第38話 大商人の心揺れる提案
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、なぜか異世界に来てしまった。そして、なんとか生活力を身につけようと、野菜買い取り事業をする商会を作った。領主の息子、大商人バンリオルを巻き込み、どんどんと彼らとのつながりが強くなっていく…。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
お茶のお替りをいただきながら、しばらく時間が過ぎたころ、執事が前に進み出て、告げた。
「旦那様は普段、ご不在でいらっしゃいますが、今日は運よくご在宅です。旦那様がみなさまにご挨拶をさせていただきます」
一気に談笑から緊張に変わり、みんなが青ざめる。
(ど、どうしよう…)と全員が心の中で思ったに違いない。ミナもその一人である。
(ば、ばれなきゃいいかな…。いや、ガナスさんのそばにいるんだから、ばれるか…)
ガナスと離れて、参加者の席にレイと一緒に紛れ込みたかったが、遅かった。
「やあ、皆さん、お楽しみいただいてますか? バンリオル邸にようこそ」
この家の主人という男が高級な衣服に身を包み、さっと登場した。
そして、ミナの前に立ち、一礼する。
「ようこそ、ミナさん」
(あっ…………)
ミナには見覚えのある男だった。
膝近くまである長い貴族風の上着に、首元には太めの白いリボン。服装はまったく異なるが、特徴のある一文字の眉はどう見てもリックだった。
「よ、よ、よ…」
思わず立ち上がったが、何を言うべきか、頭が真っ白になってしまって、言葉が出ない。
「こ、こ、こ…」
今度は(この度はお招きいただき…)と言いたいのに、言葉が出ない。
「あ、リックさん、こんにちは。お茶、いただいてます!」
レイが立ち上がって、代わりに挨拶した。
「ああ、こんにちは。…ミナさんを驚かせてしまったようですね」
ミナの手を取って、一歩歩かせた。
「皆さんはどうぞお茶を楽しんでください」
全員、あっけに取られて呆けていたが、その言葉でさっと立ち上がり、一礼してまた座った。しかし、誰も声が出せず、静まり返っている。
リックはミナの手を取って歩かせながら、東屋へと向かった。すでにティーセットが用意され、後ろから侍女がポットを持ってついてくる。
ミナは合気道の呼吸法を思い出し、深呼吸した。鼻から吸って、口から吐く。
「足元、お気を付けください」
段差の前でそう言いながら、リックはミナを東屋に入れ、椅子に座らせた。
「あ、あの…」
やっと頭が働きだした。リックは向かいに座り、侍女がお茶を注ぐ。
「この度は、このようなご歓待をいただき、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらも大いに楽しませていただいておりますよ。それに…」
リックは一呼吸おいて、ニコリとして続けた。
「ミナさんはもうお気づきでしょう? 移動販売の件、すでに稼働中であることを」
「あ、はい」
「ま、そのお礼です。大変好評ですので」
「そ、そうですか…」
まだ戸惑いを見せるミナに、リックははっと気づいたかのように姿勢を正した。
「失礼。まだ正式にご挨拶しておりませんでした。バンリオル商会の、ボリック・バンリオルです。お見知りおきを」
そう言って、座ったままきれいな一礼をした。
ミナも思い出した。自分も正式に名前を言っていなかった。向こうが勝手に名前を知っていたのだ。ミナは立ち上がった。
「ミナ・クロエです。定期便では大変お世話になっております。心から感謝いたします」
ミナのつんつんした態度の謝罪については触れないことにした。今から別人になるしかない。
「これはご丁寧に…」
ボリックは優し気な微笑みを返した。
「ミナさん、移動販売について、詳しくご存じですか?」
「いえ、詳しくは存じませんが、野菜だけでなく、乳製品や油なども販売していらっしゃるとか」
「ええ、そうです。よくご存じですね」
「すばらしいと思います。それはもう、私の発案を超えています。さすが、手広く商売をなさっているだけありますね」
「ええ、地の利もあります。タンブリーにはいくらでも物が集まりますからね」
「そうですね…」
本当にそうなのだ。エルノーでは、どこに行くにも遠すぎて、他の村へのアクセスはかなり難しい。だから、うちで扱うものはエルノーで獲れたものに限られる。
