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第44話 カイルの目覚め

自分は誰のために仕事をしているんだろう…?

どんな仕事が価値ある仕事なんだろう? …とカイルが考え始めます。

 カイルは城内に入り、騎士団宿舎へと向かった。受付で名前を言うと、受付担当の騎士が対応してくれる。


「カイル・エルノー。団長の兵隊だな。団長から聞いている。案内しよう」

 彼はカイルを連れて3階まで上がった。

「こっちの部屋だ。一人部屋だから、気兼ねなく使え」

 そう言って、担当の騎士は戻っていった。


 レンガの外壁。村では見ない漆喰の壁。ガラスもカイルの家よりも平らで質が良い。

 カイルは生まれてはじめて、都会の建物に住むことになった。大きな包みを肩から降ろして、服をハンガーにかけた。それからベッドに座って、固さを確かめる。自分の部屋のベッドよりも柔らかくて質が良い。


「ふう…」

 カイルはため息をついた。

 ミナがタンブリーに住みたいと言ったとき、自分は一生エルノーから出ないだろうと思ったのに、ミナよりも先にタンブリーに住むことになったのが不思議に思えた。


 食堂は時間のあるときは自由に使って良く、食事時でなくてもパンや果物、軽食が置かれていて、いつでも何かを食べることができる。給料が出て、訓練を受けられて、宿舎と食べ物が与えられる。これはかなりの好待遇だと思った。


(いや、命がかかっているんだから、こんなものか)

 とカイルは考え直した。


 集合時間までは少し時間があったので、カイルはベッドに横たわって、「シーラの加護」で受けた説明を思い出した。

(ブリア領がグリダッカルに売られる危機…)


 国が領地を売るなんて、カイルは考えたこともなかった。領主が日々こんな苦労をして領民を守っているとは、今まで想像したこともなかった。


 カイルは祝祭で見たアンドリオンを思い出す。

(俺とあまり変わらない年の男だった。外見は何も考えていないお坊ちゃんに見えて、国を守ることに必死だったんだ。だから、ミナに土木作業を早く進める案を求めていた)


 その話をミナから聞いた時、領主も無理難題を言う暴君かと思ったのだ。だから、祝祭のあと、ミナが領主を「優しい方」とスージャに言ったとき、スージャのための適当な嘘だとしか思わなかった。それは間違いだった。常に降りかかる外敵の脅威を払いのけようと、領主も必死なのだ。


(つまり、今の俺がとんでもないことに巻き込まれたのではなくて、そもそも脅威があったのに、知らずに生きてきたんだな…)


 村人の1人として生きていると、おそらく一生こういうことを知らないまま生きるのだろう。そして、突然やってくる侵略戦争に右往左往して、領主は何をやっているんだと非難するのだ。


「冒険者は命を懸けるから」と、自分はのんきではないつもりだった。でも、それは大きな間違いだった。

(俺は自分の生活のために自分の命を懸けていただけだ。でも、騎士団は、領地を守るために命を懸ける。視座が全然違う)

そう思うと、自分が今まで子供だったのだと気づいた。


カイルはラフカーンに憧れた。ただ強いだけではなく、何かが大きな魅力となっている。それはおそらく人間の大きさだ。

(おそらく、見ている世界が違うんだろうな…)


そう思ったとき、ミナのことが頭に浮かんだ。

(そうだ。ミナも見ている世界が違う。家族のことだけじゃなくて、社会全体を見ている)

そして、クスッと笑った。


(あいつのこと、バカだの阿呆だの天然だのと言ったけど、…俺のほうが子供だったな)

そう思うと、クスクスと笑いがこみ上げた。

「言っとくけど、私、カイルより年上なんだからね!」とプンプンしていたミナを思い出す。


 カイルはミナと添い遂げられればと、ときどき思う。でも、言い出せないのは、自分がまだ自分を大人だと認めていないからだ。


(ああ、そうか…)

カイルはふとエルンを思い出した。エルンはいつもカイルを憧れるような目で見る。そして、甘えるように声をかける。それが煩わしかった。無邪気さを装い、その本質は依存的だ。優しくしてもらえる相手を求めているただの子供。それがムカムカした。


(俺もエルンとたいして変わらない子供だったんだ。自分のことばかり考えて、他人のことはどうでもよかった)


 だが、まだ本当に自分が大人になれるのか、カイルには自信がなかった。

(大人になるっていうのは、身体でも強さでも富でもない。視座なのかもな…)

 それが今のところのカイルの結論だった。


「この世界が自分に望んでいることをする」

 それはおそらく、カイルが思っているよりも視座の高い考えなのだろう。


* * *


 ミナは再びエカーリアのところに来ていた。五日間の間に特急で仕上げた新しいドレスを着ていた。それは、前のような舞踏会用ではなく、もっとシンプルな貴族の普段着だ。


「ミナさん、今日は乗り物について詳しくお話くださいませ」

 エカーリアは最初と違って、とても興奮してミナを迎えた。

「かしこまりました。そう、乗り物に関しては、たくさんのお話ができましてよ」

ミナもワクワクして話し始めた。エカーリアのような動かない娘に、動くものの話をするのはとても良い教育になるからだ。


「まずは、前回お話しした飛行機について、もう少し詳しくお話ししますね…」

ミナは、飛行機がたくさんのいろいろな国に連れて行ってくれるという話をした。そして、たくさんの国々はみなさまざまな文化を持っており、建物のデザインも変われば、服装も違うし食べ物も異なる、信じる神も違うという話をした。移動すれば、多くの素晴らしいものが見られる、という話をすることで、エカーリアの頭の中に動きを採り入れようとしているのだ。


