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24 ヘタレ王子の初恋

 ライナ王妃は、息子が生まれたとき、本当に感動した。我が子ながら天使を授かったと思った。さらにその子が成長すると、大変聡明で、まわりにも天才だと言われた。9歳になるころには、乗馬もでき、剣を持てば同年代で相手になる者はいなかった。語学もこの時すでに3ヶ国語話せたし、歴史や国内の文化などにも精通していた。


 しかし、それがいけなかった。その子は、まわりに褒められることも、自分が1番であることも当たり前になっており、大変傲慢でワガママで自分勝手な子供になっていた。勉強も鍛錬もやればできてしまうのだと、何事も一生懸命やることがなくなっていた。

 時には、教師を言い負かしてしまうこともあった。

 子供たちを集めたお茶会では、ずっとテーブルでふんぞり返っていて、来る者来る者を口で負かして泣かせていた。


〰️ 

 

 そんな一人息子のことを大変悩んでいたライナ王妃は、ある噂を聞いた。騎士団の子息たち、17歳から13歳くらいの子供達が集まる鍛錬場で、エルネスティと同じ年の子供が、負けず劣らず鍛錬しているという。それも、王立騎士団、近衛騎士団、両方にそれらの子供がいるらしい。


 ライナ王妃は、両方を視察に行った。それらの子供は、両方とも素晴らしい子供であった。


 ライナ王妃は、エルネスティについている護衛に、エルネスティにさり気なく「エルネスティより年上で力のあるの子供たちが鍛錬しているところがある」という情報を流させ、エルネスティを誘導した。

 10歳になったエルネスティは年上たちに勝ってやろうと、ライナ王妃の思惑通り、まんまとその鍛錬場へと赴いた。


 そこでエルネスティが見たものは、後に『舞姫』と呼ばれるイリナの剣技の姿であった。


 確実に自分より美しく、確実に自分より強い女性を目の当たりにしたエルネスティは、それ以来、大変謙虚になり、何事にもとても一生懸命に取り組むようになった。

 王妃は、男の子であるカールロの姿を見せるより、女の子のイリナの姿を見せた方が効果的だろうと予想し、王立騎士団の方へと誘導したのだった。


 カールロのことも気に入っていたので、カールロは、将来側近にさせたいと思い、今、カールロにエルネスティを打ち負かさせると、カールロの忠誠心というより、エルネスティの主君としての気持ちがややこしくなりそうだったというのも、イリナに誘導した理由の1つだ。その思いは叶い、カールロは大変忠誠心に溢れた男の子になり、いつでもエルネスティについていてくれるようになる。


〰️ 


 エルネスティが真面目になって半年ほどした頃、エルネスティがイリナに勝負を挑んだと聞いた王妃は、それはもう、びっくりして慌てた。エルネスティに万が一でもあったら、逆も然りだ。だが、結果はエルネスティの惨敗で何も問題にならなかっという。そして、その勝負に、エルネスティが一方的に願いを叶えることを条件にしたと聞いて、王妃は、エルネスティの初恋だと悟った。 


〰️ 


 王妃は、エルネスティが13歳になる春、『学園の練習』と名打って、側近候補を王宮へと呼んだ。さらに、本来なら側近候補の男の子たちしか呼ばない『学園の練習』にイリナを呼んだのだ。

 王妃は、子供たちの様子を見ていくうちに、イリナが武術だけでなく、国民を考える目や、兵士を考える目を持っていることをとても気に入った。頭脳明晰で、ハールシス侯爵の考えの元、語学まで学んでいるとは驚いた。


 そこで、国王陛下を説得し、ハールシス侯爵には『いつかエルネスティの妃に』ということを早々に伝えておいた。


〰️ 


 慌てたハールシス侯爵は奥様と頑張った。下の娘でさえすでに9歳だ。それはそれは大変だった。しかし、神様はそれを見ていたのだろう。見事、ご令息を授かったのだ。ハールシス侯爵夫人の懐妊を誰よりも喜んだのは、王妃であった。


