彼らの大敵
「昴、大丈夫?」
いとしいあの子は、今にも泣きそうな顔で、そう聞いてきた。そんなことは、こっちが問い詰めたい。出てくるなといったのに、出しゃばって。この、大馬鹿。
だが、怒る気にはならなかった。結局、この子の無茶も命知らずの行動も、いとしく思えてしまうのだ。
「バカ、お前だって危なかったのに」
「ごめんね。昴が危ないのに、自分だけ安全な場所で祈ってるだけなんて、やっぱり駄目だった」
「そっか。……手枷、引きちぎったのか?」
「うん。銃でぶっ飛ばすのが早かったんだけどね。昴を傷つけるやつらのために、一発でも多く残しておきたかったから」
そういって、エミリオは笑って両手首を昴に見せた。見事に赤黒く染まっていた。昴は、その手首に口づけた。
「痛かったろ?」
「痛くないよ」
エミリオは、自らの体を張って、追手の放った魔法をすべて打ち消した。
人間なら誰しも、魔法に関するものの影響を受ける。攻撃に使われるものならもちろんダメージを少なからず受ける。人間の身体構造はそういった出来なのだ。
それを、エミリオは破った。彼が人外生物だからではない。彼は、おそらく人類唯一の魔法を受け付けない人間なのだ。本人は、その重大さがわかっていない。せいぜい、この特質を利用して自分が昴の盾になれるという安直な考えだけだ。
「魔法が効かないなら、あとは僕の独断場だね」
「リオン……?」
「ごめんね、昴。またおいしいとこだけ持ってっちゃうけど、今回だけは、おあいこね」
エミリオはそのまま拳銃一丁だけを持って、敵地に突っ込んだ。敵たちは魔法を連発するが、体力を無駄に消費するだけで終わった。
銃で撃つならさっきの場所からでも、エミリオほどの腕前なら確実に倒せる。が、エミリオがあえて距離を縮めたのは、敵に対する大きすぎた憎悪が原因だった。
いとしいあの人を傷つけ、殺そうとしていた者たちに情けをかけられるほど、エミリオは正常な人間ではなかった。少しでも無残に殺してやりたい衝動に駆られていた。それを止められるものは、おそらくいない。無残に命を削られ、最後の一片を食われるまで、その憎悪は消えないのだ。
昴が加勢するまでもなく、敵は全員エミリオによって無残に殺された。最後の一人の最後の命まで、エミリオは容赦なく削り取っていた。
「昴!」
昴のもとへ戻ってきた殺人鬼は、もとの少年にと戻った。
「大丈夫?」
「バカ。そりゃこっちのセリフだ。ったく、いくら魔法が効かないからって無茶しやがって」
「ごめんね。でもさ、昴が危ないって思ったら、いてもたってもいられなくなって。その気持ち、昴ならわかるでしょう?」
「まーな。でも、これからはお互い危ないことはなるべく避けて行こうや」
「昴がそういうなら」
今いる追手をすべて片付けた二人は、ひとまず先ほどの廃墟に戻って一晩明かした。
朝を迎えて頭がすっきりしたためか、二人とも利口になっていた。もっとも、短絡的な行動に結びつくのは相変わらずではあったが。
「あのさ、これ以上危ない目に遭わないためにはさ、元を絶てばいいと思うんだよね」
「というと?」
「昴の追手の親玉を、この手で完膚なきまでにぶっ潰しちゃえばいいんだよ」
無邪気な笑顔で言うようなことではないが、エミリオは本気だった。
「なるほどなあ。でも、遠いぞ? ここは西の果ての島だろ? 俺の故郷は極東の島だ」
「大丈夫! 昴を守るためなら、手間も時間も惜しまないって」
「そうはいっても、こっちは二人だもんなあ。あっちだってそれなりの戦力は持ってるだろうし……」
「問題ないよ。死にそうになったら、迷わず僕を盾にして。こんな貧相な体でも、昴の盾にはなれる」
エミリオの言葉に迷いは微塵も含まれていなかった。盾というのは比喩ではない。文字通り、彼の身代わりに死ぬことだってかまわなかった。
「お前な……」
昴はあきれてエミリオの頭を小突いた。
「もし俺の盾になって、それで死んじまったら、もう一緒にいられなくなるんだぞ?」
「あ、そっか。じゃあ、死なないように頑張るから、親玉を殺しにいこう? 僕と昴ならできるよ」
「じゃあ、約束だぞ? お互いに、絶対、死なないこと。いいな?」
エミリオは力強くうなずいた。
かくして、狂った二人は敵の大将をつぶすため、昴の故郷である国へと赴いた。相手側も二人だけで敵陣に乗り込むとは思っていなかったらしく、彼らを負傷させるのは至難の業となった。親玉はそれななりに強かったが、心の歪んだ二人にはまるでかなわず、首を取られることになった。
この事件は国内で大きく取り扱われた。国の警察組織が全力を挙げて彼らをとっ捕まえんとつとめた。多くの犠牲を代償に、二人を確保することは一応はかなった。当然死刑。
しかし、二人は一緒に死ねないとわかると脱走や殺人を繰り返し、逃亡のたびに警察に捕まった。死刑を決め込まれているのはわかっているから、全力で脱走した。その繰り返しだった。
これ以上の犠牲を払うわけにはいかないと、警察組織は彼らをまた捕まえた。刑罰は死刑ではなかった。
二人を、誰もいない、何もない孤島に流すことに決めた。その孤島は、国から遠く離れていたし、船も出ていないようなところなので、彼らをそこに放り出せば国は安全だと悟ったのだ。彼らが本島へ来るとは思わない。二人は、お互いさえいればそれでいいというある種歪んだ愛情でできている。そんな彼らが、それ以上の欲を出すわけがなかった。
昴とエミリオはその案に喜んで承諾し、罪人の烙印を押されている立場なのも構わず孤島へと放り投げられた。
そこには本当に何もなかった。時々違法船が通り過ぎたり、上陸しようとしていたが、邪魔をするものとみなされそれらは例外なく皆殺しにされた。
その孤島は、ちょっとした都市伝説にもなっている。
近づけば殺されるという、ありきたりな都市伝説。
そこにいるのは、狂った愛情に支配された二人が、「幸せに」暮らしているだけなのに。
二人は、ずっと幸せに暮らしていた。
終わったー!! ヤンデレ×ヤンデレがついに終わったー!! 長かったー…… なんにせよ、連載をちゃんと完結できてよかったです。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!