シーン 125
翌日。
朝早くから町の復興作業が始まっていた。
当面は瓦礫の撤去が中心だが、近いうちに倒壊した建物の建造が始まるだろう。
被害を受けた露店街ではすでに営業を開始する店もあった。
こちらは商品さえ調達出来れば再開のハードルは低い。
それでも、不足している物資が多いため、食料品を含めた商品の価格は全体的に高騰している。
これは一時的なものだが、復興の妨げにならないか心配だ。
その点、僕が経営している“食堂”は大盛況だ。
町で営業する飲食店の大半が被害を受けたため、被災直後から営業を再開したウチの店は、開店前から長蛇の列ができている。
中でも、まだ一度も利用した事のない客層の集客が目立ち、新しいファンを獲得する良い機会になった。
反対に立ち直れないほど被害を受けた店もあるため、手放しで喜んでは居られない。
今は一日も早い復旧復興を祈るばかりだ。
ニーナは朝食が終わると情報収集に出かけていた。
目的はガウエスの居場所を探すこと。
知り合いのハンターたちに聞けばわかるはずだと家を出て行った。
その他の家族はいつもと変わらない営みを続けている。
ペオは相変わらず仕事熱心で、黙々と家事に取り組み、マオとエールは買い出しに出掛けて行った。
サフラは出掛けるところがあると言って、今は別行動中だ。
短剣を持って出かけて行ったところを見ると、鍛冶屋に武器の整備を依頼しに行ったのだろう。
午後になってニーナが戻ってきた。
傍らに探し人のガウエスを伴って。
連れて来られた本人は目を丸くしている。
まさか僕が待っているとは夢にも思わなかったようだ。
彼と会うのはこれで二度目。
そして、以前の大会では彼がトラウマに思うほど、残酷で鮮烈な記憶を刻み込んでいる。
だから、彼は僕の顔を見てとても嫌そうな顔をした。
「レイジ、後から落ち合うのが面倒だったから、直接連れて来た。問題はないよな?」
ニーナは一仕事終えた喜びから笑みを浮かべている。
対するガウエスは酷く警戒していた。
僕も彼の気持ちが痛いほどわかる。
彼の中で僕は、“出来れば二度と出会いたくない人物”の上位にランクインしているだろう。
それでも、彼の力を借りなければいけない事には変わりない。
これ以上警戒させないよう、言葉に気をつけて口を開いた。
「上出来だ。さすがはニーナだな」
「あぁ。おかげで歩き疲れて疲れた。朝も早かったし、少し部屋で休んでくるよ」
そう言ってニーナは自室に引っ込んでしまった。
相変わらずマイペースなヤツだ。
僕も彼も、まさか二人だけ取り残されるとは思ってもいなかったため、リビングに重苦しい雰囲気が支配していく。
ただ、このまま無言が続いても辛くなるだけだ。
こちらは彼ほど気にしていないため、“ホームの利”を生かして話の主導権を握ることにした。
「わざわざ足を運んでもらってすまないな。折り入って相談があるんだ」
「…まさか、男爵がお呼びとは聞いていませんでしたよ。それで、用件とは?」
ガウエスは少し眉根をひそめた。
やはり快く思っていないようだ。
「そんなに警戒しないでくれ。お前に頼みがあるんだ。いや、お前にしか出来ない仕事かもしれない。聞いてくれるか?」
「…それは内容次第でしょう。もちろん、断る権利は保障されますよね?」
「もちろんだ。では、これから話す事は他人に口外しないと約束してくれ。了承なら内容を話す」
意志を確認すると、彼は小さく頷いて反応した。
「よし。じゃあ、本題に入る。昨日の襲撃で陛下が毒に倒れた。それで、解毒剤を必要としている。お前の持っている薬で対応できないか?」
「ちょ、ちょっと待ってください。話が突飛過ぎます。えっと…陛下が毒に倒れた?」
ガウエスは目を丸くした。
一度聞いただけでは言葉を理解できないほど、彼には衝撃的な内容だったらしい。
何しろ皇帝という人物は国中の誰より人望が厚い。
そんな人物が“毒に倒れた”と聞けば、ほとんどの人間が彼と同じ反応をするだろう。
僕も人伝に話を聞けば、きっと彼と同じ反応をしてしまうはずだ。
「あぁ。珍しい種類のサソリが宮殿に侵入して陛下を刺したんだ」
「刺した…?その話、詳しく聞かせてもらえますか?」
彼はようやく話の内容を理解して姿勢を正した。
まずは順を追って説明する必要がある。
宮殿にグリーンドラゴンが侵入したこと、セシルの執務室にサソリがいたこと、皇帝を刺したサソリの特徴など事細かく話をしていく。
それを聞いて彼の顔色が変わった。
何か思い当たる節があるようだ。
「…信じられない。あの人が…セシル様が陛下の命を狙ったというんですか!?」
「そうか…お前はセシルと顔見知りだったな。じゃあ、質問の内容を変えよう。まさかとは思うが、セシルに毒の知識を教えたのはお前じゃないのか?」
「…ッ」
彼は驚いて口を真一文字に結んだ。
その表情さえ見ればこれ以上深く質問する必要はない。
僕は溜め息を漏らして彼を睨み付けた。
彼にしてみれば、自分の持っている知識が悪用されるとは思ってもみなかったのだろう。
その矛先が皇帝に向けられるとは夢にも思わなかったはずだ。
だから、彼は酷くショックを受けていた。
「…そういう事なら話は早い。すぐに解毒剤を手配しろ、陛下の命が危ない」
「それは…出来ません」
「は?出来ないって…お前、毒物のエキスパートなんだろ?そんなはずあるわけない」
「いえ、嘘は言っていません。だって、セシル様は“解毒不可能な毒の知識”を求めていたんですから。だから、僕にはそのサソリが持つ毒を解毒する薬も、薬を作る知識も持っていないです…」
