シーン 123
皇帝が倒れて半日近くが経った。
帝都に侵入した敵はハンターたちの活躍で全て制圧され、先ほどギルドマスターから安全宣言が出された。
その直後、ギルドは動ける者を手配して、今回攻めて来た敵のおおよその数を把握したらしい。
ギルドからの遣いで現れたハンターの報告によれば、陸と空を合わせた数は五百体以上にのぼる。
この数は過去に例がないという。
各地の戦線で剣を振るった経験を持つアルマハウドも驚く数字だ。
また、戦死したハンターの数は百名にのぼり、過去最悪を記録した。
ただ、町にいた住民たちの死傷者は、ハンターに比べて少なかったというのが救いだろう。
その変わり、建物の倒壊や露店街が壊滅的な被害を受けた。
そのため、人的被害よりも物的被害の方が深刻で、具体的な被害額はまだ把握しきれていないらしい。
仮に、今回のような侵攻があれば、次は耐えられないだろうという意見がギルドの有識者から出ているそうだ。
どちらにしても、帝都が陥落しなかったのは、町を必死に守ったハンター たちのおかげだった。
サソリの毒に倒れた皇帝は自室に移され、今も懸命な治療が続けられている。
処置を担当した主治医によれば、皇帝を刺したサソリは珍しい種類らしく、備蓄してあった薬では望んだ解毒の効果がうまく働かないらしい。
ただ、薬がまったく効いていないというわけではないため、今すぐ命に関わるような致命的な状態ではないと付け加えた。
それでも、このまま衰弱死する可能性は否定出来ないため、毒素を完全に取り除く薬が必要だ。
「…何てことだ。私がついていながら、こんな事になってしまうなんて」
皇帝が眠るベッドの傍らでアルマハウドは頭を抱え込んだ。
実際、彼が自分を責めるほどの非はないはずだ。
懸命に守ろうとしていた姿に偽りはなかったのだから。
それに、彼が居なければ皇帝はグリーンドラゴンに殺されていただろう。
それを思えば、まだ命が辛うじて繋がっている現状は、不幸中の幸いと言っても過言ではない。
「…あまり自分を責めるな。傷にさわる」
「陛下はこうなる事を予見していたのだ。だから、我々に戦えるよう準備せよと…。それに、セシルの裏切りを聞いて酷く心を痛めていた。私は見ていられなかったのだ…。それなのに…」
「止めろ、お前が病んだところで状況は変わらない。それより、何故部屋の中にサソリが居たのか、さっきからそれが気になっている」
皇帝を襲ったサソリはどこから侵入してきたのだろうか。
執務室の扉は閉ざされていたため、自力で入ったとは考え難い。
事前に誰かが放り込んでいたのだろか。
そうなれば皇帝に敵意を持つ人物となり、自ずと犯人は絞られてくるはずだ。
「…アイツだ。アイツが陛下を狙ったに違いない」
「アイツ?」
「…セシルだ。いや、この場合はその親玉、つまりホリンズということになるな」
「どういうことだ?」
「考えてもみろ、ここは誰が使っていた部屋だ?」
「セシルが使っていたが…いくらなんでもここまで想定していたのというのか?」
仮にセシルがサソリを仕込んで居たとすれば、それが可能なのはフォレストメイズに向かった日にまでさかのぼる。
それまでサソリが外に逃げ出さず、死なないよう維持しなければならない。
「さっき部屋を見てきた。落ちていたんだよ。サソリが食い散らした小型の虫の残骸がな」
「餌まで仕込んで部屋を出たということか?」
「そう考えて間違いないだろう。何より、あの部屋へ自由に出入りできたのは皇帝とセシルだけだ。それに、例えフランベルクのメンバーであろうと、勝手に入る事は許されなかったからな。これが理由だが、お前はどう思う?」
アルマハウドは先ほどの様子とは違い、至って冷静に振舞っていた。
名探偵の推理には程遠いが、状況証拠と関係者から割り出した結果、その答えを導き出したらしい。
その答えはきっと間違っていないだろう。
むしろ、疑うところが見当たらない。
同時に、ホリンズが言っていた言葉が再び脳裏を過ぎった。
“支配構造が変わる”だ。
確かに、皇帝が死ねば人間世界の支配構造は一転する。
元々、この襲撃が皇帝一人を狙ったものだとすれば、かなり前から準備をしていたことが用意に想像がつく。
特に、地上から攻めて来る敵の数が多く、それに数多くのハンターを動員するところまで見越し、念入りに計画していたのだろう。
実際、その思惑は成功したといえる。
前線の処理を終え、僕が宮殿に駆け付けるまでの間、皇帝を守っていたのはアルマハウドと宮殿の兵士たちだった。
しかし、実質彼一人が守っていたと言っても過言ではない。
兵士たちの実力は並みのハンター程度のため、グリーンドラゴンはおろかワイバーンにすら歯が立たなかった。
そんな兵力ではグリーンドラゴンから皇帝を守れずはずもない。
ここで一つの疑問が浮かぶ。
皇帝を警護するフランベルクのメンバーはどこへ行ったのだろうか。
身を挺して守るはずの彼らの姿をまだ見ていない。
その答えはアルマハウドが知っていた。
「恐らく、セシルが犯人で間違いなさそうだな。それより、フランベルクの連中はどこへ行ったんだ?まさか、全員やられた何て事は…」
「あぁ、問題はそこだ。フランベルクのメンバーは今、帝都には居ない。数日前、東の町に現われた複数のジャイアントを討伐に向かったんだ」
「数日前?まさか、俺たちが陛下に報告をした日じゃないだろうな」
「そのまさかだよ。我々が宮殿を出た直後、ハンターギルドを通じて出動要請があったらしい。陛下はそれを了承し、彼らを派遣したんだ」
「じゃあ、そこまで周到に準備されていたという事か?」
