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第42話 領地の危機

やっと、本題に入ります。ブリア領はこのままでは他国に売られてしまう…。

 アンドリオンは城の中の領主の執務室へと向かっていた。祝祭の1週間後、領主の招集で臨時の防衛会議が行われる。全員が揃う一足先に、領主と話すのだ。


 衛兵が扉の前に二人並ぶ。アンドリオンが扉に近づくと、さっと扉を開けた。そのままさっさと中に入る。

「父上。おはようございます」

 領主カリディオンは執務机に座っていた。目の前にはたくさんの資料が広げられている。


「おお、アンドリオン。まあ、座れ」

 領主は執務机から会議用の大テーブルに移り、そこでアンドリオンをすぐそばに座らせる。


「そなたは素晴らしい仕事をした。あの城壁の強化をたった8日で終わらせるとは。よくやったな、アンドリオン」

 領主はアンドリオンの肩をポンポンと叩いた。息子にしかしない親愛の情だ。


「は、父上。すでに祝祭のあとにもお褒めいただきましたよ」

 アンドリオンは息子の顔になって、少し照れて笑った。うれしさが笑顔からあふれている。


「いや、何度でも褒めたくなるすばらしい仕事であった。今、資料を読み返しておったのだ。あの方法は良かった。今後も『ポロスの祝福』は使える。あちこちの、滞っている工事もはかどるであろうよ」


「はい。なかなかの名案でした。ミナが考えたのです」

「ああ、そのように言っておったな。…ミナか。フィルベラもあの娘を使いたいと言っていたが…」

「エカーリアの件ですね。…そうそう。ミナが申しておりました。自分は心の扱い方を学んだことがあると」

「ほう。そうなのか?」

「はい。ですから、きっとエカーリアのことも改善できるのではないかと思われます」


「ふむ。それはおもしろい。あの娘が現れたのも神のご加護であろうよ」

「はい。今年はまだ実験段階ですが、野菜の販売で税を取ることを広げれば、財政の問題も少しは解決できそうです」


「ふむ。いろいろなところで役に立つな。…しかし、あの娘、突然現れたのであれば、突然消えることもあるやもしれぬ。他領に行くことも考えられる。アンドリオン、あれを確保しておけよ」

「は。…確保でございますか?」


「ふむ。できれば、そなたの愛妾にでも…とも思うが、それでは逆に使い勝手が悪くなる。何かの地位を与えて、行政にかかわらせることができれば一番良いであろうが…」

「地位ですか…。王家ならば爵位を与えるところでしょうが…」


「ふむ。何かあの娘の喜ぶものを与えれば、ブリアのために忠誠を尽くしてくれるかもしれぬな…。今すぐでなくてもよいから、心に留めておけ」

「は、かしこまりました」


 そんな話をしているところへ、扉が開き、2人の男が入ってきた。

 それぞれ領主に挨拶し、席に着く。


「皆、ご苦労である。では、報告を聞こう」

「は、では、私から最新の動向を報告させていただきます」

 そう話し出したのは、騎士団長ラフカーンであった。


「『シーラの加護』の調べによれば、グリダッカルの例の作戦が失敗したため、かの国からの調査団が近々コブルーに来るということです。コブルー港を調査し、その買収額を検討するため、ということです」

「なんと…。そこまで話が進んでおるのか」

 領主が眉をひそめ、全員ため息をついた。


 グリダッカルはこのアラゴンキアの北にある隣国で、過去数百年にわたり、何度も侵略戦争を起こしている。グリダッカルは海に面していないため、一番近いアラゴンキアの港を奪取したいのだ。

 特に、最近は航海術が革命的に進み、港の重要性が増したため、侵略の頻度が増した。そして、狙われているのがグリダッカルより一番アクセスの良いブリア領内のコブルー港なのである。


 現アラゴンキア王であるメンデラスはブリア領を守ろうと、王軍をブリアまで送り、ブリア軍と共に侵略をことごとく阻止してきた。そのメンデラスはすでに70歳。譲位はそろそろだと言われている。


