7. アホの子、健気な子、未来と昼ごはん
……なんていうことがあったのが、もう10年以上前のことだなんて信じられない。
リコとの思い出も遠い過去のように感じ、もうおぼろげなものとなっている。
そこは真っ白な部屋だった。
アルコールと薬の臭いに満ちたここは、死を感じさせるものしかなかった。
そして、ベッドの上に横たわる一人の女性。
ここに来るつもりなんてなかった。しかし、年老いた母からに頼まれ、重い腰をあげたのだった。
窓際に置かれたベッドには窓から日光が差し込むが、彼女はまぶたを閉じたままだ。
当時の彼女の活き活きした姿を思い出すたびに、胸が苦しくなる。
丸いすを引き寄せて腰掛け、彼女の顔を覗き込む。
「よく寝てやがるな。まったく、人の気もしらないで……」
彼女との幸せな時間は長く続かなかった、その時間が終わったとき、オレは不幸になったのか?
いや、違う……。
たしかにオレの胸のうちには、彼女との思い出があるのだから。
その白い手をとり、ありがとう、そうつぶやいた。
……ふと、声が聞こえた気がした。
彼女の口元がかすかに動いている。
「タクちゃん……」
まさか……こんなことが起こるわけがない……。オレは腰を浮かせ、彼女の名を呼ぶ。
「リコ!」
何度も呼びかけると、黒い艶やかなまつ毛をふるわせながら目が開いた。
「お、おなか減った……、今何時?」
「昼だぞ、起きろ! 飯だ」
「ごはん!? 起きる、すぐ起きるよ!」
がばりと身を起こすと、料理のにおいにさそわれるように部屋を飛び出しいった。
今日は休日。午前中に学校の宿題を済ませて、午後から遊びに出かけようということになり、朝からリコが部屋にやってきていた。
昼前にリビングにいったところ、『リコちゃんも昼ごはんたべていくんでしょ?』という母から質問。
当の本人はというと教科書を顔にかぶせながらベッドの上で寝こけていたので、つい、悪乗りして変なモノローグをつけてしまった。
リコと母の話声が聞こえる階下へとむかいながら、ふと10年後について考えてみる。
いまの状態には満足している。
しかし、今日の幸福がそのまま明日に持ち越せるという保証はないわけで、使い古した幸せには亀裂が入っていく。
明日へ向かって日々の生活を培っていくことにしよう。そのためには、まずは昼飯からだ。