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リサの世界

 初めに感じたのは懐かしさ。

 だけれど、それは一瞬の事であっという間に押し寄せてくる記憶の波に頭を抱えて蹲る。


 痛い!

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


 脳みそを鷲掴みにされて、ぐるんぐるん揺さぶられているみたいな気持ち悪さ。

吐き出してしまいたいけれど、吐くために腹に力をいれることも出来ず、ただその苦痛が通り過ぎるのを待つことしか出来ない。


 ドロドロの制服や切り刻まれた体操服。

 紫色だらけの体。

 ホチキスで開けられた耳の穴。

 現実の痛みと記憶の中の痛みが混じり合ってどうにかなってしまいそうで、発狂するとはこういうことなのだと霞んでいく意識の中で思った。


 でも、これまでの記憶と共に蘇る激痛以上の不快な気持ちが私を気絶させてくれない。

 逃げる事を許さない。


 彼と私との世界に、いらないモノが混じった。

 その事実だけで意識を踏み留めるには十分だった。

 その事に対する怒りで魔力の暴走を起こしてしまいそうになる。

 浅い呼吸を無理やり深い呼吸にかえて、動悸を落ちつけることに専念する。

 鏡に映るのは、大好きな彼と同じ赤銅色の髪と目の私。今はとてもじゃないけれど、彼に見せられるような顔じゃない。そっと鏡に映る私の頬に手を添える。

 私は、こんな顔だった? 変わってしまったのは髪と目だけ? 違う。体全てが造りかえられてしまった。そのことに嫌悪感は一切ない。私はもう、完璧に囚われてしまったんだ。


 大好きな彼と同じ色であることがあれだけ嬉しかったのに……ううん。今でもそれは変わらない。でも、少しだけアルストロメリアのした行為に怒りを感じてしまった。

 こんな風にしなくても、私は絶対アルストロメリアを好きになったのに。


 かつての私は、この世界とは違う世界の住人だった。

 この世界よりも文明がうんと発達した、魔法のない世界。

 そこでの私は、特に特出したモノもない普通の女子高生。そう、どこにでもいる、ただいじめの対象となっているなんの力もない女子高生。


 いじめ? 違う。あれはいじめじゃない。排除だ。

 私の世界にあいつ以外入り込まないように徹底的に奪われた。

 友だちも、教師も私の世界から出て行った。あいつが許さなかったから。あいつの庇護下以外の世界は認められない。それを頭ではなく体に覚えさせられた。あいつがいなければ私はごみくず以下で、教室という箱庭で満足に息を吸う事も出来ない存在なのだと。あいつがいなければ生きていけないのだと。

 狂人。違う。あいつは私に愛を囁いた。お前を愛せるのも生かせるのも俺だけなのだと私に言い聞かせた。それはまるで呪詛のように私の体に浸透していって、諦めて奴の手に落ちない私が悪いんだっていう錯覚すらしてしまうようになって……アルストロメリアに救われた。


「アル」


 無意識のうちにアルストロメリアを呼ぼうとして、慌てて唇を噛み締めて押しとめる。

 普段は私の側を離れる事は滅多にないアルストロメリア。でも、今日だけは特別だから仕方ないんだって言っていたのを思い出す。

 

 アルストロメリアは龍人だ。赤銅色のとても美しい龍。西洋のドラゴンがイメージにぴったりかもしれない。

 私がいた世界を人間が統べていたみたいに、この世界はいろんな種族が共存しているけれど、龍族が頂点に君臨する世界。私の戸籍を作るのだと言っていた。アルストロメリアの伴侶として、私はこの世界の本当の住人になる。


「もう、私はあっちには戻らない。ここが、私の世界だ!」


 足に力を入れて起きあがる。

 少しだけふらついたけれど、回復力の高くなったこの体は少々のことじゃ倒れたりしない。

 ちょっとした怪我だったら、早送りしているみたいにあっという間に傷がふさがって治ってしまう。

 もう私は、人間ではない。だからもう怖くない。違う。アルストロメリアに出会ったから、私は私でいられるようになったんだ。


 扉を開ければ、広がるのは真っ白な砂漠にまだらに散らばる緑の草花達。

 初めは真っ白だった世界に、アルストロメリアは私が目覚めてから少しずつ何か呪いを施していた。

 お借りしていたモノを返しているのだと言っていた。意味はよく分からないけど、はなさかじいさんを思い出して笑ってしまったものだ。

 少しずつ増えていく緑を数えながら一緒に散歩するのが毎日の日課だった。

 それを今は一人で歩く。

 頭の中では近づいてはいけないと警鐘がガンガンと鳴る。それを無視して私は湖を目指した。


「リサ?」


 黒髪黒目、中肉中背の学生。

 懐かしい声で呼ばれると同時に、私の全てが彼を拒絶する。


「ああ、リサだ! 僕には分かるよ。なんだい? イメチェンかい? その色も素敵だけれども、リサにはやっぱり」


 ヘビみたいな目で笑う彼。

 向こうの世界で私を支配していた人。

 でも、ここでは違う。


「ふふ。リサも分かっているんだろう? リサの居場所は僕がいるところだと! まさか本当に異世界トリップみたいな経験をするとは思わなかったけれど……リサ?」


 彼が私を呼ぶ事に不快感しか感じなかった。

 私をそう呼んでいいのはアルストロメリアだけ。

 この体がすでに人間であった頃のリサでないように、私の心もまた、人ではなくなったんだろう。

 向こうの世界で全てを奪いつくしていた彼に恐怖も何も感じない。違う。ただ、不快感、それだけ。

 その不快感をそっと押し込めて彼の首に手をかける。

 彼はただ、受け入れたように笑う。私は彼が嫌いだ。憎んでいたともいう。でも、アルストロメリアと出会った今はもうどうでもいい。だから、彼には何も与えたくない。


「私ね、好きな人が出来たの。あの人以外愛せない」


 だから私は笑う。

 心の底からの笑顔。

 彼の前で見せた事のない、大好きな人を思い浮かべて笑う幸せな顔。


「リサ!」


 私とは対極的に歪んでいく彼。

 でも、怖くなんてない。

 だって私、人間じゃないもの。人間でない私が、ただの人間の彼に力で負けるなんてありえない。

 少しだけ力を込めて、後ろへ押す。ただそれだけで、彼はなんの抵抗もできずに湖のひずみへと沈んでいった。


「これで良いのかしら?」


 アルストロメリアの力を感じる時空のひずみに、そっと自分の魔力を流して閉じる。

 呼吸をするように、誰に教わったわけでもないのに魔力の扱い方が理解出来た。

 このひずみの正体も。

 アルストロメリアはここから私を連れて来たんだろう。


「ふふ。アルストロメリアの嘘つき。違う。彼は言わなかっただけね」


 アルストロメリアが私の記憶を封じたのは、私の為? それともアルストロメリアの為?

 今となってはどうでもいい。

 だって私はアルストロメリアの番なのだから。


「さあ帰らないと。きっと心配して飛んで帰ってくるわね」



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