 しかし、次の王である王太子アルーストはブリア領を切り捨てようとしている。アラゴンキアにとっては、港は他の領地にもある。ブリア領ひとつのためにいつまでもグリダッカルに侵略戦争を吹っ掛けられてはたまらない、というわけだ。

 そのため、アル―ストは王位に着いたらブリア領をグリダッカルに売却する計画を公言していた。


これを知って、ブリア侯カリディオンが激怒したのは言うまでもない。アラゴンキアに貢献してきた今までの功績を無にするのかと、カリディオンはアル―ストを憎悪した。


アルースト王の時代がくれば、ブリア領は他国に売られてしまう。

ブリア侯は第二王子であるレオストにひそかに訴え、王位簒奪を勧めているのだ。


 それと同時に、ブリア領を売っては損をすると思われるような豊かな領地にならなければならない。そういう時期に、ミナの定期便の案は一条の光だったのである。


 グリダッカルの例の作戦とは、グリダッカルがブリア城の西側の山を崩して城壁を埋め、一気に城を攻略する作戦である。だが、アンドリオンの活躍で予定よりも早く城壁が強化されたため、この作戦がついえたことを悟ったようだ。


 それではと、代案である買収案を急ぎ進めたということである。つまり、力でブリア領を抑えるのではなく、次期王アル―ストとの交渉で買収しようとしているのである。


「それにしても動きが速い。これはどういうことか?」

 そう言ったのは、軍最高司令官のクレストン伯爵レイダールである。有事には騎士団を含め、常備兵も農民兵もすべてを統括する地位にある。


「グリダッカルも意見が分かれているということです。従来の侵略派と、アル―スト様の案に乗っかる買収派、それぞれの勢力が独自に動いているようです。侵略派が失敗したのを見て、買収派がすかさず動き出したのでしょう。そして、困ったことに最近、もう一つの派閥ができました」


ラフカーンが一呼吸おく。三人とも次の言葉を待っている。

「領主一族暗殺派です」

「な、なんと?!」

 アンドリオンは思わず声を上げた。

「実際に狙うのは領主と嫡男、カリディオン様とアンドリオン様だと思われますが、それが難しい場合、夫人や令嬢を人質にする、ということも考えられます」

「むむむ…」


 クレストン伯も奥歯をかみしめる。

「…そうか…。再びあの悪夢が…」

 領主は力なくため息をつき、肩を落とした。領主暗殺派は過去にも出てきたことがあったのだ。


「とすると、こちらが打てる次なる手は…」

 伯爵が顔を上げてラフカーンを見る。


「はい。調査団の入領を阻止するには、検問を厳しくすることが必要です。とはいえ、彼らはすでにこのアラゴンキアの商人たちと結託しておりますので、見分けるのが難しいというのが問題です」

「ということは、調査団が入るのは避けられぬということか」

 ラフカーンの言葉を受けてアンドリオンが考え込む。


「アルースト様はブリアの代金としていったいいくらを提示するおつもりなのだ」

 伯爵が苦々しそうに言う。

「もし、その金額に互いのずれがあれば…」


 アンドリオンがラフカーンを見る。

「そうなれば、やはり侵略してくるでしょうな」

「逆に金額に合意すれば?」

アンドリオンがさらに尋ねる。

「まだ国王陛下が譲位なさらなくても、王太子はブリア割譲の密約を結ぶでしょう」

「うむ…」


 ラフカーンの言葉に、領主も深く頷く。

「ということは、いずれにしても第二王子レオスト様を支援するしかあるまい。アル―スト様が王にさえならなければ、密約に意味がないからな」

領主は決意を込めた声でそう言うと、深いため息をついた。


「しかし…」

そして、無念そうに続けた。

「他領にしてみれば、ブリアのためにいつまでも戦い、国を疲弊させるくらいならいっそブリアを切り離す、という選択をするのはやむをえまい。だから、王太子派が多いのだ…」

