9 騎士ガールの奇跡
イリナとオイビィは、度々お茶会をした。学園の生徒を呼ぶこともあったし、二人のときもあった。二人きりのときには、オイビィは、『他の人には言えないから』と、イリナに彼とのことを惚気るのだった。
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イリナがゲルドヴァスティ王国へ来てまだ間もない頃。
「わたくし、テルヴァハリユ王国へ行ってよかったですわ。運命的な出会いってありますのね」
オイビィは、頬をほんのりと染め、両手を頬に当てて、目は虚ろで、頭の中は半分テルヴァハリユ王国に飛んでいた。
「そうなのですか?」
イリナは、オイビィと彼との出会いは事務的なものだと思っていたので、少し驚いた。
「はい。学園初日に迷子になってしまいまして、それを助けていただいたのですわ。その時差しのべられた手を忘れられませんの」
「ステキな思い出ですね」
オイビィの乙女の顔に、イリナは羨ましいと感じた。
「生徒会でも、とても親切に教えてくださいましたし、お茶にも誘っていただきましたのよ」
オイビィは、目の前のお茶を見ながら、彼に淹れてもらったお茶を思い出していた。
「そうでしたね。とてもお似合いに見えましたよ」
イリナは、生徒会室でいつも寄り添い合い、教えを乞うオイビィの姿を思い出す。
「まあ!本当ですか?イリナ様にそのように、言っていただけるなんて、嬉しいですわっ!」
「はい、本当ですよ。きっと、学園の者みんなが思っていましたよ」
オイビィが側にいる時は、女子生徒は彼に近づかないのは、そういうことだろう。
「ふふふ、あんなステキな人をわたくしが学園のみなさまから奪ってしまったのですわね」
オイビィは、彼の紳士で真面目でみんなの前に立つ姿を思い出し、さらに頬を赤くする。
「ハハハ、そうなりますね」
「その分、あの方のお心を離さないよう、頑張らなくてはなりませんわね」
オイビィが小さくガッツポーズして、張り切っていた。
「ふふふ」
そのガッツポーズが可愛らしくて、イリナはついつい笑ってしまった。
「彼もオイビィ様をちゃんと思っていますよ。信じているのでしょう?」
「はい。こうして、離れ離れになってもお手紙をよくいただきますし、その内容もお優しくて、お手紙を読むだけで、ドキドキしてしまいますのよ」
「私もこちらに来る前に、優しく励ましていただきました」
イリナは彼が直前まで励まし、期待を寄せてくれたことを嬉しく思っていた。
「そうですわよね。本当にお優しい方ですもの。イリナ様、もし、わたくしが、テルヴァハリユ王国に輿入れすることになったら、このまま仲良くしてくださいませね」
「もちろんです。私の方こそ、オイビィ様がどちらに嫁がれても、仲良くしてほしいですよ。」
「まあ、嬉しいわ。ふふふ
イリナ様は、こちらで運命的な出会いなどございませんの?」
イリナはすでに鍛錬場へは行き来していて、多くの男性の目には止まっているはずだ。
「私には剣がありますから。こちらで学んだことをきちんと母国に伝えると、約束をしたのです。ですから、余所見をしている時間はありません」
きっと、そんな男性視線になど気が付かないのがイリナなのだろう。オイビィは小さくため息をついた。
「まぁ……そうですのね。ご無理はなさらないでくださいませね」
「ありがとうございます。武術にとって一年はあっという間なのです。カールロ殿と協力してやってまいります」
「カールロ様は、テルヴァハリユ王国に婚約者がいらっしゃるとか。寂しくはないのかしら?」
オイビィは、すでに寂しく、会いたい気持ちが積もっている。クリスタの気持ちを考えると自分も苦しくなる。
「二人とも、未来を見ているのですよ。どこまでも二人で歩むために今が必要だと考えているようです」
「ふぅ、そうですのね。ステキですわね。わたくしも、そのように考えましょう。今はお手紙だけで寂しいですが、わたくしが王女としての責を担うことが、あの方のお役に立てるかもしれませんものね」
「きっと、お役に立ちますよ。特に語学などお勉強なされると良いかもしれませんね。次のお手紙は、大陸共通語などを使ってみては、どうですか?」
イリナはこちらに来る前に、彼に語学のことで褒められたことを思い出した。
「まあ!楽しそうですわね。そうですわ、きっと外交もございますもの。イリナ様、ありがとうございます。目標ができましたわ。わたくし、あの方をびっくりさせてあげますのよ」