「で、ミナさんの国の文化はどうですの?」

「エカーリア様は文化に興味をお持ちなのですね。それは大変すばらしいことです。そのような本を読まれましたか?」

 ミナはときどき、エカーリアが話せるように話を振る。


「ええ、わたくしは本が好きなのです。でも、文化について書かれた本は多くはありません。それに、文字だけではよくわかりませんの」

「そうですね。もし、紙があれば、わたくしが絵を描いて差し上げましょう」

「え! 本当ですか? リラ、すぐに紙を持ってきて!」


 リラは大慌てで部下の侍女に命令し、紙と木炭のペンを持ってこさせた。

「良いですか? わたくしの国の教会はこのような形をしております」


 ミナは鳥居とお社の絵を描き、そこに巫女や着物の女性の絵を描いた。ミナは高校時代の美術の時間に描いた近所の神社の絵を思い出しながら描く。同じ構図だから、簡単に描ける。


「そして、飛行機はここから見ると、このくらいの大きさに見えます。そして、車という乗り物はこう…」

 どんどん付け足していく。

「まあ…。驚きました。これは馬がいないのに動くのですね?」

「そうです。おもしろいでしょう? 魔法のように、勝手に迎えに来て、勝手に目的地に連れて行ってくれるのです。世界にはいろいろあるのですよ」


 ついでに、電信柱や犬を連れて散歩する人、背景にはスカイツリーや富士山を描きこんだ。そして、その一つ一つを説明する。

「世界はなんておもしろいのでしょうか…」

 エカーリアはその絵を両手にとって顔を近づけ、じ~と眺めていた。


 その様子をしばらく見守りながら、ミナは言った。

「エカーリア様はこの国のこともまだ探検しておいでにならないと聞きました。この街の教会がどのような形をしているか、ご存じですか?」

「い、いいえ。存じません…」


「まあ、お城の建物とは似ていますね。石で作られ、塔があるところなどは。でも、実際にご覧になると、たとえばステンドグラスとか、神々のシンボルとかが興味深いと感じられるかもしれませんね」

「ええ…、ええ。わたくしも見てみたいと思うのですけど…」


 そこにリラが口をはさんだ。

「畏れながら申し上げます。エカーリア様は外に出られますと、不安になって息苦しくなっておしまいになるのでございます。ひどいときはめまいを起こされます。ですから、外に行くことはお勧めしておりません」


「まあ、そうですの?」

 とミナはエカーリアの顔を見つめる。

(パニック障害というやつか…)


 侍女にしてみれば、エカーリアが発作を起こすと自分たちの責任が問われる。だから、「余計なことを言うな」と言いたいのだろう。


「でも、エカーリア様は、本当は外に出たいのではありませんか?」

「ええ…、ええ。でもどうすればよいか、わからないのです」

 エカーリアは希望のある返事をした。それにミナは満足する。


「うふふ。慌てることはございません。わたくし、少しばかり武道の心得がございまして、身体づくりにも心得がございます。わたくしとご一緒に、身体づくりを学びませんか?」

「身体づくり?」


「はい、簡単な呼吸法でございます」

「呼吸法? 息をすることですか?」

「その通りでございます。息の仕方にも、良いやり方、良くないやり方がございます。ですから、良いやり方を覚えるのです」


「それを学ぶと、わたくしも発作が出なくなるでしょうか?」

「ええ、それはエカーリア様の努力次第ですが、可能でございます」

 ミナはそう言って、相手の努力を促した。


 ミナは大学で学んだ心理学の講座で、パニック障害が治っていく生徒を何人か見た。それは呼吸法ではなく、過去の思いの浄化なのだ。しかし、まずは呼吸法から始めるのがよいだろう。


「発作が出なくなったら、ミナさんが街を案内してくださいますか?」

「はい。もちろんでございます。とはいえ、わたくしもこの街を良く知っているわけではございませんので、案内人が別に必要ですが。アンドリオン様にお願いするのもよいですね」


「お兄様…」

 エカーリアの顔が少し曇った。

「お兄様ではだめですか?」

「いいえ…。でも、お兄様はわたくしがお嫌いなのでは…」


「そんなことを心配しておいでなのですね。まあアンドリオン様でなくても、他に案内人はいますから、今はそれを考えず、街に出る楽しみについて考えましょう」

「は、はい!」


 ミナにはとても素直なエカーリアなのであった。

 そのあと、ミナは立ち上がり、エカーリアも立たせ、合気道の呼吸法や足の動かし方などを教えたのだった。


 エカーリアのフリをしたり、関わっていくことで、ミナはだんだんと貴族の世界に踏み入れていった。

 それは、ミナの運命を変えていく序章だった。


人の視座の高さって見えない。


それは、上から下は見えるけど、下から上は見えないもの。


そのことに気づくと、世界が複層化して見えていくよ。今まで見えなかった世界があったように、今も見えない世界があるんだって…。


次は、アンドリオンが危険に…。


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