第1話 口先だけの攻撃
じりっ、と前髪が焼ける嫌な匂いがした。
鼻先からわずか数十センチ。
眩しく輝く魔法の炎を宿した杖の先端が、俺の顔面を正確に捉えている。
喉がカラカラに乾いていた。瞬きなんてできない。
このまま直撃すれば、俺の頭がこの世から消え去る。
「どきなさい。十秒後にあなたごと焼き払うわ」
ひどく平坦な、事務的な声だった。
冗談でも脅しでもない。
俺の視界の端――魔導師の女の頭上に浮かぶ半透明の文字が、絶望的な事実を突きつけている。
【感情排除】
俺の目には見えている。
感情が、ゲームアイコンのように空間へ浮かび上がっている。
これが俺のスキルだ。
便利かって? ああ、便利だよ。
目の前の女の瞳に、一かけらの迷いも慈悲も存在しないことまで、ご丁寧に通知してくれるんだから。
俺は臆病者だ。
正直、逃げたい。足がガクガクと震えている。
それでも俺は、この場から一歩も動かなかった。
動けなかったわけじゃない。ここで退けば、俺たちの街が吹き飛ぶ。
息を吸う。
一か八かのハッタリを吐き出す。
「あの巨大な魔物を見てみろ。体内に爆発性の油を溜め込んでいる。ここで極大魔法を撃ち込めば、大連鎖爆発が起きるぞ」
震えそうになる膝を気力だけで押さえ、氷のような女の目を真っ向から見据える。
「街は全焼。建物の修繕費、数年分の税収ゼロ。さらに国全体の流通に致命的な支障が出る。魔物を倒すために、国力を叩き落としてどうする。そんな赤字確定のプロジェクトが、お前の言う『効率』か!」
沈黙。
空気を焦がしていた炎の魔力が、ピタリと動きを止めた。
そうだ。
感情がない相手には、徹頭徹尾――冷徹な論理で攻めるしかない。
「対象は氷で足を止め、物理で砕け。爆発の連鎖を完全に封じ込めて、街への被害をゼロに抑える。どっちが完璧な効率か、計算してみろ」
数秒。
永遠と思える時間が流れた。
やがて女は微かに息を吐き、杖から魔力を完全に霧散させた。
「事後処理のコストや流通の維持を『勝利条件』に含めるなら、あなたの言う通りね。氷結魔法に切り替えるわ」
◇
俺の名前はゼン。
元・経営コンサルタント。そして現在、異世界の転生者。
剣の才能はない。魔法の才能もない。戦闘力はゼロ。
あるのは前世の経営コンサルの知識と、他人の感情が視えるという変なスキルだけだ。
周囲を見渡せば――
【被害無視】というアイコンが表示された脳筋勇者が、魔物を倒すついでに街の家屋を吹き飛ばした。
【暴力依存】を抱えた獣人戦士は、大盾を重機のように使い、馬車や屋台で築いたバリケードを木屑に変えた。
【自己否定】のメンヘラ系少女聖職者。
そして目の前の、【感情排除】の美人魔導師。
こいつらが、世界を救う救世主。
冗談じゃない。俺の目には、誰一人まともに見えなかった。
歩く災害だ。
でも、だからこそ。
言葉が通じない狂気には、冷徹な論理を叩きつけて食い止める。
心を視て、相手の急所めがけ言葉で殴る。
剣も魔法も持たない最弱の俺に、唯一できる攻撃。
どうしてこんな死地に立っているのか。
少々長いが――全部話そうか。最初から。




