まった。


 「ちょっとだけ待ってろ」


 「何をするつもりだ……!」


 「うるせえ、黙って見てろ! 今からなあ、流れを整えんだよ!」


 俺は前へ出る。


 暴風みたいな魔力が吹き荒れているのに、不思議なくらい静かに歩けた。


 「決して難しいことではない、お前らがなんでしなかったかがわからないが、さっさと“これ”をやった方が楽だったぞ」


 「は……?」


 クロノスの顔が引きつる。


 この状況を前にして、“難しくない”と言い切る人間なんて存在しない。


 ーーーーーそう、普通なら


 だが俺は、ただ前を見た。


 暴走する残留魔力の中心へ向かって、静かに右手を掲げる。


 空間が軋み、青白い魔力が唸る。


 その中心で、俺は静かに呟いた。


 「――〈開扉〉」

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