第36話 カイルの挑戦
人を使う基本。アンドリオンには難しそうです…。
アンドリオンは河岸の件で、ミナから人の使い方を学んだ。ミナが言った言葉を何度も反芻し、自分なりにまとめた。
「まず、労をねぎらう」
「感謝する」
「思いやる」
「提案をし、選ばせる」
「選んだ先の未来を思い浮かばせる」
「自分で決めさせる」
(う~む…)
やり方はわかったが、自分がすらすらと言えるかとなると、難しい。つまり、ミナの役割をする誰かが必要なのだ。
そして、これを城壁の強化に応用しなければならない。こちらはまだ始まってもおらず、これからなのだ。
「仕方がない。今いる人材を育てるか…」
城壁ならば、護岸の石に名を刻むのと同じやり方が使える。
あと、ミナに言われたのは、役人側が敵に回らないようにすることだ。
力仕事をさせながら、怒鳴って指示すれば、自分が奴隷にされたと感じるのは当たり前である。
仕事が終わったら必ず毎日、「よくやってくれた」と褒めることを徹底しろと言っていた。
これがまた難しい。
今まで威張っていた役人たちがそれを言えるのか…。
しかし、実際にミナがやったことを思えば、これは税を節約したことであり、逆に言えば、税収増なのだ。言い換えると、領内の人口を増やしたとも言える。つまり、領地の力を上げるに等しい。
人の使い方ひとつで、かかる費用がこれほどに変わるならば、それを学ぶのが得だろう。
「教育が必要なのだな。人を動かすための技術を習得した人材を育てねばならん」
しかし、アンドリオンはそんな人材が育つのは遠い道であるような気がした。
(ミナがいれば…)
そばに置くことができたら、どれだけ便利か。
(しかし、あの娘は頑固だ。嫌だと思ったらとことん嫌だろうな…)
深いため息をつきながら、思いを巡らすアンドリオンだった。
* * *
ミナはレイと共に、納入が終わった後、いつものように市場にいた。前にリックが言っていた言葉が気になっていたのだ。あれから1か月ちょっと。トージャーが言うには、プライク商会にも特に問題は起きていなかった。
野菜を売る業者が定期便のせいであぶれているとしても、今は野菜が一番よく売れる時期なので、結局どこかで売れているのだろう。また、祝祭が近づくと野菜が足りなくなることもあるくらいだから、祝祭が終わるまでは問題がないかもしれない。
「ミナ、あれ見て」
レイが広場から伸びる通りの一つを指さした。それは野菜を乗せた屋根付きの荷馬車だ。
「あの荷馬車、さっき、そこの飯屋に停まってたよ。野菜を売っているんじゃないか?」
「え、そうなの?」
レイと二人で、こっそりと荷馬車の後ろをついていくことにした。荷馬車をよく観察すると、「リックの動く八百屋」と書いてある。
「リックだって! あの人だろ? マロのステーキの…」
レイが変な思い出し方をする。
「うん。そうみたいね…。あの人、本当に始めたんだ。それにしても動きが早い。びっくりね。これは相当な資本か人脈を持っているってことよ」
「いったい、何者なんだろうな…。あの店、夜にならないと開かないし、あれから俺たち、あの人、見てないよね」
「うん…。ま、勝手にやってくれればそれでいいけど…。あぶれた業者に仕事を与えてくれているんだし。こっちは助かるわ」
「そっか」
荷馬車は別の飯屋の前に停まり、御者は野菜を積み下ろして飯屋の中に入っていく。しばらくすると、御者が飯屋から戻ってきて、また荷馬車は動き出した。
「ちょっとあの店に偵察にいきましょう」
「それって、そこで食事するってこと?」
「そういうこと。私がおごってあげるから」
「やった!」
飯屋は庶民的な設えで、20人くらいの席があった。二人できょろきょろしながら入っていく。
「らっしゃい!」
出てきたのは、少し太った初老の親父で、片足を軽く引きずっている。
「ええと、シチューと…レイは?」
「俺、マロのステーキ!」
「…じゃ、それで」
「へい」
(足が悪いのかな。だったら、移動販売は助かるよね)
ミナはそう観察していた。
しばらくして料理が運ばれてくると、ミナは親父さんに聞いた。
「ねえ、おやっさん。さっき、『リックの動く八百屋』っていう荷馬車が停まっているのを見たけど、あそこから野菜を買ってるの?」
「ああ、そうだよ。野菜だけじゃない。チーズや油なんかも届けてくれて、便利だね。肉も先に頼んでおくと次のとき持ってきてくれるんだよ」
「へえ~、そうなんだ…」
ミナは心の中でかなり驚いた。
(こ、これは、ワンストップ戦略…)
つまり、一つの店ですべてのサービスを賄う最強の戦略だ。言うは簡単だが、実行は難しい。たかがレストランのオーナーができるとは思えない。人脈を使ったとしても、こんなことができる人がこの街にいるなんて?
