19話:刃は砕けた
じゃあ橋渡し役はあとでそちらの拠点に寄こす。そうアンダンテが言葉を締めて、会合は終わった。
「すまない。勝手に話を進めてしまった」
ギルド庁を出て、シエラと歩きながら俺は一応謝っておく。
「ふふふ……いやいや想定以上で僕はびっくりしているよ。ますます、君を追放したとかいう、頭の悪いギルドマスターに会いたい気分だ」
「……仕方ないさ、あいつは何も知らないんだ。教えなかった俺も悪い」
「ま、とにかく、ギルド庁内部に協力者がいるのは良いことだ。君が闇ギルドである事をバラした時はヒヤヒヤしたけどね」
「悪かった。事前に言えば良かったな」
「大丈夫だよ。僕もまだまだ修行が足りないな」
そう言って、嬉しそうに歩くシエラを見て、俺は朗らかな気分になる。
大通りはいつもの人混みで、あちこちで店の売り子が声を上げていた。俺とシエラは拠点に戻る際もなるべく大通りを歩くようにしていた。俺は銀のロングソードの柄が周りに見えるようにわざと見やすい位置に装備する。
「しかし、橋渡し役か。一体誰なんだろうか。部下じゃないような感じだったし」
「あの言い淀んだ感じでいけば、後ろめたいような職種の者の可能性もあるね。まあ、僕はともかく君達三人をどうこうできる人間は限られている。注意はするが、あまり警戒しても無駄だろうさ」
「俺はシエラの心配をしているんだよ」
俺とアスカとテトはぶっちゃけ高階梯の冒険者が徒党を組んでも勝てないレベルに達している。だが、シエラはただの商人だ。心配もするさ。
「はは、嬉しいねえ。じゃあしっかりと護ってくれよ、僕の騎士様」
そう言ってシエラが笑みを浮かべ俺の腕に抱き付いてくる。柔らかい胸の感触に俺は平気な素振りをする。
いやそれよりも。腕を絡ませ、顔を寄せてきたシエラが真顔で俺の耳元で囁いた。
「つけられているね」
「……ああ」
ギルド庁を出たあとぐらいから、俺達を尾行している存在がいる。
「どうする?」
「臆する事はないさ。堂々と聞いてやればいい――お前は何者だ、と」
「くくく……頼もしい騎士様だよまったく」
俺とシエラは腕を組んでイチャイチャするフリをして、路地裏へと入り、その先にある広場へと向かう。あそこなら人もいないし、多少荒事を行っても被害は少ないだろう。
……イチャイチャしているのはあくまで尾行者を欺く為なのだが……シエラは俺の反応が面白いのかわりと本気で身体をくっつけてくる。
ええい、集中できん!
俺は広場へと到着した瞬間に【インビジブル】という隠蔽魔術を自分とシエラに掛ける。
俺とシエラが壁に身を隠した
「……っ!? 消えた?」
路地裏から現れたのは二人の男だった。冒険者というより、盗賊っぽい雰囲気だ。フードを被り顔は見えないが、その声に聞き覚えがあった。
俺とシエラが突然消えたので慌てて飛び出てきたのだろう。
ちょっと素人過ぎるな……。
「で、お前ら誰の差し金で尾行してたんだ?」
俺はそう言って、自分に掛かっていた隠蔽魔術を解いた。
「っ!! 隠蔽魔術!? 馬鹿な!」
「――どうするんですか!? 見付かりましたよ!?」
あたふたしてる二人のうちに、一人がフードを外す。その下には怒りに染まった顔があった。
「お前、何してるんだよ……」
それは……ブリオだった。
「あ、いや、アニマさん! 違うんです!!」
もう一人もフードを外した。それは【金の太陽】のメンバーで、コモドという名の青年だ。
「コモドもか……」
俺は呆れた声を出した。てっきり【冥王】の手先か何かと勘違いしたよ。
「アニマ……お前のせいで、大変なんだぞ」
ブリオの低い、声が響く。
「そうなんすよ! メンバーは次々ギルドをやめていくし、ギルド業務も滞っててまともに依頼を受けられない状態で! だからアニマさん戻ってきてく――」
コモドが訴えるように俺にそう言ってくる。いやいや、たった数日でなんでそうなるんだよ。
「黙れコモド!!」
ブリオが鞘に入ったままの剣でコモドを殴った。まともに顔にそれを受けたコモドが地面に倒れる。
「おい、ブリオ、やめろよ」
「お前ら!! 全員!! 無能だからだろうが!!」
ブリオが俺の制止を聞かずに倒れたコモドを蹴り続けた。あいつ、とち狂ったのか!?
俺は地面を蹴って、近付くとブリオの顔をはたいた。それこそ、死ぬほど手加減してだ。
ブリオが驚いたような表情を浮かべ、尻餅をついた。前衛剣士である自分があっけなく間合いに入られてしまったことに呆然としている。
俺はブリオを無視して、呻くコモドへと膝を付き回復魔術を掛ける。
「……あれ? 痛くない。え、アニマさん……回復魔術とか使えるんですか?」
「……まあな」
俺は立ち上がると同時に銀のロングソードを抜いた。
「貴様ああああああ!!」
ブリオが吼えながら立ち上がり、剣を抜いて俺へと向かってくる。
流石は王都でも名高い剣士だ。その動きに無駄がない。
だけど……最近、暇さえあればアスカと剣を交えているせいで、その動きが遅く見えてしまう。バフも最低限しか掛けていないのだが。どうやら俺の身体の方が知識やスキルの方に追い付きつつあるようだ。
殺すわけにもいかないし、昨日アスカに教えたもらった技を使ってみるか。
「――【刃砕き】」
俺は剣を一閃。相手の動きや勢いを利用して、最小限の力を相手の刃へと加える。そして、刃と刃が交わった瞬間に力を入れ、振りぬく。
すると――
「嘘……だ……」
キンッ、という澄んだ音と共に――ブリオの剣が真っ二つに折れた。
こうしてブリオの剣と剣士としてのプライドが砕けたのだった。
アニマさんからブリオさんへの直接の干渉はこれでほぼ終わりです。だが、ブリオさんのターンはまだ終わっちゃいないぜええ(死亡フラグが立った効果音が鳴る)
主人公は、バフのおかげで常人以上の動きが出来ていますが、そのおかげで元々の身体能力も向上しています。その辺りについてはまた作中のどこかで触れる予定です。




