4 騎士ガールの魅力
カールロが、イリナがメモしていたものを見ながら、先程の件を早速確認する。
「オイビィ王女殿下のダンスなんだが、エスコートはエルスがするから、ファーストダンスはエルスとお願いするとして、その後、踊りたい人とかいます?」
「え!お、踊りたい人ですか…。エルネスティ王子殿下だけでいいですわ」
オイビィは、少しだけ考えて、気持ちを決めたかのように返事をした。
『っ!私、なんだか、今日は、具合が悪いみたいだわ』
イリナが、胸の辺りをぎゅっと掴んだ。イリナは斜め上の考えてをしている。
「では、エルスとのダンスが終わったら、近衛を付けますので、誰かと踊りたい時には、近衛を通してください」
「わかりましたわ」
「それでな、イリナと話をしたんだが、入場チェックを済ませた学園の生徒だとわかるようにしたいんだ。ピンバッチとか、手首リボンとかな。何かあるか?」
「それはいい考えだな。印のない者は排除しやすい。男女で分けたらいいだろう。男子生徒はピンバッチ、女子生徒は手首リボンでいいのではないか?」
「僕もそれでいいと思う」
ヘンリッキも賛成してくれた。
「オッケー、じゃあ、警備はそれで進めていくわ。 って、イリナ?大丈夫か?」
「え?ええ、大丈夫よ。ありがとうカールロ。話が進んでよかったわ」
イリナは、いつもの思考の彼方にいただけのはずだが、顔色も悪くなっていた。
「イリナ嬢、具合が悪いときは、無理をするな。今日は帰った方がいい」
エルネスティは、イリナの顔色が悪いことにも気が付き、心配そうな顔で声をかけた。
「そうさせてもらいますね。カールロ、私が必要なときは、また呼んでね。
みなさん、お先に失礼しますね」
イリナが出て行った後で、エルネスティが何やらヘンリッキに確認していた。確認を終えたエルネスティは、机に突っ伏し落ちていた。
〰️ 〰️ 〰️
学園パーティーの準備が進む中、1つの問題が起きた。
去年、エルネスティが一年生だった学園パーティーは、エルネスティのお姉様である王女が三年生だったので、エルネスティは姉王女をエスコートしてパーティーに参加した。
しかし、姉王女が卒業してしまった今年は、『婚約者のいないエルネスティ王子が今年は誰をエスコートなさるのか』と、女子生徒の間では、パーティーよりずっと前から、期待と興味とで浮き足だっているのだ。そのため、エルネスティの向かう先向かう先女子生徒が溢れ、小さなアピール合戦を繰り広げていた。
学園のパーティーであるので、エスコートは必ずなければならないというものではない。ない者の方が多いほどだ。それでも、王子となれば、社交界のお手本として、誰かをエスコートするべきであろうと考えられるのだ。
『エルスに婚約者がいないことの弊害がここにも出ている。エルスには、早々にどうにかしてほしいものだ。』と、ヘンリッキは、考えていた。だが、実際にはそう簡単ではなく、苦肉の策として、
[今年の年末学園パーティーでは、エルネスティ王子殿下は、オイビィ王女殿下をエスコートなさいます。
また、今年のエルネスティ王子殿下とのダンスは、まだ、殿下とダンスをしたことがなく、更に、子爵家または男爵家のご令嬢の希望者のみとします。]
と掲示板に貼り出した。廊下にあふれる女子生徒は半分に減った。それでも残る女子生徒は、高位貴族のご令嬢が多く、ある程度自由恋愛であるこの国では、これ以上は止められない。王女にでも負けないという爵位と根性のあるご令嬢が残っているのだ。ことあるごとに、エルネスティの隣の座を争っている。彼女たちは、エルネスティと踊ることは叶わなくなったので、尚更、普段からアプローチするようになったのだ。
『そっか、エルネスティ王子はモテるのね。王子殿下だもんね』
イリナは、今まで気が付かなかったご令嬢たちの争いも目につくようになり、さらにモヤモヤは積もっていくのであった。
〰️ 〰️ 〰️
そんな今年の学園パーティーでは、約束通り、エルネスティは隣国の姫であるオイビィをエスコートした。女子生徒たちは、納得と残念感が入り交じった空気であった。
アルットゥのお相手は学園内で最も高位貴族のマーリア・ケネスキターロ公爵令嬢一年生にお願いした。こちらは、みな、興味津々という目で見ていた。アルットゥは、まだ数ヶ月ほどだからなのか、『王子』ではあるはずだが、女子生徒の遠慮が見られる。