 弟の存在がイリナにとっては、かなり考えざるを得ない案件となり、イリナを苦しめていた時期があるなどと両親は、知らない。親類たちもまわりの者も、イリナの『国を守る剣でありたい』という希望を鑑みず、『弟ができたのだから安心して嫁にいけ』とイリナにアドバイスしていた。両親はライナ王妃からの言葉があったので、イリナに他の婚姻を勧めるつもりがなく、まさかまわりがイリナにそんなことを言っているとは知らなかったのだ。

 だが、そんな両親のことも、イリナは『イリナに気を使って何も言えないのだ』と誤解していた。

 イリナは、学園に入る頃になって、やっと『立場は関係なく国の剣となる』と決心できたのだった。


〰️ 


 イリナたちがまだ学園に入る前、イリナの語学が堪能であることを知った王妃は、イリナとエルネスティを外交の席に同席させ、通訳させたり、来賓と話をさせたりした。子供たちの通訳、会話というのは、外交的にも、大変雰囲気がよくなり、大方評判もよかった。



 また、『学園の練習』も騎士団の鍛錬もない日には、王妃のお茶会へ招き、さり気なくマナーの指導もした。イリナは、侯爵令嬢なので、特に問題があったわけではないが、代々騎士を排出する家のためか、少々雑であった。しかし、今のイリナは、言葉は騎士言葉と女性言葉のミックスだが、マナーや仕草は大変優雅で美しいのだ。見本が王妃なのだから、当然そうなる。

 ライナ王妃は、イリナとお茶を楽しみながら、どうすれば『もてなす』ことになるかなど、お茶会をつつがなく過ごすためのテクニックをさり気なくイリナに伝えていった。その甲斐あって、イリナは考えてやっているわけではないが、自然に相手を気遣うテクニックを身に着けていった。


 『学園の練習』という作戦は、イリナの王妃教育、側近たちの教育、エルネスティの協調性や社会性を磨くために、国王陛下も王妃も多いに利用した。

 その甲斐あって、側近たちも将来有望であるし、イリナも王妃になるに相応しい教養と仕草を持った淑女となった。学園で一年生で卒業資格を取れたのもこれのお陰だ。



〰️ 



 エルネスティを矯正するために会わせたイリナが優秀だったことは、王妃にとって嬉しい誤算であった。

 しかし、まさかエルネスティがはっきりと告白ができないヘタレであったとは。これは王妃にとって大変残念な誤算であった。


 王妃は、『エルネスティは王子なのだから、婚約者として選んだといえば、イリナは婚約者にできるのだ』と考えたが、国王陛下がここで親が手を出すのはよくないと進言した。なので、学園卒業まではエルネスティがイリナに告白するのを待つことになった。国王陛下が実は恋愛脳だったことを王妃はすっかり忘れて和歌はだいた。国王陛下の恋愛は、自分のことなのに忘れ去っていたのだ。


 王妃は国王陛下とそう約束したものの、心配であったのは間違いない。


〰️ 


 その期限が後一年と迫ったとき、イリナが留学すると言う。王妃は、急遽、エルネスティを王宮の私室へ呼んだ。


「わたくしは、イリナを大変気に入ってますし、イリナはこの国の宝になると思っています。貴方はどう考えていますか?」


「私にとってイリナはとても大切な存在です。ですから、私がイリナに並ぶに相応しい男になろうと考えております」


 王妃が考えていたよりも、凛々しい答えに、王妃は少し戸惑った。こんなに凛々しいのに、なぜ告白できないのかも、不思議でならない。それでも、王妃として、厳しい言葉を選ぶ。


「貴方がイリナに勝てるとは思えませんが」


「ハハハ、母上、何も武術で勝とうとは思っておりませんよ。イリナが私の横に立ってくれた時、イリナと私でこの国への夢を叶えていきたいです。そのため、イリナにはないものを私は身につけたいと思っているのです。

相手国に了承を得てから報告しようと思っていたのですが、母上が私を心配してくださっているようなので、今、お伝えしますね。

私は、北の国で、灌漑設備について学んでこようと思います。夏前から半年ほどを予定しています。

そして、その後、イリナをゲルドヴァスティ王国まで迎えにいきます」


 エルネスティは凛々しい笑顔を王妃に向けた。


「そうですか、そうですか、貴方も立派になったのですね。母として、この上ない幸せです」


 エルネスティの力強い言葉に、王妃が嬉しそうに泣いていた。


「ハハハ、でも、もし私がイリナに振られてしまったら、先は長くなってしまうかもしれません。

そうならないためにも、頑張ってまいります」


 エルネスティは謙虚な気持ちで言っただけだったが、王妃は、本気で心配してアドバイスした。


「そうね、そういう心配は、あるわ。いいことエルネスティ、イリナには『帰ってきてほしい』というのはキチンと伝えなさい。そうすれば、あちらに何か未練が残っても、一度はこちらへ戻ってきてくれます。よいですか、必ず貴方の言葉で伝えるのですよ」


