1.科学者の娘
学生の妄想ですので荒削りな物語だと思いますが、どうか温かい目でご覧下さると幸いです。
カイース帝国の北方には高名な科学者が住んでいる。
科学の発展した帝国の中でも一二を争う天才的な男、シエン・ティフィコは今日も悩んでいた。
今日で十歳になる娘、フリアが見つからないのだ。
彼女が行方知れずになるのは日常茶飯事なので、シエンはメイドに屋敷の中をくまなく探すよう形だけ命令し、研究室の鍵を開けた。
「あの子、フリアちゃんよね? ティフィコさんのところの」
やっぱりすぐにバレるか、と私は溜め息を吐いた。無駄に目立つこの容姿は昔から気に入らないのだ。
はっきりと聞こえる貴婦人方の陰口に呆れつつ、胸を張って歩いた。段々と陰口が小さくなっていくことが心地良かった。
「一応髪も切ったんだけどな」
久々に涼しくなった首元に触れる。この地域は冬になると刺すような寒気が訪れるので、どうせ身分がバレるのなら髪を切ったのは失敗だったかも知れない。しかもナイフで切ったせいで、ざんばら髪になってしまっている。白い髪を一房摘まんで、私は決意した。
「中央都市グランへの列車は今日出ていますか」
駅員に話しかけようとしたその時、隣から女性の声が聞こえた。見上げると、眩しいオレンジベージュの髪が視界に入る。
「あぁ、二時間後に来るよ。チケットを買うかい?」
「はい。一枚下さい」
駅員は手元にチケットがもうないと言って、取りに行く為に部屋の奥に引っ込んだ。女性と二人きりになると、私の視線を感じ取ったのかふとこちらを見た。鮮やかな金色と目が合って少し気まずく思っていると、
「綺麗な髪の色だね」
と声を掛けられた。気味悪いだとかはよく言われるが、綺麗などと褒められたことは初めてで戸惑ってしまう。その間に女性はチケットを受け取り、立ち去ってしまった。
「あの、私もチケットをください」
「はいよ」
それから私は二時間、新たな街に繰り出す期待と緊張を背負って過ごした。時々あの女性が頭をよぎり、何故こんなにも気にかかるのだろうと不思議に思う。どこかで会ったことがあるのだろうか。
「フリアちゃんだよね? 私はカリーダ。よろしくね」
列車に乗り込み二席が並んだ自由席に腰掛けると、例の女性が隣に座った。しかも、正体がバレている。
「……連れ戻しに来たのですか」
「そんな訳ないよ、ご主人様も無理に呼び戻そうとはしていなかったし」
「ご主人様? ……ってことは」
カリーダは周りを見渡してから肩に掛かる髪をかき上げ、首筋を見せた。そこには0505というカリーダの個体識別番号が刻まれている。そして、声を潜めながら言った。
「私、人造人間なんだ。シエン様に許可をもらって、あなたに着いて行くことにしたの」
「父は人造人間が自分に仕えることのみを良しとする人だと思っていましたが」
「多分、無機質でつまらない人造人間が珍しく何かを要求してきたから、内容に関わらず好きにさせようと思ったんじゃないかな? シエン様ってサンプルの回収の為なら何だってするような人だし」
確かに、とあっさり納得してしまって少し悔しかった。
「ところで、フリアちゃんは何で家を出たの?」
「あのままあそこにいたら、気が狂うと思ったからです」
カリーダはふうん、と呟いた。
「言えてるね」
カリーダは私から少しだけ視線を逸らし、窓の外を眺め始めた。同じように景色を見ようと思ったのだが、タイミング悪くトンネルの中に入ってしまう。
「カリーダ。あなたは今までに会ったどんな人造人間よりも、いえ、どんな人間よりも人間らしく見えます」
「あんまり大きい声で人造人間とか言わないでね。ティフィコ家が特異なだけで、普通の人はそこらを人造人間がほっつき歩いてるなんて知ったら発狂ものだから」
カリーダはそう言ってごまかそうとしたが、しばらく瞳を見つめていると諦めたように話し出した。
「私はシエン様の人造人間実験の、最新の試験体なんだ。今までの人造人間たちは会話のパターンなんかを教え込んで、指示に必ず従うように設定してたらしいんだけど。試験体の私は『こう言われたらこう返す』という答えを教えられずに、反応を見て学習させる、成長させるという風に作られたんだ。成長しきった人間の真似をさせるんじゃなくて、人間の成長の過程を真似させることにしたみたい。まあ、フリアちゃんに私が人間らしく見えたのなら、この実験は成功みたいだね」
「では、これをあなたに言うのもおかしな話ですが、あなたは『思考している』というのですか」
「そうだよ。脳とか神経とかはフリアちゃんたち人間と違うから、思考の中身や過程は違うかもしれないけど。記録したパターンを吐き出す機械じゃなくて、自分でどう話して相手をどう思わせるかを考えて話しているよ」
私は金色の瞳を奥を見て、感心した。父はなんてものを生み出したんだ。全く、父娘はあまりに合理的で、倫理観が欠けている。
「これを普通の人々が知ったら、どう感じるのでしょうか」
「これは私の主観だけど……怖がるか、可哀想に思うんじゃないかな? 自分の理解が及ばない生き物もどきにゾッとするか、ただの絡繰じゃなくて自立思考する機械に同情すると思う。人間たちと同じことを思って、考えて、感じているのに人間の勝手なエゴで飼い殺しにされるんだって」
「あなたはそう思っているのですか」
「私がもし人間だったら、そう思うよ」
でも私人間じゃないし、と笑ったカリーダの顔はくしゃくしゃだった。
列車に乗ってから数時間が経った。車掌のアナウンスによるとまだ着きそうにはないらしい。
「帝国って、とても広かったんですね」
私は今度こそ窓の外を見た。広大な農地が広がっている。
「カリーダ?」
左を見ると、カリーダは眠っていた。人造人間も眠りにつくのか、と思いつつ想像よりも穏やかで幼い寝顔を見つめる。自分の椅子がぎしりと音を立てた。
「まぁいいか」
私も暇なので眠ることにした。
「そろそろ起きて、フリアちゃん」
「着きましたか」
「いいや、まだ。でも君の寝起きの良し悪しがわからなかったからね」
どうやらあと数分ほどは余裕があるようだ。周りの客も少しずつカバンに荷物を詰めたり、ゴミをまとめたりしている。
「フリアちゃん、お腹空いてない? グランに着いたら、ご飯屋さん探そっか」
「あなたは食べられるのですか」
「食べられるけど、食べなくても平気だよ。でも三食食べるんだ」
「食べるんですか」
「だって、食事を摂った方が人間らしいでしょ?」
カリーダは眉を下げて笑う。
「間も無くこの列車は中央都市グランに到着致します」
都合良く流れたアナウンスを聞いて、私はカバンを閉めた。