タンブリーで仕入れていたら、当然二次卸となり利益がない。
「ミナさんは今住んでいるところは、ご実家ではないのですよね?」
「え? ええ」
「ご結婚して入られた家でもない」
「はい」
「では、タンブリーの街に住むという選択もできるのでは?」
「え、ええ。そうかもしれません」
「よろしかったら、うちの一部屋をお貸ししますよ。部屋は余っていますから。別棟になっているところもございますし。気兼ねなく過ごせますよ」
ボリックは首を傾けてほほ笑んだ。
「え?」
ミナはふっと不安がよぎった。
(あの家を離れる…)
空想では街に住むことにあこがれていたのに、現実味を帯びると、急に寂しくなる。
(カイルと離れる…)
急に太陽が雲に隠れて、心が曇っていくようだった。
* * *
ミナは夕方の薄暗い部屋でベッドに寝転んでため息をついていた。
婚活ツアーは滞りなく終わり、みんな魔法に掛けられたような幸せな気分で家に帰って行った。あの中からカップルが生まれるのは必然だろう。
ガナスも肩の荷が下りたようで、ほっとしていた。まあ、みんなうまく行ったということだろう。
しかし、ミナは心が重かった。
(街に住む…カイルがいない…街で暮らす…カイルと離れる…)
似たような言葉が頭の中に繰り返し浮かび、ぼうっとしていた。
「ミナ」
部屋の外からカイルの声がする。
ミナは飛び上がって起きて、扉を開いた。
「カイル、お帰りなさい」
最近、カイルは毎日のように街に行って、騎士団で訓練をしている。狩りには行っていないのだ。
「ミナ、何かあったのか? レイが心配してた。急にミナの元気がなくなったって」
「う、うん…」
ミナはベッドに座り、カイルはいつものように椅子に逆向きに座る。
「何かあったっていうよりも…」
そこで言葉が止まった。カイルは続きを待っている。
「あのね…」
また言葉が止まる。カイルは首を傾けて言葉を待っている。
「未来が見えてくると、不安になるってこと、ない?」
「ああ、あるな。しょっちゅう見えてるし」
ミナはカイルを振り返った。
「あ、そうか。そうだよね」
そう、カイルは戦いに入ると未来視ができるのだった。言葉を間違えた。
「前にね、街に住もうと思っているって言ったでしょ?」
「ああ、言ってたな。それが便利だって」
「うん…」
またしばらく黙ってしまった。
「街に住むのか?」
カイルのほうが口を開く。
「わからない…。やっぱり街に住むと、……寂しいかな」
「住めばいい」
「え?」
「俺も街に行くかもしれない」
「それ、街に住むかもしれないってこと?」
「ああ」
「ほ、ほんと?!」
「…たぶん」
「カイルが街に住むなら、私も街に住む」
「それ、ミナらしくない。いつだって自分の思い通りに生きたいくせに」
「う…」
「もう一度、ゼロから考えろ。俺だって、街に一年もいないかもしれないしな。人に依存していたら判断を間違うぞ」
「おっしゃるとおりです。…すみませんでした」
俯いて素直に反省するミナを見て、カイルはクスッと笑った。
「ミナは前に言ってたろ?」
「何?」
「『この世界が私に望んでいることをするんだ』って」
「えっ、言ったっけ?」
「ああ、部屋で一人で叫んでた」
「ええ~?! 聞かれてた~?!」
(うう~、すごく恥ずかしい…)
赤くなったほほを両手で隠した。
「もう一回、その気持ちで考えろ」
ミナは大きく息を吐いた。
「うん、…わかった。ありがとう」
「さ、めし、いくぞ」
「うん…」
一緒に部屋を出て、食堂へ向かう。
(カイル、やっぱり私の家族だ…)
未来の領主アンドリオン、王都の大商人バンリオル。この二人と共に、ミナはブリアを繁栄に導き、侵略を阻止する。その役者がやっとそろいました…。
用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業する。のちのブリア侯行政顧問
ガナス …ミミと共に働く財務官
レイ … ミナの思い人カイルの弟
タンブリー … 領主の城のある街
ボリック・バンリオル…ミナの商会の大手の顧客。こっそりとミナを調べていた。またの名をリック。
カイル …ミナを助けた冒険者でミナの思い人
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