第38話 仕事って仕方なくだよねえ
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どういうことだ?あの陰キャ君だよな。確か名前は……そう言えば聞いてなかったわ。
名前は後で聞くとして、陰キャ君が俺たちの部屋に侵入してきたのはなぜか。侵入してきたとき、明らかにユリアを狙っていた。あんなナイフとか物騒なもんも持ってたんだし、殺意もあるってことだろう。
陰キャ君は実はユリアを狙う神声教団なのか?それともあの赤髪と関係があるのか?お、落ち着け餅つけ。
まずは冷静に、陰キャ君の名前と事情を聞くんだ。俺は陰キャ君に一歩近づいて、まずは名前を聞いてみた。
「えっと、その、誰でしたっけ」
「え?」
「あ、えっと、その、名前知らないので、えー、名前を……」
「あの、何言ってるか聞こえないっす」
「え……あの、ほら、名前、名前です」
「あ……えっと、ネクラ……」
名前そのまんまじゃねえか。俺は一瞬噴き出しそうになるのを堪えた。俺は続けて事情を聞く。
「あ、ネクラさん。えっと、その、なんで君が、ユリアを狙ったんですか」
それを聞いた瞬間、ネクラは悔しそうに唇をかみしめながら俯き、口を開いた。
「……くっ、本当にすまない、殺してくれ」
え、いや待て待て。なんでそうなる。急に殺せと言われても。てか”くっころ”とか初めて聞いたわ。とりあえず気を取り直して再度事情を問う。
「いや、俺の話聞いてます?えっと、なぜかを聞いてるんですけど」
ネクラは、観念して、ボソッと小声で答える。
「……依頼だよ」
「依頼?」
「ああ。どうせ死ぬんだ。全部話す。俺は暗殺一家、ヒキコーモリ家の一人だ。学園に入学しても暗殺業を続けている。そして今日、そこにいるユリアを殺せと依頼が来た。事情が分からないけど、恐らくユリアは大罪人ということだ。
俺たちは大罪人以外は殺さない。念入りに調査された結果だろうから、間違いない。だから、俺は部屋に侵入し、暗殺を実行しようとした。だから、殺せ……。俺は、いじめから助けてくれた君たちの恩を仇で返そうとしたんだ」
おい、名前よ、ヒキコーモリ家ってふざけてんのか。笑わせにくんな。
それにしても、暗殺一家か。まあ、仕事だから仕方ないと思う。とはいえ、ユリアが殺されかけたのは事実だ。
気持ちはわかる。仕事なんて生きるため、金稼ぎのために仕方なくやるもんだ。やりがいなんて関係ない。仕方なく働くのが仕事だ。
企業のため、人のために働く聖人なんて1割もいるかいないかだろ。人間は、人のためと口では言っても、金や地位、自己満足、承認欲求など、自分への報酬が無ければ動かないものだ。それが人間だ。
話はそれたが、とりあえず何となく察しは付いた。俺の予想が合っているか確かめるために、ネクラに聞いてみる。
「もしかして、その依頼主は、えっと、カネズーキ家からだったりしますか」
「え」
すると、ネクラはポケットにしまっていた依頼の手紙を、慌てて開いて見始めた。ネクラは目を丸くした。どうやら当たりのようだ。
「な、なぜわかった?ていうか誰それ」
「やっぱりですか。えっと、あの時、君のいじめを止めたあとで、あのヤンキーが俺に仕返ししてくるかもと思って警戒してたんすよ。
親のコネを使うみたいなことも言ってたから、その、念のためあのヤンキーの家系を調べたら、えー、金にものを言わせるかなりの権力を持った奴だったんすよ。
あと、その、あいつの視線も、言動も、いろいろ変だったんですよ。俺の大切なものを消すと言っていた。恐らく、親の権力でも使って、君の暗殺一家にユリア暗殺の依頼でもしたんじゃないすかね。
ヒキコーモリ家は、カネズーキ家の権力をかさに着られて、断れなかったんじゃないすかね、その依頼」
「じゃ、じゃあ、チーへの嫌がらせ目的なのに、その依頼が通ってしまったということか?ユリアは何も罪なんか犯してない、冤罪で殺されかけたのか?」
「そう言うことになりますね」
ネクラはがっくりと肩を落とした。利用されたんだねえ……かわいそうに。
ちなみに、あの赤髪のヤンキーの名前はヤンキ・カネズーキだ。カネズーキ家はこの国でもかなりの権力を持っている。何をしても権力や金を使ってもみ消しているな。
ちなみにユリアから聞いた。そこらへんは元王族なのもあって詳しい。念のため聞いておいてよかった。
ネクラは声を震わせ、蚊の鳴くような声でつぶやく。
「俺は、何の罪もない人を、殺そうと、したのか?」
