第拾五話「射干玉(ぬばたま)③」
「この伽藍は……」
湿った空気の廃墟の寺内に建つ西の客殿を仰ぎ見たとき、日の本の地に育った者たちの眼には、まずその「異質」な存在が、まだ見ぬ住職の思考が一種の狂気として映った。
巨大なドームの外壁には漆喰の白色が塗られており、実際よりもさらに一回りも二回りも大きく見る者すべてに感じさせた。
そこには『夢戒僧正』という、陸奥のこの地の寺院において、稀有な存在と彼の妄想に似た執着が渦巻いている。
広間は座敷ではなく、木製の長いす二列が整然と並べられ、正面には奇妙な人を模したような大きな彫像が直接壁に何体も打ち付けられている。仏像とも違うその表情はどれも苦悶に満ち、凄まじいまでの「怨念」が隠されること無く表現されていた。この像を作るためにのみを振るった者は、すべての『慈愛』に対しての拒否ではないかと保知は感じた。
一段高くなった祭壇の中央の椅子に煤けた僧衣を着た男が腰の前で手を組み、この広間に入ってきた者たちを柔和な笑みを浮かべて座っていた。
『夢戒僧正』は齢百歳をとうに越えていると言われている。しかし、この男はまだ二十歳そこそこの青年のような姿をしていた。
「そこの御仁は明石の孫か……お前の祖父は関を越え、よくこの寺に参禅しに来ておった、いや、参禅という目付けであったがな、血筋は争えぬ、お前のその両の手も血塗られておる」
姿は若いけれども、喉からでてきた、しわがれた老人の声そのものであった。
僧の瞳は青く、明石をゆっくり指し示す指は子蛇のようにしなやかに動いた。
「そこの忍びを生業としている男よ、お前も拙僧と同じように、子をその生け贄としてきたようだな、主の命とはいえ、お前の肩にはその者らが取り憑いておる、良い往生はできぬ、お前の目的は決してかなうことはない、身体が癒えたらその亡くなった子らのために祈りを捧げよ、主はお前の魂を食い尽くすまで離さぬつもりじゃ」
夢戒は指していた指を曲げ、手のひらの中に包み込むようにしながら強く力を込めて手を握った。
なぜか十太郎と九蔵は、『夢戒僧正』に二人同時に目眩を覚えた。気のせいと言って切り捨ててしまえば容易そうに感じたが、もっと違う何かが二人の心を芯から統制していた。
「九蔵、十太郎よ……」
あたかも細い両腕が、迷える衆生を抱き取ろうとするかのような先の二人とは全く異なる、あたたかく慈しむような声色であった。
「よぅ、戻ってきたのぅ」
右近と保知が驚きの表情を隠せぬ中、十太郎と九蔵の堅牢な心の門が、きしみながら徐々に開いていった。




