僕、ここに残るよ。
天文八年、閏六月。
三好長慶と三好政長の対立は収まらず、京の周辺には不穏な空気が漂っていた。
義晴は大舘常興と、これ以上の争いを防ぐための策を話し合っていた。
「六角殿より、幕府への忠節を失わぬよう諸勢力に働きかけるべきとのお考えが届いております」
「うん。僕らは争いにならないように仲介することに尽力しよう!」
「六角殿には大きな負担をかけさせてしまいますな」
「こういう時に一番、頼れるのは定頼さんだからね。けどもし戦になってしまったときのために、能登の畠山さんと若狭の武田さんにも声をかけておこう」
「それが良いですな」
定頼とも連絡を取りながら、義晴は京に留まって事態を収める道を考えていた。
そのとき、義晴の手元の端末に通知が現れた。
「うわぁ!」
「大御所様、いかがなさいましたか?」
「大舘、これ見てよ!」
義晴が端末を差し出す。
画面には「ご注文はキャンセルされました」の文字。その上には、バナナの皮と、近くに投げ出された配達員の足が描かれていた。
義晴はスタコとたこ焼きを、それぞれ注文していた。キャンセルになったのはスタコの方だ。
「な、なんですと!」
「初めて見たね。スタコキャンセルになっちゃった」
「配達員殿はご無事でしょうか?」
「何事もなければいいけどね。それにしても……」
「はい。かわいい絵柄で誤魔化しておりますが、内容は軽い内容ではございませんでしたな」
「やっぱり晴元と長慶くんの争いが原因で街中も不穏な気配を感じているのかもね」
「なんとかせねばなりませんな」
「たこ焼きは無事に届くといいんだけどね」
「大御所様、失礼いたします」
御所に仕える者が声をかけてきた。
「おっ! 早速届いたのかな? ん、どしたの?」
「それが、配達員を名乗る者が、大御所様に直接でないと渡せないと申しておりまして」
「えっ、なんでだろう?」
「今までそんなことはございませんでしたな?」
「そうなんだよね。もしかして破損させたのかな? まあ行ってみようか」
「私も行きますぞ。他にも何人か大御所様について行くのじゃ」
「はい!」
義晴と大舘は数人を伴い、御所の玄関へ向かった。
そこで待っていたのは、やけに晴れやかな笑顔の男だった。
木沢長政。細川晴元の政権を支える有力武将の一人である。
「は~い♪ 義晴くん! 来たよ!」
「えっ! 木沢くん? なんで?」
「ちょうどここで配達員くんと一緒になったからさ。俺が受け取っておいた」
木沢の手には、見慣れたたこ焼きの包みがある。
「大御所様に会わせろと言っていた配達員殿とは?」
「はい。あの方になります」
案内してきた者が木沢を示した。
「やあ! 大舘くんもいるのかい。みんなで出迎えてもらって悪いね」
「木沢殿は一体なにをやっておられるのですかな?」
「いやね。俺も一回やってみたかったんだよね」
木沢は包みを両手で差し出し、ひときわ明るい声を上げた。
「お待たせいたしました! たこ焼きお持ちいたしました! アイゲッチュー!」
義晴はとりあえず受け取った。
「あっ、うん。ありがとう。じゃあ」
「あれ? 義晴くん、冷たくない?」
「木沢くんはなにしに来たの?」
「なにしにって? 義晴くんの力になりに来たに決まってるじゃないか」
「どういうことですかな?」
「まあここじゃなんだから、その俺のお土産のたこ焼き食べながら話そうじゃないか。さあみんな上がって」
「ここ僕の家なんだけど」
「しれっとたこ焼きも自分のお土産と言っておりましたぞ」
木沢は二人の言葉など気にせず、さっさと奥へ進んでいった。
◇
部屋へ通されるなり、木沢はたこ焼きの包みを広げた。
「はい。どうぞ。召し上がれ~」
義晴と大舘は黙って見ていた。
「ん? なんだい? あぁ、お茶か! キミ、悪いけどお茶を三つ貰えるかな?」
「承知いたしました」
近くに控えていた者が、頭を下げて出ていく。
「なんでこの人、人の家でこんなに我が物顔で振る舞えるの?」
「不思議なお方ですな」
「さあ、二人とも座って」
なぜか家の主である義晴と、その家臣である大舘が促されるまま座った。
「早速だけど」
木沢が身を乗り出す。
「このたこ焼き食べていいかな?」
「ねぇ大舘! この人、本当になにしに来たの?」
「木沢殿、たこ焼きを召し上がりながら本題をお話になってください」
「大舘くん。ありがとう」
木沢は一つつまむと、黙ってもぐもぐと食べ始めた。
「食べてるときは大人しいんだね」
飲み込んだ木沢が、にこりと笑う。
「食べながらしゃべるのはお行儀がよくないだろ?」
「木沢くんはすでに人の家でするお行儀は良くないけどね」
「それで本日はどのようなご用件で?」
大舘が話を戻した。
「じゃあ本題だね。実は、たまたま義晴くんの家の近くにいたら、たこ焼き持っていく配達員さん見かけてさ。なんか俺もたこ焼き食べたくなったから、つい来ちゃった」
「もう帰って!」
「ハハハッ! 冗談だよ。キミたちの反応を見ていたらついね」
「では?」
木沢はたこ焼きの包みを脇へ寄せた。
「うん。長慶くんだけどね。キミたち将軍家と争う気はないってさ」
「あくまで敵は晴元殿ということですかな?」
「まあ、そういうことみたいだね。で、その晴元くんなんだけど、家臣の一部はすでに京から別の場所に移動させているよ」
「軍事衝突が起こる気配が高まってきているということですな?」
「そういうことだね。だから義晴くんも京を離れることをオススメするよ」
「大御所様?」
大舘が義晴を見た。
義晴はすぐには答えなかった。定頼から届いていた意見も、先ほどから考えていたことも、変わらない。
「義輝たちはここから別の場所に移す。けど僕はここに残るよ」
「大御所様! 危険ではございませぬか」
「僕は調停者としてここに残る。みんな僕がここにいることで京は安心だって思わせることができるはずだから! 大舘たちは別の場所に移ってもいいよ」
「大御所様が残るのに我々が残らないわけにはいきますまい。私ももちろん残りますぞ!」
将軍が京都に留まることには、幕府がどちらの勢力にも与せず、調停者としての立場を示す意味もあった。
「ハハハッ! いいね、義晴くん! キミが京に残ってくれることはこちらとしても非常に助かるよ。キミたちが覚悟を見せてくれたんだ。俺たち調停組も頑張らないとね」
その後、義晴の御台所と義輝らは八瀬へ避難した。一方、義晴は京に留まり、大舘らもこれに従った。
義晴の働きかけに加え、六角定頼らによる調停が続けられた。七月下旬には長慶方の軍勢が西岡から退き、秋には長慶も晴元のもとへ再び出仕することとなった。
三好家をめぐる騒動は、大規模な衝突に至ることなく、ひとまず収まったのである。




