第37話 村対抗戦
村から人夫が集まらない。12月までに城壁を高くしなければならない。
…こんなとき、どうする?
アンドリオンは胃が痛くなるような日々を送っていた。父の命で西側の城壁を高くしなければならない。それも、12月末までにだ。人足を集めたが、必要な数がまったく足りない。
冬場には農業ができないので、人足は集まるが、城壁は12月末までに仕上げなければならない。自発的に人足が来るのを待っていては遅いのだ。
再びミナの手を借りるか? それとも別の方法で…? アンドリオンは葛藤する。
「そなたら。何か良い案はないのか」
城壁工事の担当である役人たちを並べて、報奨について案を出せようとした。壁に名前を入れるのは良いが、それは現地に来た時の報奨であって、まずはこの労役を村人たちに選ばせることから始めなければならない。
「は、畏れながら、今年の労役の期間は始まったばかりでございます。まだまだ今のうちに参加しようとするものは少なく、きつい労働となる城壁の工事は避けられてしまい…」
「それはわかっている。だからこそ策が必要なのだ。この現場を選びたくなる策だ」
役人たちはみな、下を向いてうなっている。
もうお手上げだった。仕方がない。再びミナを呼ぶしかない。つい一週間前に河岸へ連れていき、そのあとミナの指導を受けたのだ。だが、それを生かせない自分がふがいない。
(ミナは怒るだろうな…)と思いつつ、頼らざるを得ない。最初はからかうほどの余裕があったのだが、今ではなぜかミナのご機嫌をうかがう自分になっている。
(「この忙しいのに、また呼び出した!」と、また目を三角にして嫌な顔をするぞ…)
機嫌を損ねるとなんのかんのと言って来てくれなくなると困る。
(呼び出す、…呼び出さない、…呼び出す…、目を三角にする…、ぐぐ…ジレンマだ…)
突然、ジレンマが止まる。
「ミナを呼べ…」
アンドリオンは侍従に悔しそうな声で言った。
「報酬をはずむから、と伝えろ」
「はは、かしこまりました」
侍従はいつものように下がっていく。
「ま、待て!」
「は?」
侍従が慌てて振り返る。
「私が馬車で迎えに行く。馬車を用意しろ」
* * *
こうして、アンドリオンは村役場まで四頭立て馬車でやってきた。ガルベルトは青ざめ、ジャービスは机の陰に隠れてみつからないようにしている。ドナオンはちょうど留守で幸いだった。
しかし、アンドリオンはさすがにそこで降りることはせず、馬車の中でミナを待つ。
ミナはまたひそかに怒り心頭だ。
(なに、この無茶ぶりは! 今日やるはずだった仕事ができないじゃない!)
しかも、めったに見ない四頭立ての豪華な馬車が村にやってきたので、村人たちがぞろぞろと見にやってくる。
「リントンさん、申し訳ありません…」
「ああ、ミナさん、大丈夫です。あとは私がやっておきますから、アンドリオン様の御用を済ませてください」
「は、はい…」
(リントンさんはいい人だ…)
迎えの馬車に乗ろうかと思ったが、ハッと気づく。タンブリーに行くときはカイルに買ってもらった高級な服を着ているが、今は違う。さすがに、古ぼけた服ではあの馬車に乗るのに気がひける。
「あの、アンドリオン様。家に戻って、着替えてきてもよろしいでしょうか。さすがにこの服では…」
家までは馬車は通れないから、歩きで行き帰りするとそれだけで40分はかかる。
「いや、服などどうでも良いから、さっさと乗れ」
(いや、私が恥ずかしいんですけど…)と思ったが、見逃してくれそうもないので、しかたなく乗ることにした。
「城には女の服などいくらでもあるだろう。リドリーに用意させる」
リドリーとはあの侍女のことだろうとミナは思った。
馬車の中でアンドリオンは説明を始めた。
「すでに現場にいるものたちの奮起のさせかたは前回のやり方で理解した。しかし、まずは集める段階からなのだ。そこから指導を請いたい」
アンドリオンは上から威圧するわけでもなく、素直にミナの教えを請うという。そこにはミナも少しほだされた。
(この人、ちょっと変わったな…)
「かしこまりました。とりあえず、考えさせていただきます」
道々、アンドリオンは工事の内容を細かく説明した。
要するに、12月末までに今の城壁を2倍の高さにするということだ。もともと西側には山があり、崖になっているため、敵が襲ってくることを想定していない。だから、今の城壁は土砂崩れを防ぐものなのだ。しかし、土砂崩れが起きたとして、そこに敵が攻めてきたら、城壁をすぐに超えられてしまう。その危険性に気づき、城壁を高くするのだという。
石は夏までに石切り場から運び込んだが、秋にはそれを積み上げる作業に入る。
(村人たちが参加したくなるような企画か…)
四頭馬車はあっという間にタンブリーに着き、そこからまず城に入り、ミナを着替えさせる。アンドリオンは10分で着替えて、城の中の会議室に来いと言う。
(めちゃくちゃだわよ…)
リドリーが走りまわって持ってきたのは、侍女の制服である紺色の無地のドレスと、それをごまかすためのピンクのレースの肩掛けだ。まあ、これでも擦り切れたお古の服よりはましだろう。レースの肩掛けを持ってきたリドリーの機転に感心した。