ファーストダンスは、この二組で行うこととしてあった。
この二組はさすがであった。入場時にあったざわめきも、自分たちのと格の差に、見惚れるしかなかった。
『私もせめて、あれくらい小さかったら、あのように寄り添えたのかな?』
イリナは、どちらのカップルに思っているのか、小さな声で呟いていた。そして、去年は感じなかったモヤモヤの正体を見つけられないまま、吹き消した。
イリナは、入場のエスコートをしてくれたヘンリッキと、早々に分かれ、壁の花と化している。それにしては、豪華な花なので、勇気のない男子生徒が、チラッチラッと見ている。イリナ本人はそんなことに気が付きもしないのだが。
ファーストダンスが終わると待っていた生徒たちがホールへと溢れだす。
エルネスティはとても人気があり、エルネスティと踊りたい女子生徒が列をなしている。どう考えても踊りきれない人数なので、以前踊った女子生徒を、ヘンリッキの指示の元、ヨエルとカールロとで振り分けてお相手する。その仕事をイリナがやるとさすがに角がたつので、ヘンリッキが取り仕切る。ヘンリッキは、ここ2年間でエルネスティと踊った女子生徒を覚えているそうだ。側近として優秀であることは間違いない。
婚約者としてカールロと一度踊ったクリスタが、イリナの元へきて、雑談していた。
「あら?イリナはあそこへ並びませんの?」
「クリスタ、冗談はやめて。それでなくとも、私は生徒会唯一の女で、よく思ってない人たちもいることは知っているわよ」
「イリナったら、そんなこと気にしていらっしゃるの?おバカさんね。踊った者勝ちですのに。
ほら、それをわかっていらっしゃる方がこちらにいらっしゃったわ。イリナ、頑張ってくださいませね」
クリスタは、いつもならイリナと一緒にいるのに、ある人物がこちらにやってくるのを確認すると、そっとイリナの側を離れた。
「イリナ嬢、私と踊っていただけませんか?」
アルットゥの突然のお誘いにイリナはびっくりした。アルットゥも女子生徒に大変人気があったはずだ。にも関わらず、わざわざイリナに声をかけに来ている。
「私でよろしいのですか?」
「クスクス、私は、イリナ嬢と踊りたいのですが?」
「わかりました。よろしくお願いします」
イリナはアルットゥが差し出した手を取った。二人でホールの中央まで進む。イリナは、女性にしては少し身長が高めなのだが、アルットゥとのバランスはとてもいい。
「イリナ嬢は、剣技も優雅ですが、ダンスも優雅なのですね」
「ふふ、剣技とダンスを比べるなんて、淑女のみなさんに叱られますよ」
「ハハハ、では、今のお話は二人の秘密にしておいてください」
「了解しましたわ」
「あなたの言葉は、騎士言葉と令嬢言葉とがうまく融合しているのですよね。だからかな、話していても疲れない」
「騎士団の中へいけば、もっと雑ですよ」
「それは仕方がないのではありませんか?令嬢言葉に慣れていない兵士も多いでしょう」
「そうですね。でも、そういう兵士にこそ、有事の際には守られる。私は彼らを大事にしたいです」
「なるほど、それは考えてもいなかった。私は王族として、兵士について考えが甘かったようだ」
「ふふふ、アルットゥ王子殿下は、真面目ですね」
楽しんでダンスを踊る二人は、あまりの優雅さに注目を浴びていることなど気がついていなかった。
「ふふふ、イリナは、自信がなさすぎなのですわ。もう少し、ご自分をお知りにならなくては、ね。イリナの魅力は、口に出さずとも溢れ出ておりますもの。今までは、なんとなく誘いにくいという空気でしたのに、外からの風が、その空気を飛ばしてくれましたわ。
そのことを自覚していただきたいのは、イリナ本人だけではございませんけどね」
壁際でイリナの様子を見ていたクリスタは、そう呟いていて、エルネスティへと視線を向けた。
1曲終わり、アルットゥ王子のエスコートで、ホールから抜けるイリナを待っていたのは、なかなか高位の貴族令息たちであった。最初の一人になる勇気はなくとも、『男装の麗人』と呼ばれるイリナとチャンスがあるなら、お近づきになりたいと考えていた男子生徒は、たくさんいるのだ。
「次は、わたしと踊っていただけますか?」
アルットゥ王子と踊ってしまったイリナには、断る理由が見つからない。あれよあれよという間に、7人もの男子生徒と踊り、さすがに疲れたろうと、クリスタの助けが入った。
