僕、将軍なんだけど?
遠くで、幾重もの鬨の声が上がっていた。
大勢の兵が動くざわめきが、風に乗って届いてくる。
その戦場から少し離れた場所を、足利義晴が落ち着きなく歩き回っている。
「……」
「上様。少し落ち着きなされ」
「大舘。落ち着けって言われても僕、今日が初陣なんだよ? 戦場にいて落ち着いてなんていられないよ!」
「初陣?」
大舘常興は義晴の姿を上から下まで眺めた。
「その格好でですかな?」
「その格好って言うけど、これ大舘が用意したんだよね?」
義晴が自分の袖をつまむ。
どう見ても、戦装束ではない。
鷹狩りへ出掛けるような格好だった。
「よろしいですかな、上様」
「うん」
「本日の戦は、あくまで細川高国殿と、その敵方との戦でございます」
「うん」
「上様は将軍として参戦したのではございません」
「うん?」
「鷹狩りをしていたところ、たまたま近くで戦が始まったので様子を見ているだけ」
「……」
「ということにしておけば、高国殿が負けたとしても、上様まで敵として扱われる可能性は低くなりましょう」
「なるほど!」
ぱあっと表情が明るくなる。
「さすが大舘! つまり僕は戦場にいるけど戦には参加してないってことだね!」
「左様でございます」
「じゃあ安心した」
義晴はその場に座り込んだ。
「安心したら喉乾いたな」
「スタコ頼もうかな。大舘はいつものでいい?」
「ありがとうございます。いつものでお願いいたします」
しばらくして。
「お待たせいたしましたー! スタコのお届けに上がりました!」
「あ! 来た来た!」
義晴が立ち上がる。
「ウバ之助さん! 今日はこんな所までごめんね。ありがとう!」
「いえいえ! 義晴さん案件ならどこでもお届けしますよ!」
「ありがと。これチップね」
「ありがとうございます!」
満足げに商品を受け取った義晴は、大舘の分を手渡す。
「はい、大舘」
「ありがとうございます、上様」
二人並んで、西の方角を眺める。
ズズー。
「……」
ズズー。
そこへ、慌ただしい足音が近づいてきた。
「伝令ー! 三好長家、政長らの軍勢が桂川を渡り、武田勢と交戦! 高国方、押されています!」
「ねえ、大舘」
「なんでございますか、上様?」
「高国さん、ボコボコにやられてない?」
「はい、そのようですな」
ズズー。
「だよねぇ?」
しばらくして、再び駆けてくる足音が聞こえた。
「伝令ー! 伝令ー! 三好長家勢、こちらへ進軍! 上様の陣所に迫っております!」
「……え?」
「ただちにお退きください!」
義晴はゆっくりと大舘を見る。
「これヤバくね?」
「ヤバいですな」
数秒の沈黙。
義晴が勢いよく立ち上がった。
「大舘! 今すぐ逃げるぞ!」
「承知!」
二人は大急ぎでその場を離れる。
「大舘! 話が違うよ! 鷹狩りなら大丈夫って言ったじゃん!」
「私もこのようになるとは思いませなんだ!」
「コーヒー持った!?」
「持っております!」
「じゃあ逃げるぞー!」
義晴たちは、そのまま近江へ向けて全力で撤退した。
これが、後に「桂川原の戦い」と呼ばれる戦である。
こうして足利義晴の初陣は――
戦ったのかどうかすらよく分からないまま終わった。
「大舘ー!」
「なんでございます上様!」
「僕、将軍なんだけどー!?」