(この子、愛想がないけど有能だわ。さすが、次期領主の側仕えやっているだけあるな)
ミナは会議室に入る。そこにいたのはアンドリオンと、建築部の役人五人だった。
「工事の資料を見せていただけますか?」
役人がくるくると巻いた紙を広げる。
それは城壁の設計図と行程表だった。そして、どの作業に何人必要かが書いてある。ミナはその人数を計算した。
「つまり、延べ2400人が必要なのですね。12の村から5人は出てくれないと困るとおっしゃっていましたが…」
「ああ、だが今は5人も集まっておらぬ」
アンドリオンが腕を組んでため息を吐く。
「仮に12の村から5人が来たとしても、60人。40日かかりますね。まあ、ギリギリ間に合わなくはないかもしれませんね」
ミナは頭の中で簡単に計算した。今は10月半ばだ。
「でも、もし12の村から20人が集まれば…」
「なに?」
「10日で済むということですね」
ミナは役人の顔を見て、確認した。
「はい、それは可能です。石を積むだけですから、途中で時間をおかなければ先に進めない作業というものはございません」
「わかりました」
ミナは図面をじっくりと見た。そして、細い木炭で、いくつかの印をつけた。
「何の印だ?」
アンドリオンが横から覗く。
「城壁をこの部分で分けますと、12に分けられます」
ミナは図面の印を指さした。
「各村から20人を出してもらい、12組の人夫たちを競わせるのです」
「競わせる? どうやって」
「村対抗戦です」
「村…対抗…戦?」
「はい」
アンドリオンは眉をひそめてまったくわからないという顔をしている。
ミナの頭の中にあるのは、中世ヨーロッパでよく行われた地区対抗戦の競技だ。
ミナは実際に、イタリアのシエナで今もおこなわれるパリオという競馬競技を見たことがあった。地区の名誉をかけて村人たちが競争するのだ。
「まず、村にこのように言うのです。
『この度、村の若者たちの力を競う力試し会を行う』と。ただ力だけではなく、村人たちの連携、それからリーダーの統率力などを競う会であると。
12の村がそれぞれに選ばれた者を出し、村対抗で競争をする。そして、優勝した村には、領主様からお褒めの言葉と褒美の酒、村役場の正面に飾る名誉のイコン…板絵を授けると。
おしくも優勝できなかった村も、参加者は皆、城壁に思い思いの言葉を刻むことができると。
いかがですか? 多少のお金はかかりますが、板絵とひと樽の酒を出せばよいのです」
「なるほど…。それは労役ではないのだな?」
「はい、労役とは言わず、自衛力を上げるための村の行事であると強調して、精鋭を出すように促します。それを労役としたいものは受け入れるのも良いでしょう。
そして、労役でないものは、来年分の労役が不要になるという証明を与えると良いでしょう」
「ふむ。悪くない…」
アンドリオンは役人たちを得意げに見回した。「策とはこういうものだ」と言いたげだ。
「また、評価基準を最初に明確にします。速さのみならず、仕上がりの良さ、堅牢さなどが基準となるでしょう。そして、アンドリオン様には、作業に取り掛かる前に、開会式を宣言し、この村対抗戦の意義を語っていただきます」
「意義とは?」
「この対抗戦をすることで、村は何が得られるかということです」
「城壁づくりに貢献できるとか?」
「いえ、それはこちらの都合。
村にとっての意義は、村人の交流ができ、村人が一致団結して立ち向かう訓練ができ、リーダーが統率力を身につけられ、どのようにすれば作業が効率よくできるかという工夫をみんなで考える機会が与えられる、などです。
もちろん、優勝すれば村の名誉が得られます」
「なるほど。あくまでも村のために行う行事なのだな」
「さようでございます」
「ふむ…。今から触れを出し、村がそれに応じて人を集めるとなると…それで2週間はかかるな」
「祝祭の日の前に終わるようにすれば、祝祭のときに参加者をたくさんの人の前で表彰できます。それに参加できるだけでも皆うれしくなるでしょう」
祝祭は11月15日だ。天候が悪い日があっても十分終わるだろう。おそらく工事は10日もかかるまい。
「なるほど。今から始めて、祝祭前には終わるということか」
やっとアンドリオンの顔が明るくなってきた。
「よし、その手で行くぞ。よくやった、ミナ」
「お褒めいただき、恐縮でございます」
ミナは一礼し、誇らかに顔を上げた。
アンドリオンは、ミナの都合を理解した。
(そうか。すぐ来いと言っても、服がない、足がない。いろいろと難しいのだな…。だったら…)
アンドリオンはミナを取り込むことに、いろいろと頭を使うのだった。
頭の中はいろいろな情報の図書館。目的があれば、それをくみ上げて、どんどん解決策が生まれます。
次は、村人のインセンティブとして企画した婚活ツアー。なんと、行先は…
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