「クリスタ、ありがとう。そろそろ休憩したいと思っていたところだったのよ」
「イリナは、人気がありますもの、仕方がないですわ。どの殿方が一番よろしかったの?」
「私の人気?クリスタ、冗談はやめて。みなさん、踊れるなら誰でもいいのでしょう。どの方なんて、余裕はないわよ。それより、みなさん、お名前だけは知っているけど、はじめて踊ったのよ。失礼があってはいけないわ。お顔を忘れないようにしなくちゃ」
イリナが会場を振り返って確認しようとするのを、クリスタが袖を引いて引き止めた。
「イリナは、本当に真面目ですのね。イリナ、大丈夫ですわ、次の機会に、もう一度お誘いしてくださるくらい気持ちのある方なら、覚えたらよろしいのよ。流れに任せて誘ってきた殿方など、忘れてよろしいわ」
「え?そんなもの?」
イリナはクリスタの大胆な意見にびっくりした。
「そうよ。今度、廊下で話しかけてきた殿方は、覚えて差し上げなさいな」
「わ、わかったわ。そうする」
クリスタは、『そんな強者はいないだろう』と考えたに違いない。だが、予想に反して、きっかけは作ったとばかりに、4人ほど熱烈にアピールしてくる者たちがいた。それぞれ、イリナほどでないにせよ、各武術において特別ランクになる実力は備えた者たちであった。彼らのアピール合戦は、年明けからになるのだが、イリナもクリスタも、まだそれを知らないのだ。
〰️ 〰️ 〰️
1月、新学期がはじまると、アルットゥが剣技の特別クラスを選択科目にした。それは、イリナとカールロも選択していた。特別クラスといえど、イリナとカールロと対等にできる者はおらず、いつも二人で組んでいた。
「私もお相手願おう」
まずは、アルットゥとカールロ。結果的には、カールロが優勢であったが、ここまでカールロとできる者はここにはいなかった。
「では、次は私が」
アルットゥとイリナが剣を交える。イリナは戦ったことのない剣技に最初は戸惑うも、最終的には、イリナが優勢で終わった。
「さすがに二人とも強いな」
「アルットゥ王子殿下もさすがです。我々とここまでできる者はいませんでしたので。特別クラスを許可されるわけですね」
エルネスティは、許可されていない。
「体を動かすことは昔から好きでね。ところで、二人とも、今日の私との打ち合いで何か感じたかい?」
「最初は違和感ありましたね。イリナ嬢ならこうしてくるだろうと予想しているところ、違う太刀が来たので、なんとか対応しましたが、力が上の者なら、対応しきれなかったでしょう」
「私もそう感じました」
「だろうね。私の国の剣技なのだから。だが、もし、戦争となれば、太刀が違っていたから切られたでは済まない」
「「はい……」」
「我らは友好国であるし、戦争になるとはとても思えないが、自国の剣技だけではないと知ることも必要なのではないかと思っている。」
「なるほど」
「そうかもしれません」
カールロもイリナも、アルットゥの話に引き込まれた。
「現在、戦争はどこともしていないが、友好であるというわけではない。すべての国と友好であるというのは不可能なことなのだろう。悲しいことではあるが、戦争があるかもしれないという考えでいなければならない」
「そうですね」
カールロとイリナは頷いた。目はアルットゥから離れない。
「ところが、外からの刺激がないというのは、その国の怠惰を生むのだ。この国でも、大変失礼だが、イリナ嬢と同等の優秀な学生武人がカールロ殿だけというのはいかがなものか。本来、女性より男性の方が体格的には勝っているのだから」
「「っ!」」
カールロは、イリナを気遣っているのか、チラリと見て、何かを言おうとした。それより先にアルットゥが再び口を開く。
「イリナ嬢、貴女が女性だから、貴女は弱いはずだと思っているのではない。貴女の力を認めているからこそだとわかっていただきたい」
「はい」
「将来、二人は、王立騎士団と近衛騎士団を担うのだろう?」
「「はい」」
イリナは、弟のことがあっても、王立騎士団へ入団するつもりである。
「そこで、だ。二人は来年一年間、我が国へ留学してはどうだろうか?
私たちは3月に、国へ帰る。よかったら、その時に一緒にと考えている」
「「っっ!」」
「まだあと2月以上ある。ゆっくり考えてくれ」
そうして、三人は鍛練へと戻った。
ご意見ご感想、評価などをいただけますと嬉しいです。




