05.
私は留子。83才。
今日は米蔵さんが花束をプレゼントしてくれると言うので、年甲斐もなく高鳴る胸を抑え、一緒にお花屋さんまで歩いております。
私にとっては久しぶりのデート。
春の陽気が心地よく、眠気を誘う気持ちの良さでした。
そしてたどり着いた馴染みのお花屋さん。
普段は仏壇に飾る花しか買ってませんでしたが、今日は少し違うのだと緊張してしまいます。
さっきから米蔵さんも緊張しているようで、それを見ているだけでドキドキしてしまうのです。
「トメさんに似合う花束をひとつ」
そう言ってお花屋さんのお姉さんに1万円札を渡す米蔵さん。
私に貴重な年金を使うなんて…そう思っているものの、思わず頬が赤くなってしまいます。
「少し待ってくださいね」
店の花たちを物色しているお姉さん。
「おう!お前!」
突然聞こえる声に少しだけビクっとしてしまいます。
耳が遠くなってしまった自分にもはっきり聞こえるということは、どれほど大きな声で怒鳴ったのだろう。
目の前の男に怒りが込み上げたのですが、隣にいる米蔵さんから暖かな空気を感じ、少し冷静になれたように思うのです。
思えば女だてらに高校を出た頭でっかちな私を、もうプッシュで口説いてきた米蔵さん。常に私を暖かく包んでくれるような人でした。
そんなことを考えている私の目の前で、男はお姉さんに掴みかかっているのではないですか。
私は思わず足が前に出て、気付けば杖で手を叩いてしまうのです。
「いてーなババー!」
そう言って目の前の男が拳を振り上げるのが見え、子供の頃に厳しかった父が私を叩く様が蘇り、体が強張ってしまいます。
ですが次の瞬間、私の体がふわりとその拳を躱すのです。
今までも何度かこんなことがあったのですが、そんな時はその不思議な力に身を委ねれば良いことは分かっています。
体の力を抜き、私の中に眠る何かの力に身を任せると、男の拳は完全に行き場を失い転んでしまいます。
私の中の力に任せ、後はどうこの男を諭してやろうか、そう思っては見たのですが、気付けば米蔵さんがその男の前へ立ちふさがっていたのです。
「男は我慢じゃよ」
男の肩をポンと叩く米蔵さん。
「じいさん…」
こうしてその男はペコペコと私たちに頭を下げて帰って行きました。
「おじいさん、ありがとうございます。あの、お名前は…」
「さーて、名乗る名など…忘れてしまったよ」
米蔵さんが名前を思い出せないようなので、良妻としてはサポートしなくてはと口を開きます。
「米蔵です。私は留子といいます。お花よろしくお願いしますね」
こうして、お姉さんも花束を作り終わり、米蔵さんから手渡されました。
思わず米蔵さんを見つめてまた私は頬を染めてしまいます。
今日は良い日になりました。
めでたしめでたし。
また何か思いついたら書きますね。
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