「まだ確証はないが、そう見て間違いはないだろうな…」
アルマハウドは深い溜め息をついた。
実際、現われたジャイアントが一体だけなら、普段通りアルマハウドが向かっていたはずだ。
しかし、複数という情報から、一人で対処するには少々難があり、適任者としてフランベルクの名前があがったらしい。
ただ、実質的な問題として、リーダーだったセシルを除いたメンバーの実力は、アルマハウドよりも劣る者たちばかりだ。
そのため、ジャイアントの人数がわからない以上、確実に仕留められるメンバーを選出するより、全員で向かうという結論に達した。
彼は決定に動物的な直感が働き、最悪の事態を想定して宮殿に詰めていた。
そうしたら今朝の出来事が起きたというわけだ。
「お二人とも、陛下が目を覚まされました。少しよろしいですかな?」
治療に当たっていた医者が僕らに声をかけてきた。
ベッドを見ると、皇帝が薄っすらと目を開けているのが見える。
まだ本調子とは程遠いが、意識だけは戻ったらしい。
「…二人とも…よいか。…心して聞け」
毒は顔の筋肉にも影響を及ぼしていた。
そのため、普段よりゆっくりとした口調になっている。
「…私は…間違って…いたのかも…しれん…。至急…エルフとも…和解に向けた…準備を…」
「陛下、無理はお止めください!お身体にさわります」
痛々しい様子を見てアルマハウドが口を挟んだ。
それでも皇帝は話を止めようとせず、彼を諭した。
「…よいのだ。…ドワーフとの…和解も進めねばならぬ…。あの男を止めるには…多くの助けが…必要だ…」
「では、ドワーフやエルフと和解し、助けを求めろと?」
「そうだ…。レイジ…そなたなら…私の願い…聞き届けてくれよう…。頼んだぞ…」
皇帝はそれだけ言うと深く目を閉じた。
『陛下!?』
「お二人とも、静かに!心配はいりません、薬が効いて眠られただけす。半日ほどすれば再び目覚められるでしょう」
医者に諭されて僕らは顔を見合った。
アルマハウドは恥ずかしさを紛らわすため、一つ咳払いをして目を逸らした。
「…レイジ、陛下の願いを叶えてはくれないか。私もできる限り協力する」
「あぁ。これは元々俺が始めたことだ。ようやく陛下に俺の思いが伝わったって事だろう?それに、お前の力は必要だ。嫌と言っても貸してもらうぞ?」
「フッ、安心しろ、この力、存分に使うがいい」
「ありがとな。そうと決まれば、まずはドワーフとの和解が先決だな」
物事には順序というものがある。
このままエルフとの和解を進める前に、ドワーフとのわだかまりを取り除いておかなければならない。
その条件として、人間がドワーフに持つ間違ったイメージを払拭する必要がある。
アルマハウドによれば、僕らがフォレストメイズに向かっている間、皇帝の指示で“経典”の改変作業が行われたそうだ。
その内容は、“ドワーフおよびエルフの間違った認識を改める”という文面が新たに書き加えられた。
現時点では、この内容を知る者も少ない。
それでも、教皇を使って効果的に周知すれば、帝都内であれば数日で浸透するだろうとの事だ。
「すでに根回しは出来ていたわけか。じゃあ、ハンターギルドにも伝わってるのか?」
「あぁ、すでに対策は取られているらしい。手配書が配られていたドワーフの懸賞金は全て取り消されたそうだ。依頼者には経典の内容が告げられ、相応の対価が支払われたらしい」
「相応のって言うところが曖昧なんだが、具体的には?」
「元々、討伐の依頼者は、“対象”から何らかの被害を受けた者が多い。しかし、ドワーフやエルフの場合は少し特殊なんだ。実際、姿を見かけただけで通報する者もいる」
「つまり、被害を受けていなくても報告するヤツが居るって事か」
「そうだ。以前までの常識では、ドワーフとエルフは存在自体が“悪”とされてきた。だから、姿を見かけただけでも討伐の依頼を出すものがあとを絶たないんだ」
「そういう事か…」
つまり、ギルド側は皇帝の命令で無差別にドワーフやエルフを殺害する事を禁じた。
その代わりに、今まで手配書が出回っていたモノに限っては、依頼者に弁済という形で相応の対価が支払われたらしい。
その金額は、おおむね懸賞金の三割だという。
これで納得できない依頼者には、皇帝自らがしたためた書状を手渡し、対価を支払ったそうだ。
皇帝のお墨付きである書状があれば、誰も文句は言えないという理屈らしい。
ある意味、理にかなったやり方のようにも思う。
もちろん、前世の常識で言えば、こんなやり方は間違っているのかもしれないが、ここは日本ではなくブレイターナだ。
「レイジ、ノースフィールドに向かう相談は改めてしよう。それより、一度家に帰った方がいい。半日以上も留守にして不安だろう?」
「…そうだな。悪い、そうさせてもらう」
アルマハウドの指摘は僕の心を見透かしていた。
むしろ、戦闘中からずっと頭の片隅にあった事だ。
サフラとニーナを信頼しているため、今までは気持ちを何とか押し殺していたが、彼の一言で感情が抑えられなくなっていた。
今は一刻も早く家に帰り、現状を確認したい気持ちでいっぱいだ。
家族の誰かに何らかの被害があったのではと考えると、冷静ではいられない。
アルマハウドに皇帝の事を頼み、急いで宮殿を後にした。
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意外(?)と欲求は強いほうです。(笑)
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