「はい!頑張ってくださいね」
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夏休みに入り、イリナが王宮で過ごすことも増えていた頃。
「先日のダンスパーティー、大成功でしたわよね。まさか父上にまで認めてもらえるなんて、嬉しいですわ」
「はじめてでしたから、やることが多かったですね。やり切って、よかったです」
イリナもオイビィも、初めての生徒会企画だったので、かなり力もはいったし、その分やりがいもあった。
「あの方に教えていただいたことが実践できましたわ。テルヴァハリユ王国での体験は本当に宝物ですわ」
オイビィは、ダンスパーティーの準備の際にあれやこれやと話し合った時のことを思い出した。
「オイビィ様は、積極的に意見を出したり質問したりしていましたものね」
イリナも、オイビィがいろいろな打ち合わせに参加していたことはよく知っている。
「はい。何を聞いても、的確に答えてくださるのです。まるで、わたくしが何を知りたいかをご存知のようでしたわ」
「彼も仕事に慣れているので、疑問に思われるポイントがわかるのかもしれませんね」
イリナは、彼が自分のことだけでなく、いろいろなところをきちんと把握し、意見を言えるところはすごいと思っていた。
「そうですわね。それにしても、また、あの方とダンスを踊りたいですわ。リードも優しくて、わたくしを誘うのです」
「そうなのですね」
「ええ。王女であるわたくしとあの方が踊るとみなさんに注目されましたのよ」
「ええ、私も見ていましたよ。とても優雅で美しいお二人でした」
イリナは、彼とオイビィがファーストダンスを踊る姿を見ていた。イリナより少し小さいオイビィは、彼とのバランスがとてもよかった。
「まあ、イリナ様にもご覧いただけましたの?それでしたら、会場でお話したかったですわ」
「まあ、人数も多かったですし」
「そうですわね。わたくしが他国でワガママを言うわけには参りませんものね。仕方ありませんわ」
「また、きっと踊れますよ。テルヴァハリユ王国にいらっしゃれば、すぐです。それまで、学園を楽しみましょう」
「そうですわね。楽しみに待つことにいたしますわ」
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2学期に入ってすぐの頃。
「昨日、テルヴァハリユ王国から、お手紙が届きましたのよ。イリナ様がおっしゃるように、とても語学も堪能でいらっしゃったの」
オイビィがウキウキしていることはよくわかる。
「そうですか。それで、オイビィ様はどうなさったのですか?」
「大陸共通語でお手紙をしたら、大変驚いてくれたようですわ。それに、誉めてもくださいました。わたくし、あの方のお手伝いができそうで、うれしくなってしまいましたわ」
オイビィは、テルヴァハリユ王国に留学するほどなので語学はある程度得意であったが、さらに磨きをかけている。
「きっと、あちらも喜んでいますよ」
「そうかしら。それなら嬉しいのだけれど。それと、今、刺繍も頑張っていますのよ。次のお手紙には、わたくしが刺繍をしたクラバットを贈りたいと思っておりますの」
元々刺繍は得意でなかったオイビィは、自分の指先を撫でている。まだ少し怪我が残る。
「クラバットなら、政務でも使えますものね。大変よろしいと思います」
「そうですわよね。ふふふ、また頑張れそうですわ。イリナ様に相談すると気持ちも上向きになりますの。あの方をよく知ってらっしゃいますし。また相談にのってくださいね」
自分の頑張りをイリナに褒めてもらえて、オイビィはとても喜んだ。
「幼い頃から存じておりますから。私もオイビィ様とのお茶会は楽しいです。いつでもお誘いください」
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3学期に入った頃。
「イリナ様、公爵令息様とおデートなさっているそうですわね。もう、相談してほしかったですわ」
オイビィがぷっと頬を膨らませて、チラリとイリナを睨む。怒っているのだろうが、可愛らしくて、イリナは笑ってしまった。
「ハハ、すみません。ご相談する前に、お断りすることになってしまいまして」
2学期中頃に始まったデートは、年末にはイリナからきちんとお断りしていた。
「え?なぜですの?」
「んー、私の求めている男性像ではなかったと申しますか…。私って贅沢なこと言ってますね」