「…何てことだ。本当に方法はないのか?」
「申し訳ありません…」
そう言ってガウエスは肩を落とした。
自分が加担してしまった罪の重さを自覚したようだ。
同時に、肩を震わせ、顔色が悪くなっていくのがわかった。
緊張が原因の発汗で、額には玉のような汗が浮かんでいる。
「何か、何か手はないのか?本当に、解毒できないのか?」
「…可能性は一つだけあります。もちろん、可能性なので解毒に繋がるかはわかりません」
「言ってみろ」
「僕に毒の知識を授けてくれた師匠なら、あるいはその方法を知っているかもしれません」
「師匠?」
「はい。危険なサウスフォレストを旅するバウンティーハンターです。そこで、数々の毒虫から毒薬を精製して、戦いに役立てる毒のスペシャリストです」
彼の言葉に引っかかるところがあった。
“サウスフォレストを旅する”という点だ。
「旅するという事は、つまり、帝都には居ないということか?」
「…はい。ですので、可能性があると…」
「そういう事か。では、その人物にはどうすれば出会える?」
「師匠はまるで霞のような人です。家族にもあえて自分の行き先を告げず、フラリと旅に出るような変わり者だと聞いています。なので、師匠に会う事は、砂漠に落ちた砂粒を見つけるくらい容易なことではありません」
「…そんなの、ほとんど不可能って言ってるようなモノじゃないか!?」
思わず感情的になり大声をあげてしまった。
それを聞いてガウエスはさらに萎縮している。
ただ、僕がここで怒りを露にしたところで、状況が変わるわけではない。
僕の叫び声を聞いて、家事を終えたペオがリビングに戻ってきた。
「どうされたんですか、レイジ様?」
「…いや、何でもない」
彼を見て冷静さを取り戻した。
さすがに家族を目の前にして取り乱しているのは恥ずかしく思う。
「いえ、何でもなくないです。…申し訳ありません、少しお話を聞かせていただきました。僭越ながら、僕に一つ考えがあります」
「え?」
そう言ってペオは僕に耳打ちをした。
その内容を聞いて僕は妙に納得してしまった。
まったく、この使用人はどこまで常識外れなのだろう。
いや、まるで全て仕組まれているような、そんな違和感さえ覚える。
彼の持つ情報網は、星全体を包み込むほどの巨大なネットワークなのではと少し不安に思う。
まるで、どこかの諜報機関が偵察衛星を使い、頭上から二十四時間監視されていると錯覚してしまうほど。
「…お二人とも、どうしました?」
ガウエスは一人蚊帳の外になり、堪らず疑問の声をあげた。
僕も彼と同じ状況なら、きっとそうしただろう。
特に隠すような内容でもないため、彼にも説明をした。
「こっちは我が家の優秀な使用人ペオブレムだ。彼は類稀なる情報収集能力を持っている。この若さで帝都の情報を全て掌握していると言っていい」
「…レイジ様、さすがにそれは大袈裟です。僕の知っているのは、裏の裏の裏までですから」
つまり、それはかなり深いところまで知っていると言うことだ。
実際、どこまで情報網が張り巡らされているのか聞くのが怖い。
きっと、芸能リポーターが騒ぐような、貴族のスキャンダラスな日常さえも赤裸々に掌握しているのだろう。
誰が誰と付き合っているとか、些細な情報さえ漏らさず記憶していそうだ。
「裏の裏の裏…ですか」
「まあ、お前が言った師匠の居場所だがな、ペオが知っているそうだ」
「なッ!?」
ガウエスは目を見開き驚いている。
先ほど、自分でほとんど不可能に近いと言っていたため、簡単に覆されたことを知って酷く動揺していた。
恐らく、彼の中で時間が止まっているのだろう。
ピクリとも動かず固まっている。
「レイジ様、この件は僕にお任せください。夕方には薬をお届けできると思います」
「大丈夫なのか?」
「はい。実は、その師匠という方に、以前の職場でお会いした事があるんです。その時にいろいろ情報を教えていただきました」
「…信じられない。師匠はあまり自分の事を他人に話すタイプではないはずなのに…」
「情報を聞くには少し技術が必要です。要は“押して、引いて”の駆け引きですね」
ペオは自信を持って胸を張った。
これが十三歳の言動だろうか。
いや、ペオという個人に限定すれば特に不思議ではない。
むしろ、これが日常茶飯事なのだから。
彼は年齢の若さを感じさせないほどフットワークが軽く、毎回僕を驚かせてくれる。
その働きぶりは十分に信頼できるものだ。
彼に任せておけば用事が済んでいるという万能ぶりで、一切のフォローを必要としない。
恐らく、彼が僕に助けを求める時が来るとすれば、世界の終わりに相当するような、誰にも解決できない無理難題くらいだろう。
「…差し支えなければ、師匠の話を聞かせてはくれないか?」
「それは構いませんが、その代わり、アナタは僕が満足できる“情報”を提示できますか?」
そう言ってペオは悪戯っ子のように笑みを浮かべた。
当のガウエスは言葉に詰り何も言えなくなっている。
僕は二人のやり取りを見て笑ってしまった。
これが全てではないと思うが、ペオの交渉術の一端を垣間見たような気がする。
今回は初顔合わせの二人がキーマンでした。
一家に一人、ペオみたいな使用人が居れば、何も困る事はないでしょうね。
でも、知られたら困る事まで、隅々まで調べ上げられそうで少し怖いかな?(苦笑)
ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。




