第三章 幕の向こう側 第三話
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「最初は、たしかに私でした」
その声は、どこか遠くを見ていた。
「十六の頃です。少し熱を出しただけで、彼は駆けつけました。翌週も、翌月も。やがて私は気づいたのです。具合が悪いと言えば、彼は必ず来る」
彼女は笑った。
乾いた、ひび割れたような笑みだった。
「愚かでしょう?」
ディアナは何も言えなかった。
「幼かったのです。憧れていたから……」
その一言には、嘘がなかった。
「けれど、そのうち怖くなりました」
「怖い?」
「ええ」
マジスタは、茶器の縁を指でなぞる。
「私が『今日は来ないで』と言っても、来るのです」
その言葉に、ディアナは息を呑んだ。
「『もう元気です』と言っても、信じない。
『婚約者を優先してください』と言っても、笑う。
『僕が、自分で決めていなる訳ではない』と…」
部屋の空気が、少し冷えた気がした。
「……あみだくじ」
ディアナが呟くと、マジスタは頷いた。
「そう。彼は、それを免罪符にしているのです」
自分は選んでいない。
彼女が選んだのだ、と。
その言葉を繰り返しながら。
「ではあなたは――」
「断れなかった」
マジスタは視線を落とした。
「途中からは、共犯です。わかっています。あなたを傷つけていたことも」
その声音には、ようやく罪悪感があった。
「でも、やめられなかった」
「なぜ……?」
「彼が――怖いからです」
ディアナは、ルネの報告を思い出した。
従者が怯えていたこと。
怒鳴らないのに、怖いと言っていたこと。
それが、ようやく繋がった。
ハーバル・チョイスは、誰にも声を荒げない。
だが、自分の描いた筋書きが狂うことだけは、許さない。
静かに。
執拗に。
元へ戻そうとする。
その圧力こそが、人を怯えさせるのだ。
「……あなたも、被害者だったのね」
ディアナの口から出たその言葉に、マジスタは驚いたように顔を上げた。
「そう言われる資格はありません」
「……あるわ」
自分でも不思議だった。
つい数日前まで、この女を憎んでいたはずなのに。
だが今、目の前にいるのは恋敵ではなかった。
長く同じ檻に閉じ込められていた、もう一人の女だった。
「力を貸して――」
ディアナが言うと、マジスタは目を閉じた。
長い睫毛が震える。
その沈黙は短かった。
「……何をすれば?」
ディアナは、初めてはっきりと笑った。
「あなたが元気だと証明して」
◇
屋敷を出たあと、馬車の中で、ディアナはしばらく黙っていた。
フォースも何も言わなかった。
夕暮れが窓を橙色に染めている。
「私、ずっと――」
やがて彼女が口を開いた。
「彼女を憎んでいたの」
「ええ」
「彼女さえいなければって」
「当然です」
「でも違った」
ディアナは手袋を外し、膝の上で握りしめた。
「私は、彼に執着していたんじゃない」
自分の声が、少し震えているのが分かった。
「自分が間違っていなかったと、証明したかっただけだった……」
彼を愛していたからではない。
彼を失いたくなかったからでもない。
こんな男を選んでいた自分が、愚かではなかったと信じたかった。
そのために、ずっと「あたり」を求めていたのだ。
そのことに気づいた瞬間、胸のどこかが、ふっと軽くなった。
「それで十分ではないですか」
隣で、フォースが静かに言った。
「……気づいたのなら」
ディアナは顔を上げた。
「……あなたは、最初から分かっていたの?
「何をです?」
「私が、彼をもう好きじゃないこと――」
フォースは少し考え、それから穏やかに笑った。
「ええ」
「どうして?」
「あなたが、あみだくじに勝ちたがっているようにしか見えなかったからです」
その答えが可笑しくて、ディアナは思わず笑ってしまった。
久しぶりに、心から。
そして、その笑いの余韻の中で、彼女はふと思った。
次に引くあみだくじは、きっとこれまでとは違う。
今度こそ――
あれは彼を選ぶためのものではない。
彼から離れるための、一枚になるのだから。
破天荒幼女トーシャ! 〜達人級異世界転生者は今日も平常運転で世直し中〜
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