5 偏屈公爵令息の偵察
「なあ、よかったら、今日、昼飯一緒にどうだ?」
年も明けて1月中旬。ヘンリッキは、朝一番に幼なじみであるイリナに声をかけてきた。初めてのことなので、イリナは少し驚いたが、そういえば、最近話もしていないなと、思い直した。
「いいわよ。学食でしょ?」
「ああ、僕がお前の分も持っていくから、テラス席でも、とっておいてくれよ」
人から少し離れた席がいいらしい。
「わかったわ。じゃ、後でね」
イリナは了承して、軽く手を振り授業へ向かった。
〰️
そして、昼休み。
「おお、よく取れたな」
ヘンリッキが二人分の昼食を軽々と持って、イリナの座るテラス席に現れた。
「仕事の分担がよかったんでしょ。さすがの指示だわ」
イリナが立ち上がり、向かいの席の椅子をひく。
「はい、お前の分」
「ありがとう」
食事をしながら、話をする。
「最近、生徒会室に来ないじゃないか」
ヘンリッキは、イリナに目を向けず、何気ない会話のように始めた。イリナはヘンリッキの意外な切り口に、ヘンリッキの様子をジッと見てしまった。
「企画もないもの。必要ないでしょ?」
ヘンリッキがイリナを見ないので、イリナも食事に視線を戻した。
「一学期にはよく来ていただろ?」
「そうだったかな?…………何か企画立てるの?」
イリナは少し思い出してみた。確かに生徒会役員になりたての頃、面白がって5人でよく集まっていた気がする。
「そうじゃないんだけどな。
そういえば、エルネスティ王子殿下、最近お前に挑まないだろ?」
急な話題替えに、イリナは訝しんだ目を向けたが、ヘンリッキは、口を拭きながら、平然とした顔をしていた。だから、イリナは『ヘンリッキに変な意図はないのかな』と判断した。
「そうね。オイビィ王女殿下とアルットゥ王子殿下がいらっしゃるのよ。そんな時間がないのでしょう」
ヘンリッキはもう食べ終わったようだが、イリナの食器にはまだ残っているので、解散というわけにはいかない。
「何も思わないのか?」
ヘンリッキはお盆を右側に片付けて、テーブルに肘を付き、手を組んでイリナをジッと見た。
「何もって。王子殿下としては本来それが普通でしょう?」
イリナは幼馴染の視線など気にせず、食事を続けた。それにしても、イリナには、ヘンリッキの話の意図が全くわからない。
「まあ、そうなんだが」
ヘンリッキは、右手の人差し指で自分のこめかみをポリポリとかいた。
なんとも煮え切らないヘンリッキの言葉だ。
「なあ、最近、お前の周りでよく見かける方々は何なの?」
イリナは最近、朝ヘンリッキたちのところにオイビィを送った後や、昼休みなど、よく男子生徒と一緒にいるようになっていた。それもある程度は固定した人たちだ。
「ん?
あー、先日のパーティーでダンスを誘ってくださった方々よ。いろいろとお話が聞けて楽しいわ」
ヘンリッキが視線を学食の全体に移すと何人かと目があった。すぐに視線を外す者、敵意を表す者それぞれだ。
『エルスの気持ちって、こんなに知られてないものなのか』
ヘンリッキは、心の中でがっかりする。
「どんな話をするんだ?」
「大抵は、武術の話ね。この前は、市井でいい武器屋さんを、紹介してもらったわ。修理もしてくれる親切なお店なのよ。今度、カールロにも教えてあげようと思ってるの。」
その買い物は楽しかったのだろう。今日1番の笑顔で答えた。
「は?一緒に出かけてるのか?」
ヘンリッキはイリナの笑顔には、全く心動かず、それより、イリナから聞き捨てならない言葉が飛び出し、そちらが気になる。
「ええ、そうよ。違う方だけど、一緒に王立騎士団の訓練の見学にも行ったわよ。とても興味があるみたいなの。」
『そんなのイリナと行く必要はないよな。年に何人が入団すると思っているんだよ。それを全部イリナが見学に連れていくのか?全く、警戒心がなさすぎだろ』
ヘンリッキは、まるで兄のように心配をしている。
イリナはヘンリッキの心配など全く予想もせず、最後の一口を口に入れた。
「イリナ、もう少し相手が男性であることを気にした方がいいぞ」
「え?どうして?」
口をナプキンで拭きながら、やっとヘンリッキと目が合った。
「男には、下心っていうのがあるんだ。」
イリナはヘンリッキの言葉が一瞬理解できず、数秒間が空いた。
「やだな、ヘンリッキ。私にそんなのある人なんていないわよ。たまたま一緒に行ける人がいただけでしょう」
イリナはそういって、ナプキンでそのまま口元を隠して笑った。本気で言っているようだ。
