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口だけ勇者 ~剣も魔法も使えないので、言葉だけで異世界をひっくり返す~  作者: はなたろう
第1章 「口だけ勇者」誕生

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第13話 路地裏の少年

 路地の奥から、鈍い音が聞こえた。

 何かを力任せに踏みつける、重たい音だ。

 リーシャが仕入れに行っている間、気分転換に雨上がりの裏通りへと踏み込んでいた俺は、水たまりを避けながら音のする方へ視線を向けた。


 薄暗い石畳に、一人の少年が倒れていた。

 ボロボロの服。前髪の隙間から覗く瞳は、猫のような縦長の瞳孔。魔族の証だ。だが、その頭にあるはずの「角」は、根元から無い。


 小太りの商人が少年を何度も蹴りつけ、路地の奥では上等な服を着崩した三人の男がそれを見下ろしていた。胸には三日月のバッジ。ラド商会の連中だ。


「それぐらいにしておけ」


 思わず声が出た。声に出した瞬間、自分で少し驚いた。

 前世なら見て見ぬふりをしただろう。


「お、お前は……」


 男の一人が俺に気づき、あからさまに顔を強張らせた。しかし、すぐに何かを思いついたように、わざとらしく口角を吊り上げる。


「飛ぶ鳥を落とす勢いの、新星商会のコンサルタント殿じゃないか。こんな路地裏に散歩かい?」


 男は少年のそばにしゃがみ込むと、その懐から小さな布袋を乱暴に引きずり出してみせた。

 路地に、鋭い香りが広がる。


「おい、店主。このガキが、お前の倉庫から商品を盗もうとしていた。そうだな?」


「は、はいっ。 いや、その……! 間違いありません! この魔族の泥棒め!」


 商人が激しく怯えながら、ラド商会の男に同調する。その顔には、少年への怒りよりも、男たちへの強い恐怖が張り付いていた。

 男は満足げに頷き、ねちっこい視線を俺へと向けた。


「聞いたか、コンサルタント殿。こいつは泥棒だ。まさか『正義の』新星商会様は、こんな薄汚い魔族の泥棒を庇うつもりじゃないだろうな? もし庇えば……市場の連中がどう思うか、想像できるよな?」


 即興の芝居だろう。少年を見捨てれば胸糞の悪い敗北感を味わわされ、庇えば「泥棒の味方」として市場から排斥される。二択に見せかけた牽制だ。


 だが。


「あんた方のとっさに作ったシナリオは、少々『設定』が甘いようですね」


 俺は石畳を蹴り、穏やかだが通る声で言い放った。


「はぁ? 設定が甘いだと? 何を寝ぼけたことを――」


「そう焦らずに。まずは落ち着いて、この少年の足元を見ていただけますか」


 俺は蹲る少年の靴を指差した。


「今は雨上がりです。もし本当に彼が倉庫の裏を逃げ回っていたなら、靴には新しい泥がべっとりついているはずだ。ですが、彼の靴は完全に乾ききっている。つまり彼は最初から、この乾いた路地を歩いていただけだ。違いますか?」


 男の口が半開きになり、その頭上に【動揺】のアイコンが浮かび上がる。


「た、たまたま水たまりを避けただけかもしれないだろう!」


「では、もう一点」


 俺は一歩、圧力を感じさせない絶妙な距離まで歩み寄り、男の手元にある布袋を見つめた。


「その袋から、南方胡椒の香りがしますね」


 男の表情が、今度こそ完全に固まった。


「今、その最高級品をこの街で独占しているのはラド商会のはず。それがなぜ、こんな末端の小売店にあるんでしょうか。……なるほど、状況が見えましたよ」


 俺は冷たく男たちを見据えた。


「あんた方、ここで胡椒の横流しをしていたな? そこへたまたまこの少年が通りかかり、取引を見られたと思って口封じに痛めつけていた。そして私が現れたものだから、とっさに少年を『泥棒』に仕立て上げ、正当化すると同時に私を牽制しようとした……。即興にしては悪くない手ですが、ロジックとしてはひどく杜撰ですよ」


 決定的な沈黙が落ちた。

 男の顔から余裕が消え失せ、視線が激しく泳ぐ。


「貴様……!」


「お勧めはしませんよ」


 男が腰の短剣に手をかけた瞬間、俺はさらに声を低め、諭すように告げた。


「ここで私を刺せば、衛兵が介入する。そうなれば、店主の帳簿も、その胡椒の本当の『横流しルート』も、すべて洗われることになる。感情に任せてラド商会の幹部に横領がバレるリスクが、今のあんたに見合うリターンだとは到底思えませんが?」


 男の手が、柄の途中で止まった。

 怒りよりも、俺が提示した「巨大な損失」が上回ったのだ。


「……糞、覚えていろよ」


 忌々しげな舌打ちを残し、男は路地の奥へと消えた。不正な取引に加担させられていた商人も、慌てて姿を消す。


 路地に、元の静けさが戻った。


 ふう、と小さく息を吐き、俺は壁に背を預けて呼吸を整える。

 視線を落とすと、少年はまだ石畳に蹲ったまま、困惑と警戒の混じった目でこちらを見上げていた。


「立てるか?」


 あえて手は貸さない。突き放すためではなく、彼が自分の足で立ち上がる時間を待つためだ。少年は膝を震わせながらも、自力で立った。


「怪我の治療が先だが……その前に一つだけ。帰る家や、心配する親御さんはいるか?」


「角のない魔族のガキだぞ。帰る場所なんて、とうの昔になくなったよ」


 少年が、自嘲するように鼻で笑った。

 強がるその瞳の奥に、この街の底で味わってきた。少年は笑ったが、目だけは笑っていなかった。

 だが、過酷な路地裏を一人で生き抜いてきた彼の尊厳を、安っぽい同情で傷つけるわけにはいかない。

 俺は湧き上がる感情にコンサルタントの理屈で蓋をし、フラットな声で切り出した。


「なるほど。丁度よかった。有能な協力者を探していたんだ」


「は?」


「街の裏側に詳しく、そして何より、過酷な状況でも『口を割らない』人間を。お前はさっき、理不尽に痛めつけられても最後まで助けを呼ばなかった。……誤解しないでほしいんだが、私はその忍耐強さを買ったんだ。だから助けた。それだけだ」


 少年の目が、微かに細くなる。


(本当は、違う)


 抵抗できない子供が石畳に叩きつけられる光景が、理屈抜きで、ただ不愉快だった。それだけだ。

 だが、これはあくまでビジネスの顔で押し通す。


「私は慈善事業家ではないから、これは対等な取引だ。宿と食事、そして相応の給料を出す。同情ではなく、正当な報酬として」


 少年はしばらく、俺の顔をじっと見つめていた。

 やがて、頭上に浮かんでいた【不信】が、ゆっくりと霧散していく。


「飯は、毎日食えるのか?」


「ああ、約束しよう」


「肉も?」


「仕事に見合うだけ、たっぷりとな」


 沈黙。

 やがて、少年から小さく息が抜けた。


「乗ってやるよ。俺はノクトだ」


「俺はゼン。よろしくな、ノクト」


 俺は歩き出す。

 少し遅れて、水たまりを完璧に避け、気配を殺して歩く足音がついてきた。


 ラド商会との本格的な抗争は避けられない。

 だが、信頼できる人間が、一人増えた。

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