イリナも、件の小公爵殿が、みんなが羨ましがるような存在であることはわかっている。
「生涯の伴侶選びですのよ。贅沢で当然ですわ。それで、イリナ様は、どんな男性がお好みでいらっしゃるの?」
イリナの頭にはすぐエルネスティが浮かんだが、即消した。
「一緒に考えて一緒に歩める方がいいですね」
ルイーズと話をして、自分が求めるものはなんであるかは、わかっていた。
「あらっ!それなら、テルヴァハリユ王国にいらっしゃるではないですかっ!」
イリナにも浮かんだ彼のことだ。
「彼は、幼なじみですよ。気のおけない仲間です。そういう感情はありません」
「そうかしら?まあ、イリナ様がそうおっしゃるなら、あちらがどう思っても無理かもしれませんわね」
オイビィは、とても残念そうな顔をした。
「彼も偏屈なところがあるので、恋愛は難しいのでは、思うのです。お互いに23歳になってもお相手がいなかったら、私が彼をもらってやりますよ。ハハハ」
イリナは、偏屈な幼馴染を思い出し、笑い飛ばす。
「まあ!そんな、ゆっくりなお話で大丈夫なのかしら?」
実は、二人の会話は大変ズレている。にも関わらず、成り立っているという不思議な状態であった。二人がズレに気がつくのは、卒業式の翌日となる。
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制服に身を包み、卒業式に臨む。たった一年間であったが、充実していた。卒業式のあと、イリナも女性騎士となる友人たちと抱き合い、卒業の喜びを分かち合う。
「ルイーズ、短い間だったけど、あなたには何度も助けられたわ。ありがとう」
イリナもルイーズも、涙はない。笑顔でお互いの未来を約束する。
「イリナ、私、女性近衛騎士団に入団するわ。そして、テルヴァハリユ王国へ王妃様が行かれるときには、護衛に選ばれてみせる。その時は、ワインを奢ってね」
ルイーズが、イリナにウィンクした。
「もちろんよ。ボトルで用意をしておくわ。ふふふ」
「イリナ嬢」
かの公爵令息であった。お断りしてからすでに三月、会えば挨拶と少しの会話をする関係であった。
「小公爵殿、これまで、ありがとうございました」
イリナは騎士らしく、胸に手を当て頭を下げた。
「いや、君にハッキリと振られて、僕も考えるところがあったよ」
「ふふ、いいお噂は聞いていますよ」
公爵令息の隣にチラリと視線を送る。
「そうか。僕は、与えるだけでなく、歩み寄るということをしたいと思ってね、それまでは、孤児院に寄付をしていただけだったのだが、実際に孤児院へ行って子どもたちに触れてきたんだ」
公爵令息も、イリナの視線の先に目を向け、笑顔を送った。
「そうなのですね!それは、素晴らしいですね」
「ああ、そうしたら、子どもたちが本当に欲しいものがわかってね。お金だけではなく、家から持っていけるものもたくさんあったんだよ」
イリナに視線を戻し、熱く語る。
「わかります。貴族である我々にとって、見栄のために捨ててしまった物でも、孤児たちには、命の毛布だったりしますよね」
「そうなんだよ。それを教えてくれたのが、彼女でね。僕らに何ができるかを、一緒に考えているよ」
そう言った彼の傍らには、背が小さく可愛らしい女性がいた。
「一緒に歩める人が見つかってよかったですね」
イリナは本心からそう思えた。
「ああ、君が教えてくれたことだ。君にもそう人が見つかることを祈っているよ」
「はい。ありがとうございます」
彼は、彼女をエスコートし、去っていった。
イリナがまわりを見渡すと、カールロも騎士となる友人たちと、肩を叩きあっていた。
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そして、午後からは、生徒会による初の卒業祝いパーティーということで、中庭で立食の茶会が開かれた。制服のままで参加できる気軽なものだが、昼食をふまえたボリュームのある軽食?と、女子生徒を喜ばすたくさんのケーキが用意されており、卒業生は、大変喜んだ。大成功といえるだろう。
卒業生たちは、友人たちとの最後の時間を楽しんだ。
アルットゥとオイビィは、来年の生徒会役員に、『楽しい学園にしてほしい』と期待していた。きっと、相談役として、しばらくは協力してあげるのだろう。国王陛下もそうおっしゃっていたし。
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