『いつも近くにいたあいつの下心はわかってやってほしいよ。にしても、イリナってこんなに、モテたのか。子供の時から知っているっていうのも、目を曇らせるものなんだな』
イリナに少し訝しんだ視線を送るが、イリナは気にも止めてくれない。
「はぁ」
ヘンリッキは小さなため息をついた。ヘンリッキの心配は尽きない。
「そうだ、カールロが、アルットゥ王子殿下のお誘いで、ゲルドヴァスティ王国への留学を考えているそうだ。もしかして、イリナ、お前にもその話、来てるのか?」
ヘンリッキはあえて、イリナのことは全く知らない体で話す。その方がイリナの考えが聞きやすい。
「ええ、誘ってもらったわよ。今週末でもお父様に相談してみるつもり」
「まだ、決めてないんだな」
イリナの言葉はとても前向きだったが、ヘンリッキはあえて逆の取り方をした。留学について反対意見を言いやすくするためだ。
「そうね。でも、カールロが前向きなら私も前向きに考えたいわ」
確かに『決めた』わけではないが、前を遮られたようで気に入らない。イリナはカールロの名前を出して、前をこじ開けた。
「そうなのか。長いのか?」
ヘンリッキも少し露骨すぎたと反省した。
「一年間とは聞いているわ。でも、一年間では、学生としか交流できないわよね」
『想像より長いな。エルスのためには短くしてやりたいが、イリナは短いと思ってるみたいだな。折衷案としては、ここを認めてやるべきなんだろう』
「国としても、剣術留学なんてやったことがないんだ。初めから無理な計画はよくない。まずは短い期間というのが、セオリーだよ」
イリナは少し考えてから答えた。
「剣術としては、一年間は短いわよ」
「なら、そのくらいから始めるべきなんだろうな」
ヘンリッキは、意図するところに収まったことにホッとした。
「カールロは、言葉は大丈夫なのかしら?」
イリナは水の入ったグラスを持った。
「まず、ダメだろうな。今からやるんだろう。お前はどうなの?」
ヘンリッキもそれにならいグラスを持つ。こういうとき、同じことをすると、仲間意識が高まり同意しやすくなる。ヘンリッキは先程から、手の動きなどイリナにさり気なく合わせていた。
「私?私は、お父様のお考えで大陸共通語と近隣4ヵ国語は話せるわよ」
合わせていたはずが、ヘンリッキは水でむせた。グラスを置いて、口を拭く。
「おいおい、僕並みかよ。おじさんの考えって何?」
「もし、戦争になって停戦するとなったら、即座に話し合いの席につくためよ。早い話し合いこそが、兵士を一人でも守ることになるわ。あなたこそ、語学が堪能なんて知らなかったわ」
イリナにとっては、当たり前のことだったので、特に口には出してこなかった。グラスをテーブルに置いて足を組み直した。
「僕は宰相を目指しているんだよ、当然だろ。お互いに選択科目にしないほどしゃべれるってことか」
むせていたことから復活したヘンリッキも姿勢を戻して、足を組み直す。
「ふふ、今度、大陸共通語でおしゃべりしましょうよ」
イリナがイタズラを思いついた子供のような顔をした。さすがのヘンリッキもその笑顔には嬉しくなった。昔のようなやり取りができそうな気がする。
「それは、面白いかもな。なあ、せっかく同じ生徒会をやっているんだ。幼なじみのお前とこうして昼飯に誘わないとしゃべれないんじゃつまらないだろ。たまには生徒会室に顔だせよ」
ヘンリッキが『昔のようなやり取りができそうな気がする』と思ったのも束の間、イリナはまた少し突き放すような顔をした。
「考えとく。また昼ご飯誘ってよ」
イリナはヘンリッキを拒否するつもりはないようだ。今はそれでよしとしておく。
「考えとく。またな」
かと言って、ホイホイと誘うと、イリナからは近寄って来なそうだ。ヘンリッキは少し悩ましい気分だ。
ヘンリッキが、立ち上がりイリナの食器も片付けて、歩いていった。
「結局、ヘンリッキは何がいいたかったのかしら?」
イリナは理解できないまま、午後の授業へと向かった。
一度遠退いた足はなかなか向かず、イリナが生徒会室に理由もなく行くことはなかった。
ヘンリッキからの昼ご飯の誘いは何度かあり、イリナがそれを拒否することはなかった。
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ある日の学園のテラス席。と、いっても、冬なのでガラス扉は閉まっている。
「イリナ、カールロ様と隣国へ留学するって本当ですの?」
イリナとクリスタの前にはすでにお茶が湯気を昇らせている。
「そうよ。お父様には、賛成していただいたわ。だけど、カールロが行くならって条件付きなのよ。カールロの語学勉強は進んでる?」
