30話:輪廻遺跡ルエルナ・エ・ラ
「マスター。あれはなんだ」
「あれは……輪廻遺跡ルエルナ・エ・ラ」
「るえ……なに?」
「ルエルナ・エ・ラ……単にルエルナと呼ぶ場合もある」
まさか、実在していたとはね……。
噂話でしかない。死者の魂が還る場所だとかなんだとか。レガートは一度見た事があると言っていたが……。なるほど、あの世と呼ぶに相応しい場所だな。
上には光輝く海があり、底には地獄のような遺跡だ。
「で、どうするんだマスター。突っ込むか!?」
「なんでだよ」
「でもよお……選択肢はなさそうだぜ!」
ベアトリクスがそう言ってバルディッシュを振り払った。どちゃりと、何かが地面へと落ちた。
それは背の低い、顔の上半分だけをドクロを模した仮面で隠した人間だった。呻いているところを見ると、どうやらベアトリクスは柄で殴ったようだ。
そこで、俺はようやく気付いた。
「嘘だろ……探知魔術掛けてるんだぞ」
俺達は――同じドクロの仮面を被った集団に囲まれていた。
「我々は生者でありまた死者でもある。探知魔術などにかかるまいよ」
一人の背の高い男が前に出てきて静かにそう言った。どういうことだ?
「そこの女戦士よ、どうやって我々の接近に気付いた?」
「あん? んなもん勘に決まってるだろうが」
戦士の勘は侮れないからな……とはいえ、若干ショックだ。
いやそうじゃない。
「マスター、でどうするんだ? ぶっ飛ばすか?」
「いや……待て」
殺そうとするのなら、とっくの昔に襲ってくるはずだ。だが、なぜか彼らは動かない。そこで倒れている男はベアトリクスに不用意に近付きすぎたせいだろう。
何より、あの仮面。俺は知っている。見たことがある。
「お前らは――【渡し人】か」
「……我らの名称を知っているとはな。何者だ? 同志ではなさそうだが」
「そのドクロ面、知り合いが持っていてな」
あれは、テトが持っていた仮面と同じだ。いつだかテトに聞いた時に、これは【渡し人】の証拠だという。
【死体漁り】はあくまで、冒険者が付けた蔑称だ。正式名称があったとは知らなかったが、テトに教えてもらっていて良かった。
「……ほお。その名前を教えてもらえるほど我らと親しくなる冒険者がまだ地上にいたとは」
男がそう言って、仮面を脱いだ。短い銀髪に、赤い瞳。テトと……同じだ。
「本来なら、追い返すところだが……今は少し荒れていてな。悪いが、付いてきて欲しい。客人とまではいかないが、身の安全は保証しよう」
「……俺は冒険者のアニマ。こっちはベアトリクスだ」
俺は手でベアトリクスに武器を下げるように指示した。ここでもめ事は犯したくない。ベアトリクスは渋々バルディッシュを地面に下ろした。
「……俺はジルだ。【渡し人】をまとめている」
「よろしく頼む、ジル。不慮の事故で迷い込んだ。こちらは荒す気も、危害を加える気もない」
「分かっているさ。我らは我らを差別しない者に攻撃するほど、落ちぶれてはいないさ」
「だろうな。決して生者には手を出さない……がルールだろ」
【死体漁り】は嫌われ者だ。俺だって別に好きというわけではない。だが、彼らは決して自ら殺人を行う事はない。それは……ルールから外れているからだ。
だからこそ、テトは異常だったのだ。
「来てくれ。とはいえ、安全は保証しかねる。最近、厄介な奴らがこの辺りにうろついていてな。自分の身は自分で守ってくれ」
「勿論だ」
ジルが、崖沿いの道を進んでいく。俺とベアトリクスも付いていく。
「な、なあ。マスター、大丈夫なのか?」
不安そうなベアトリクスを見て、俺が頷く。
「大丈夫かは知らんが、まあ俺とベアトリクスなら何とでもなるだろうさ」
「……かはは、そうだな、そうだよな!」
すぐにいつもの調子を取り戻したベアトリクスが周囲をキョロキョロ見ていた。
しかし、探知魔術を全開にしているのに、ジルの存在を全く認識できない。目で見えているから、そこにいると分かるが……。
ジルは信用できそうだが、油断しない方がいいな。
そうこうしている内に遺跡へと辿り着いた。遺跡というよりは元々は立派な街だった物が廃墟と化した場所……と言った方が正確か。
廃墟となった建物の中に入っていく。ジルは迷わず、上へ行く。そして辿り着いた部屋の窓際に行くと俺を手招きした。
「……窓から大通りを覗いてみろ。見付からないようにゆっくりとだぞ」
俺はジルに言われて建物が面している大通りを見下ろす。
「っ!!」
「……声を出すな」
「……ああ」
大通りを……冒険者達が行進していた。彼らの周囲には小さな蒼い炎が飛び回っている。しかしその顔には生気はない。中には、首すら無い者もいた。見れば全員がどこか負傷している跡がある。
つまりそれらは全員……死体だった。
「……【冥兵】と俺らは呼んでいる。ここ数ヶ月で急激に数が増えた、厄介なアンデッドだ。何人もの同志がやられた」
ジルの言葉に悔しさが滲む。
「我ら【渡し人】はまた【死操士】でもある。だから死体を剥ぐ事もある。死体を使う事もある。だが……魂までは手は出さない。それは死者に対する冒涜であり、そして禁忌であるからだ」
死体をアンデッドに変える術もあるので、勘違いされやすいが……【死操士】は決して故人を復活させる事はできない。
死者蘇生は、禁忌ととも言われ、その研究すらも罪の対象となり重い処罰を受ける。
「じゃあ……あれは……」
「かつて、生きていた冒険者だ。一人、何とか捕らえたところ、分かった事がある。どうやら奴らは意識もあり、記憶も多少あるようだ。だが、理性がない。主の与えた命令以外の事が出来ないようだ」
「ありえん……そんな禁術、使える奴なんて……」
そこで、俺は気付く。
そうか、そういう事か。
「……カロンの……【冥王】の仕業か」
そろそろ山場が近付いて参りました。
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