ああ、そうか。悪人しか暗殺の対象にならないって言ってたんだっけ。もしユリアの暗殺が成功して、その後にただの嫌がらせの報復目的で罪もないユリアを殺したと知ったら、それこそ、取り返しのつかない絶望だったかもしれない。
今回は俺が止められたからよかったが。
「頼む。お、俺を、殺してくれ」
ネクラはそういうが、声は震えている。
う~ん、なんというか、こうやって利用され騙された奴を殺すなんてこと、いくらひねくれてた俺でもしたくない。もちろん、俺の恨んでるやつは別だが。
前世では嫌いな奴ばかりいたが、殺意は普通に湧いた。法が無ければ無敵の人になってたかもしれん。
俺みたいに人に流されて生きるやつは、やはり言いなりになるしかない。俺だってネクラの立場なら暗殺実行していた。
それなのにネクラを殺すというのは俺の罪悪感が……。
それに、結果的に、俺はユリアを守ることができた。もし守れなかったら、それこそどんな事情があれ、ネクラを恨んでいたかもしれん。
今回は、悲劇も実害も何もなかった。それでいい気がする。
「いや、殺したくないです」
「は?な、なんで?俺は、お前の大切なユリアを殺そうとしたんだぞ!?」
「いや、大切じゃないですけど」
と即答した瞬間、ゴンッと俺の後ろで物音がした。振り向くと、頭をぶつけたのか、ユリアが頭を押さえて「むぐ~」と唸りながら俺を睨んでいた。
え?俺ユリアになんかした?なんで睨んできてんの?まあいいや。ネクラに視線を戻し、話を続けた。
「えと、俺は殺人者にはなりたくないし、ユリアはちゃんと守れましたから」
「いや、でも、俺は、死んで償いたい……」
……常に戦闘がある世界だからなのか、異世界の人間って、命を軽く扱いがちな気がするな。まあ前世で自害した俺が言える事じゃないが。まあ、もう耐えられなかったんだ。仕方ないだろう。俺は続ける。
「まあ、仕事だししょうがないですよ。その、君の家族も逆らえなかったわけだし。えー、君は仕事を遂行しようとしただけ。知らなかっただけ。
えっと、根本的な問題はあのヤンキーとそのクソ親どもです。ネクラはそんなに罪悪感を抱えなくてもいいと思うんすけど」
「……なんで、そこまで?」
ネクラは俺を縋るように見上げて呟いた。
「いや、今言った通りの理由です。あと俺を勝手に殺人者に仕立て上げないでください」
「そ、そっすか、すいません……」
「……」
「……」
そして流れる沈黙。この後って、何話せばいいの?俺がネクラを許して、そのあとは?ネクラも俯いて黙りこくっちゃったし。
俺は助けを求めるためにユリアの方を向いたが、未だに不機嫌そうな顔をしていた。
まあいいや。これで終わり。早く寝たいから帰ってもらおうか。
「あ、えと、とりあえず、もう帰っていいです」
「……はい。その、あざした」
ネクラは礼を言い、ケガした両手足のまま、ふらつきながら窓をすり抜けて出ていこうとしたが。
「待って」
ユリアがネクラを呼び止める。
ユリアはベッドから降りて、ネクラに近づいていく。ネクラはユリアが近づいてきて明らかに顔を赤くし、目を逸らす。
わかるぞ、陰キャだから、女性経験が少ないから、どこ見ればいいのかも分からなくて、なぜか照れてしまう。分かる。しかもこんな可愛い女子に近づかれたらね……。
するとユリアはネクラの前で、床に腰を下ろした。
「見せてください」
「え?」
するとユリアはネクラの腕と足の袖をまくり始める。ネクラは一瞬ビクッと体を震わせた。ユリアは構わず、治癒魔法を発動した。ネクラは目の前の緑色の光を見て、眉をひそめた。
「治癒魔法?お前は、王族の血縁関係か?」
「……はい。ただ、絶対に他言はしないで?あなたを信用してるから」
「なんで?お前を殺そうとした俺を、信用?意味が分からない」
「困ってたら優しくしないと。お母様の教えです。それに、あなたはきっと、根は優しいんだよね?」
「……お前達って、なんていうか、不思議な奴らっすね」
「あはは、そうかもね」
ユリアは少し苦笑する。いつの間にか、治癒は完了していた。ネクラのアイスニードルが刺さっていた両腕と両足は、穴が見事にふさがり、血も止まっていた。すげえなあ、ユリアって。
ネクラはそのまま何も言わず、俺たちに軽く頭を下げた後、逃げるように窓をすり抜けて出ていった。
……あの能力便利そうだなあ。覗きに使えそう。
とりあえずこれで一件落着だな。まあ、ヤンキは今頃ユリアが殺されていると思っているだろうな。
そして俺の絶望した顔を見て、楽しもうとしてただろう。残念だったな。個人的にマジでお前には殺意湧いてるから。権力をかさに着るやつは……恵まれたやつは……壊してやるよ。