カールロとは、最近鍛錬の時間が合わず、授業以外では顔を合わせていない。カールロの婚約者クリスタに聞いた方が早そうだ。
「私が先に覚えてしまいそうですわ。後は現地で覚えていくしかないんじゃないかしら?カールロ様にとってその方が簡単だと思いますわ。ふふふ」
クリスタのいつもの笑顔に、イリナはかえって心配になった。
「クリスタは、カールロと離れること寂しくないの?」
「寂しいですわよ。でも、本当の戦争になってしまいましたら、何年も会えないことなんてありえますでしょ。わたくしは、何年も会えなくても、カールロ様には、わたくしのところへ帰ってきていただきたいの。その可能性を高めるための留学なら、応援いたしますわ。そう思えば、一年間ぐらい堪えられますわよ」
クリスタはにっこり笑って、お茶へ手を伸ばした。
「クリスタって、本当にカールロが好きだよね」
イリナもお皿を手に持った。二人はカップに口をつけて、ホォっと一息つく。それを遠くで見ているギャラリーは、ホォっと頬を染める。
二人はお皿をテーブルに置いた。
「そうですわよ。ですから、イリナが寂しいからって、カールロ様のことを誘惑しちゃダメですわよ。ふふふ」
クリスタは、手を口元に当てて、本当におかしそうに笑った。ありえない話、つまりは冗談であるのだろう。
「ありえないわねぇ。私は、カールロより、クリスタが大切だもの」
こちらも慌てることなく、受け答えた。
「イリナは、離れて寂しい相手はいらっしゃらないの?」
クリスタが笑顔のまま聞くので、イリナの心は無防備だった。無防備なイリナの頭には一瞬、エルネスティとヘンリッキが浮かんでしまった。しかし、即座に消した。
「クリスタとお茶ができなくなるのは寂しいわね」
変な間を開けたイリナに気が付かないクリスタではない。でも、クリスタは、イリナの頭に誰かが浮かんだだけでも、いいことだと思っている。ここで深追いすると、イリナが頑なになる恐れがある。
「クスクス、それはわたくしも寂しいですわよ。二人で無事に帰ってきてくださいませね」
「もちろんよ。ありがとう」
「最近、殿方からのお誘いもあるみたいですわね。ウフフ」
クリスタは少し前に体を傾け、興味があることをイリナに示す。イリナはヘンリッキに言われたことを思い出した。
「うん、武器屋とか、騎士団見学とか行ってきたよ。でも、ヘンリッキに止められてさ。出かけるのは控えることにしたよ」
「まあ、ヘンリッキ様が。そうですの」
クリスタは、わからないくらい少しだけ眉を寄せた。
『せっかくイリナが自分の魅力に気がつくきっかけですのにっ!後でカールロ様に言ってもらいましょう。カールロ様がヘンリッキ様に勝てるとは思いませんけど』
クリスタは、そう考えていた。
「ですが、わたくしは、いろいろな方とおしゃべりをしたりお出かけをしたりすることは、必要だと思いますわ。」
クリスタには、クリスタのイリナへの思いがある。ヘンリッキの言葉通りにさせるわけにはいかない。
「そう?」
「わたくしのように、カールロ様との家庭だけを考えているのなら、お話はかわりますけれど、イリナは、王立騎士団の幹部を目指しているのでしょう?」
クリスタは少し前屈みになり、イリナの目を覗き込んで、バッチリ視線を合わせる。
「そうね」
「騎士団の団員様になっていただけそうな方々とのお話なら、した方がよろしいのではなくって?」
最後に小首を傾げて笑顔を送れば、イリナは納得してくれた。
「そうかもしれないわ。お出かけはともかく、学園内で誘われたお茶には、お応えしていくことにするわ」
「ええ、それがいいですわ。そういえば、モヤモヤの原因は見つかりましたの?」
「留学のことで、それどころではなくなってしまったのよ」
クリスタは予想通りであったが、少しだけ残念に思った。
「まあ、確かに貴女を刺激するようなことが起きていないですものね。でも、あちらは刺激されてると思いますのよねぇ」
「クリスタ、私にわかるように話してちょうだいな」
「ふふふ、そのうちわかりますわよ」
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ヘンリッキもクリスタも、エルネスティとイリナのことを心配して、イリナに助言しているはずなのに、なぜか逆の助言になっている。これは、どちらに重きを置いているかの違いなのか、はたまた男女の違いなのか。
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