29話:時には休息も
「ちっ、魔物の一匹も出やしねえな」
暗い、通路を進みながら前を行くベアトリクスがそんな事を言い出す。小島の階段から随分と進んだが、魔物どころかネズミもいない。
「なんでそれを残念がるんだよ」
「マスターにちゃんとあたしの力を見てもらいたいからだよ!」
「いや、十分に分かったよ」
「いや、まだ本気を出していないぜ! これまでの奴らは全然あたしの事を理解してくれなかったが、マスターは違うかもしれない」
「……まあ、何か出たら任せるよ」
「おう!」
張り切っているし、いいか。とりあえずなんか認めて貰えたようで良かった。
ベアトリクスは分かりやすい戦士タイプの人間のようだ。強ければ認めるし、弱ければ相手がなんだろうと認めない。
シンプルだが、俺は嫌いじゃない。まあ俺はこれまではずっと弱者側だったけどね……。
しばらく進むも、やはり、下へ下へと続いている以外は分からない。人工的なこの通路がどこに繋がっているのかが気になる。
考えれる候補はいくつかある。
だがどれも正直、今行きたい場所かと言えば、そうとは言えない所ばかりだ。
「ん? マスター、これなんだ?」
ベアトリクスが、壁際で淡く発光している結晶をこんこんとバルディッシュの先で叩いた。
「お、でかしぞ。【死海石】だ」
そう、それはまさに俺が受けた依頼で指定されている鉱石だ。
【死海石】、それは、この【眠りの揺り籠】でしか手に入らない鉱石で、死者達が降り積もって出来た地層が魔力を受けて結晶化した物だとか。
それには、死の力が交じっており、この中層から深層に潜む魔物を倒すにも、その攻撃から身を守るにも必要不可欠な素材だ。
採掘できる場所も、そこへと辿り着ける冒険者も少ないので高値で取引され、その採掘はよくある依頼の一つだ。そもそも、この依頼も本来は、中堅ギルドにしか回さないような依頼で、表向きは個人で無所属である俺は受けられないはずだ。
おそらくアンダンテとレガートのおかげだろう。報酬金も良いし、シエラも何かの交渉の為にか、欲しがっていたので多めに持って帰ろう。
「ベアトリクスも手伝ってくれ」
俺はそう言ってバックパックから、小さなトンカチを取り出すと手渡した。
「なんだよ、これ根元から割って全部持っていけばいいだろ」
「そんなことしたら他の冒険者の分がなくなるだろうが。どんな素材も、少しずつ取っていくのが礼儀だ。だから必要な分だけいただく。それにそもそもこれだけの量を持って帰るのは大変だろう」
その結晶は立派な物だ。見たところ、他の冒険者が採掘した跡はない。
……嫌な予感がするな。
「めんどくせえな……まあでも、確かに独り占めは良くねえな」
案外素直なのか、ベアトリクスは俺の言う通りに【死海石】を必要分だけ割ると、俺のバックパックに入れていく。
「……一旦、食事にするか」
俺はバックパックから、とある携帯食料を取り出すと、ベアトリクスに手渡した。
「ん? なんだこれ?」
茶色い塊を怪訝そうに見つめるベアトリクスに俺は木椀を渡して、そこにいれるように指示する。
「シエラが何やら作ってた奴だよ。圧縮と凍結魔術を使っておくと、腐らないんだとか」
俺が協力して作った物だ。俺が木椀に入った塊へと手を翳す。
「――【リリース】」
すると、塊に掛かっていた圧縮と凍結魔術が解除され――
「おお!! 塊が一瞬でシチューになった! しかもあったかいぞ!」
「ほら、ベアトリクスもやってみるといい」
「いや、あたし魔術とか全然使えないし」
「【解錠】と一緒で、汎用魔術だから魔力さえあれば誰でも使える」
「へー。どれどれ――【リリース】……おお!」
俺の木椀に入っていた塊が熱々のシチューに戻る。
「な?」
「すげえな! それに……美味い!!」
匙でパクパク食べるベアトリクスを見て、和みつつ俺も一口頬張る。
「うん、美味いな。あとは魔術が切れる期限と包装を何とかすれば売れそうだ」
「そのシエラとか言うやつ、中々やるな。商人なんてクズばっかだと思っていたが」
「どんな偏見だよ」
……まあベアトリクスって良いカモっぽいしね。シエラの邪悪な笑みが脳裏に浮かぶ。
手早く食事を終えると、すぐに浄化魔術を掛ける。匂いもこれで消えただろう。
「じゃあ、行くぞ。問題はここが何処に繋がっているかだが」
「正規ルートじゃねえのか?」
「さっきの【死海石】、採掘された跡が全くなかっただろ?」
「そういやそうだったな」
「つまりだ。ここに長い間、冒険者は来ていないという事になる」
俺の言葉にベアトリクスが頷いた。
「確かに」
「ここは正規ルートでもなければ、採掘採取狩猟用のルートでもない……未開拓のルートの可能性が高い」
それはつまり、この先が未知だという事だ。
「かはは……上等上等……なんでも掛かってこいってな」
不敵に笑うベアトリクスが頼もしく見える。
だが、俺は危惧した。
この【眠りの揺り籠】で、最も今行きたくない場所が二つある。
一つは、可能性は低いが【冥王】のアジトだ。この地帯にあるのにこれまで発見されていないところを見るに、こうした未開拓のルートにあるのかもしれない。
そしてもう一つは……この地帯のどこかにあるとまことしやかに噂されている、とある遺跡だ。ダンジョンの中に住むという狂気じみたことを良しとする連中が潜んでいると言われている場所で、生きて帰ってきた者はいないという。
「マスター、通路が終わるぜ」
俺とベアトリクスは警戒して通路から出た。通路の先は、ちょっとしてテラスになっていてその先には、広大な空間が広がっていた。地下とは思えないほどの大空洞で、上を見ればあの光り輝く海があった。
この通路は大空洞の壁面の中ほどの高さに開けられていて、見れば、下へと続く道があった。
「ここは……海の底か」
そして目線を下げると……。
「マスター……これは」
「……嫌な予感が的中したじゃねえか」
そこには、青白い灯が灯った――巨大遺跡があった。
シエラはシエラで色々と考えているようですね。