 皆一同に肩を落として考え込む。


「孤軍奮闘とはこのことか」

 アンドリオンが嘆きをもらす。


「はい。調査団だけならまだましなのですが、もしタンブリー内に暗殺派が入り込んだら…」

 ラフカーンが言う。

「その可能性があるのか?」


「もちろんです。暗殺派ができたのではあれば、そこに一番注意すべきでしょう。侵略戦争の兆しはいくらでも見ることができます。兵の移動、武器の需要、兵站から察することができますが、暗殺者の動向を察するのはかなり難しいことですので」


「父上、お気を付けくださいませ」

と、アンドリオンが領主を振り返り、心配顔で言う。


「アンドリオン様こそ、お気をつけくださいませ。領主は城をお出にならないが、アンドリオン様は城を出る用事が多くございます。暗殺者が城内に入り込むのは難しいでしょうから、狙うは城を出たときでございます」

 ラフカーンが指摘する。


「うむ。そうだな…」

 今度は領主が心配顔で息子を見る。

「う~む…何か良い案はないものか…。平和をもたらす名案は…」


 領主のつぶやきに、アンドリオンの頭の中ではミナの顔が浮かんでいた。

(いや、さすがにミナでもこればかりは…)

 アンドリオンはミナに頼ろうとする自分の考えを否定した。


               * * *


 翌日、カイルは今日もフライアに連れられて、「シーラの加護」に行く。

「入るわよ」

 そう言って扉を開けると、今日はラフカーンがいた。いつものメローとカリス、ナッシュもいる。


「よう、カイル。久しぶりだな」

 ラフカーンは笑った。カイルが騎士団に入ってから1か月半も経つ。本当に久しぶりだった。何しろ、勝率が上がらないのでラフカーンに相手をまだしてもらっていない。それでもかなりの訓練にはなっているのだが。


「カイル、初仕事をしてもらいたい」

「はい…」

 フライア、カイルもテーブルについた。

「話は聞いていると思うが…」とラフカーンは切り出した。


「だいぶきな臭くなってきた。グリダッカルの者たちがこっそりブリア領境界線の検問を通過するかもしれん。グリダッカル人はそもそもアラゴンキアに入国禁止だから、検問で捕まえて投獄することができるが、それをすり抜けた者たちを捕まえなくてはならん。


 彼らは二派に分かれる。一つはコブルー港に向かう連中。こちらはコブルーの値踏みのために調査をするのが目的だ。彼らは危険ではないが、捕まえられるものなら捕まえたい。そして、もう一方は、タンブリーに来る暗殺者だ」


(暗殺者?)

 カイルは眉をひそめた。まったくきな臭い話だった。

「君たちに頼みたいのはこちらの仕事だ。暗殺者の目的は、領主カリディオン様、またはアンドリオン様の暗殺だと思われる。しかし、それが不可能だと知ると、奥方や令嬢をさらう可能性がある。

 もちろん、基本的に護衛は騎士団がするので、君たちの仕事は、街の中に潜む怪しいものをみつけて捕らえることだ。暗殺者であることが確定したら、殺してもかまわん」


「そ、それはどのくらいの期間、探索するのですか?」

カイルはラフカーンに尋ねた。


「うむ…。それはこの件が片付くまで。…つまり、今のところほぼ無期限だ。もちろん、交代でおこなうから、そんなに心配はない。カイル、お前は冒険者だ。報酬は別枠で払おう。…指導料を抜いてな」

 ラフカーンはにやりと笑った。


「騎士団は腕は立つが、貴族出身が多くてな。こういう隠密行動は苦手なのだ。お前は魔物を狩るのだから、気配を消すのは慣れているだろう?」

「…はい」


「頼んだぞ。フライア、指導してやれよ」

「わかったわ。…たっぷりと教えてあげる」

 フライアは流し目でカイルを見た。


(この女…苦手だ…)

 カイルは少しうんざりした。


 カイルはまだ、初任務でどんな危険があるか、想像もしていなかった。


タダより怖いものはない。…カイル、危険な任務を命じられます。


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