28話:眠りの揺り籠、静かの海
さてと。とりあえず、このまま落ちて水面に叩き付けられたら、まあ無事で済まないだろう。
仮に無事だったとしても、あの海の中に入って、生きて出られるとは思えない。
「びええええ 死にたくないいいいい」
「自業自得だろうが!!」
とはいえ、俺も人の事も言えないな……。あのルート、有名だから後から来る冒険者には迷惑掛けたな。
まずは、生きる事は考えよう。
迫る水面へと銀滅を向ける。更に、支援魔術である【魔法障壁】、【魔力耐性】、【火耐性向上】のスキルを自身に重ね掛けし、水面へと魔術を放つ。
「――【ヒートブラスト】!!」
水面が轟音と共に爆発。俺は同時にくるりと水面へと背を向けて、抱いているベアトリクスを庇う。
衝撃波と、高熱によって一気に蒸発した水蒸気による爆発を背中で受ける。
「いてぇ!!」
身体中の骨が軋む音が聞こえる。しかし、おかげで、落下速度が相殺され、減速。
「絶対に俺から離れるなよ!!」
「う、うん!!」
自らしがみ付いてくるベアトリクスの返事と同時に着水、暖かい海の中へと二人して沈んでいく。中は怖いぐらいに透明で、底は見えない。
「ゴバゴボゴバッ!!」
ベアトリクスがもがきながら指差す先を見ると、そこには巨大な骨格が泳いでいた。おそらくは元は何かしらの海洋生物なのだろうが、骨のまま悠々と泳いでいる。見れば、骨だけとなった魚の群れもいて、まるで幽霊のように透明な軟体生物が漂っている。
この海には、豊かな死の生態系が広がっているのだ。そして、ここでは俺達のような生者は――餌でしかない。
敏感に、肉の匂いを嗅ぎ付けた、骨魚――スカルフィッシュの群れがこちらへと向かってくる。
俺は【魔力向上】【詠唱補助】【範囲拡大】の支援魔術を自身に掛け、銀滅を構えた。特に詠唱できない水の中で上級魔術を放つのに、【詠唱補助】は必須だ。
「――【ごーばう゛ぉんど】!!」
水中だと魔術名すら言い辛いが、ちゃんと風属性の上級魔術である【ワールウィンド】が発動した。俺の周囲で風が渦巻き、海面まで上昇。周囲の海水を巻き込み、一瞬で俺の周囲から海水がなくなる。間髪入れずに更に魔術を重ねる。
「【アブソリュート・ゼロ】」
吹き飛ばした周囲の海水を一気に冷やし、凍結さ。
海の一部が完全に凍りつき、竜巻で削られたような跡が残る穴の底に俺は着地した。ベアトリクスは俺に抱かれたまま、呆気にとられている。
「……うそだろ」
「すぐに崩れるから、さっさと上に上がるぞ」
身体能力向上のバフを重ね掛けし、跳躍。何度か凍った水を蹴って、海面の上へと飛び出す。下で、周囲の海水が入ってきて、さきほどまでいた穴が砕ける。
結果として、巨大な氷塊が海に浮かんでいた。
俺はそれに静かに着地、ベアトリクスを下ろす。
「……さんきゅ。なんだ……その……助かったよ」
もじもじしながらそう言うベアトリクスを見て、俺は頭を掻いた。
「気にすんな。そもそもあの場所で床が抜ける可能性を失念していた俺も悪い」
「いや、あたしも考えずに良いところ見せようと、張り切り過ぎた」
「うっし、反省会は終わりだ。幸いにして【眠りの揺り籠】への行程を大幅に短縮できた」
「……しかし凄いな」
ベアトリクスは周囲を見渡す。どこを見ても、水平線しかない。なぜこんな地下に広大な海があるのかは不明だ。そもそも、ダンジョン内は地上とは違う法則が適用されている、というのは冒険者の間では常識だ。
そして深く潜れば潜るほど、それは顕著になる。
「本来は、崖沿いの狭い道を下ってきて、この【静かの海】の岸に辿りつくんだ。そこから、橋や通路が掛かった小島をどんどん進んでいくんだが……」
「静かの海?」
「ああ、そうか、ベアトリクスはここも初めてだもんな。この透明な海のことだよ。見ただろ? この海には死んだモノしかいない。ゆえに……静かの海だ。死者の海と呼ぶ奴もいるがね」
「気味は悪いが……綺麗だな」
ベアトリクスがそう言うと、前方の遙か上から何かが落ちてきていた。
「あれは?」
「上の階層からの落下物だよ。死体……ゴミ……俺達のように生身で落ちてくるのもいるだろう」
見れば、盛大に水柱が上がっている。そして、しばらくすると周囲に何かが群がっており、そして海の一部が赤く染まった。おそらく、死体か魔物か、もしくは冒険者が落ちてきたのだろう。
「まあ、それがなんであれ、この海に住む者達によって、死者の仲間入りさ」
「一歩間違えていたら、あたしらもああなっていたわけだな」
「まだ油断は出来ないが、少なくとも海中に居なければ襲ってはこないさ」
とはいえ問題がある。正規ルートから外れたせいで、現在地が謎だ。今回俺が受けた依頼は、この地帯でしか取れない鉱石の採掘なのだが……。
「しかしよ、こう、ぷかぷか浮いていても仕方ないんじゃねえか?」
「だな――【アイスピロウ】」
俺は魔術で、下の氷から細い氷柱を伸ばす。
「しっかり掴まっておけよ」
俺は片手でそれを掴むと銀滅を後方へと向けた。
「――【ワールウィンド】」
横向きに放った渦状の風を推進力に氷が前方へと走って行く。
「うおおお!! 速いな!! 凄いぞ! 魔術師ってなんでもありだな!」
ベアトリクスがはしゃいでいる。頼むから、海に落ちるなよ……。
「普通の魔術師はこんな使い方はしない……」
【魔力生成】の支援魔術で、常に魔力を回復させているおかげで魔力切れの心配がない。だからこうして乱発できるのだ。
そもそもの魔力量も、【魔力向上】で質、量共に増やしている。もはやこれ無しでは戦闘したくないレベルで依存してしまいそうだ。
……少しだけ、【金の太陽】にいた者達が可哀想になってきた。ま、まあ他の優秀な支援術士に期待しておこう。
「すげえなあ…」
ベアトリクスがこれまでと打って変わって俺を尊敬の眼差しで見つめてくる。うーんこれはこれでやりづらいなあ……。
しばらく進むと遠くに、小島が見えた。
「お、とりあえずあそこに上陸しよう。どっかのルートに繋がっているといいが」
「なんだ、もうおしまいか。足下が寒い以外は結構気に入っていたんだけどな、この船」
小島に着くと、俺はホッとした。やっぱり陸地は落ち着く。
「さてと……んー」
小島は本当に小島と呼べるもので、一周するのに徒歩で5分も掛からないほどだ。
「おーいマスター。見ろよ、洞窟があるぞ」
ベアトリクスがそう言うので行ってみると、小島の中央には、ぽっかりと穴が開いており、その底から下へと階段が続いていた。
「もちろん行くだろ!?」
ワクワクしながらそう言うベアトリクスに俺はため息をついて、頷いた。
行く以外の選択肢はなさそうだ。
アニマさんも危機的状況では支援魔術を惜しみなく使っていくスタイル。