 王妃は、エルネスティの手をギュウギュウと握りしめ、まるでイリナを逃さないと言っているようであった。


「母上、貴重な助言、有り難く存じます。イリナには、必ず、伝えます」


 こうして、エルネスティは卒業式の夕方、イリナにその旨を伝えるのだが、彎曲して伝わり、肩を落とすことになるのだ。


〰️ 〰️結局、留学制度の話し合いやら女性騎士団見学やらで、帰国の途についたのは、2週間後で、その間にヘンリッキがどのようにゲルドヴァスティ国王陛下をくどいたのかは不明だが、オイビィまで一緒に、テルヴァハリユ王国へ戻ることになった。


「あの国の宰相がヤツになったら、外交的に強国になるに違いない」と、ゲルドヴァスティ国王陛下が呟いたとかなんとか。

 オイビィの笑顔を見たら、そんなことどうでもよくなってしまうことだろう。


〰️ 〰️ 〰️


 1週間後、テルヴァハリユ王国の王都に一行が着くと、王都の正門からすでにお祝い状態であった。

 馬車はゆっくりと進み、窓を開けてエルネスティとイリナが手を振る。ついでにオイビィも。さすがに二人は慣れたもんだが、イリナはぎこちない。


 しばらく黙っていたヘンリッキが

「誤解を受けたら面倒くさい。」

と、オイビィの手を下げさせた。確かに、誤解されかねない。


「ヘンリッキ、これはどういうことだ?」


 外に笑顔を向けたままエルネスティがヘンリッキに尋ねる。


「エルスとイリナのことが広まっているんだろうね」


 イリナが手を振りながら真っ青になった。


「大丈夫だ、イリナ。私が絶対に君を守るから」


 そう言って、空いている手をイリナの手に重ねたエルネスティに、コクンコクンとイリナは応えた。


〰️ 〰️ 〰️


 ヘンリッキは、ゲルドヴァスティ王国から早馬を出していた。エルネスティとイリナの結婚を望んでいた国王と王妃は、その手紙の内容を大変喜んだ。その日のうちに、イリナの父親ハールシス侯爵を呼び、本人たち不在のまま婚約を決めた。そして、本人たち不在のまま、婚約が成立したことを公布したのだ。


 王子殿下の婚約、それに伴い、王太子任命、領民が待ちに待った吉報であった。


 早馬の手紙の中には、エルネスティが希望するイリナのドレスのデザイン画も入っていたことは、エルネスティの執念を感じる。



 本人たちがいなくても、いや、本人たちがいないからこそ、予想により尾ひれのついた噂は町中に流れる。


 『侯爵令嬢が野盗から王子を助けた』

 『隣国王子と逃げた侯爵令嬢を王子が追いかけた』

 『侯爵令嬢の幼なじみから王子が侯爵令嬢を奪った』

 『王子が恋する王妃を侯爵令嬢が倒しに行った』

 『王家に反対されて逃げた二人は許されて戻ってくる』


 まあ、噂というのは勝手なものだ。兎にも角にも、物語になりそうなお二人なのだと、この話は、大衆の娯楽になっていた。吟遊詩人も嘘を唄うわけにもいかず、いつか事実が、わかるまで、舞姫伝説だけが唄われていく。


【眉目秀麗頭脳明晰、かの王子を恋に落とした武道の舞姫。

 幼き頃から剣を持ち、男たちをバッタバッタと切ってゆく。

 その剣技たるやまさに美しく、見るものは目を奪われるうちに倒されるという。

 舞姫は、遠くで見るものなり、近くで見るものは命をかける者なり】


 舞姫伝説は、すぐに芝居にもなった。


 そのような中での、エルネスティとイリナの帰還なので、王都は、お祭り騒ぎであったのだ。

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