「で、あの店、いつから来てるの?」
「10日くらい前かな。なんだ、おねえちゃん、あれに興味あるのかい?」
「うん。だって便利でしょ? 重いもの、運んでくれるなんて」
「んだな。助かってるよ。俺はこんな足になっちまったから、もう仕入れが大変でさ。店を閉めないといけないかと思ったんだよ。でも、こんな便利なものをつくってもらってさ。さすが、バンリオルのだんなだな。若いのに、俺たちのことも考えてくださる。ありがてぇ」
「え、…バンリオル?」
「そうだよ。知らないのかい? このあたりじゃ有名な商会だよ」
「そ、そうなんだ…」
親父はそのまま厨房に戻っていく。
ミナは混乱して頭が真っ白になった。
「なに? バンリオルって? ミナ、知ってるの?」
「し、知っているも何も、トージャーさんとこの一番の顧客、つまり、うちの最大の客よ!」
「えっ、てことは…? どうなっているんだ?」
「うわ~!! 私、とんでもないこと言っちゃった!!」
ミナは自分が言った言葉を思い出した。
「水をわざと掛けたことは許しておりません」とかなんとか。しかも、終始つんつんした態度で。
「ま、仕方ないだろ。向こうがミナに意地悪したのは事実なんだし」
レイは運ばれていたステーキにむしゃぶりつきながらしゃべる。
「ひゃ~……」
ミナはシチューがのどを通らなくなった。ムンクの叫び状態だ。
「まずい、まずい…」
「まずいなら、俺が食べてやるよ」
「いや、まずいのはシチューじゃないわ…。ああ~、知らなきゃよかった…」
「観念しなよ。あの人、ミナのこと、怒ってないと思うよ。こうやって、移動販売やっているんだし。それで儲かるならミナのおかげじゃん」
「あんたはほんと、のんきね…」
とにかく、絶対に会ってはならない人だ。あまり市場のあたりをうろうろできなくなってしまった。
「大丈夫だよ。会っても、知らない顔すればいいじゃん。こっちがあの人の正体を知ったとか、向こうは知らないんだから」
「な、なるほど…。それでも会いたくない。絶対!」
この店を出たら、あの人に会ってしまいそうだった。
「レイ、どんどん食べていいわよ。もう二度と市場をうろうろしないから」
「ほんと?! じゃ、焼き鳥も注文する」
「野菜も食べなさい!」
* * *
カイルは騎士団見学の日以来、焦っていた。自分の剣がまったく通用しない相手に初めて会ったのだ。そもそも、オルトとセロ、父のヨードンとしか模擬戦をしたことがない。一人になってから、人間相手に模擬戦をすることはしばらくなかった。魔物は剣を振らないのだから、対戦にならない。
(騎士団か…)
ラフカーンの姿が頭に何度も浮かんでくる。彼が発する最強の者が持つオーラに魅せられた。入りたくないが、学びたい。
カイルは葛藤していた。迷った挙句、カイルは再び騎士団を訪れることにした。しかし、一人で中に入ることはできない。そこで、城門付近で、騎士団が出てくるのを待つことにした。今日で3日目だが、まだ出てこない。
「ねえ、あんた…」
後ろからいきなり声を掛けられて、カイルは振り返った。
そこにいたのは、バンリオル商会に入っていったあの魔法使いの女だ。今日は前とは違う、女の冒険者らしい服装をしていた。スカートではなくズボンと、腰までのチュニックにベルトをしている。顔も違って見えたが、体形や雰囲気であの魔法使いだと認識した。
「エルノー村の人でしょ。ここで何をしているの?」
「関係ない」と言いたかったが、一呼吸おいて、素直に言ってみることにした。
「騎士団長に会いたくてここで待っている」
「ふうん…」
女は少し考えていた。
「なんで会いたいの?」
「稽古をつけてもらいたい」
女は少し目を見開いて、にっこりした。
「前向きなのね」
「強くないとやられる。それだけだ」
「それは同意するわ」
女は少しフフッと笑って、周りを見回し、それからカイルに言った。
「私が案内してあげる」
「え?」
カイルは驚いた。
「なんで?」
「どうしてそんなことができるんだ」と聞きたかったのに、思わず「なんで」と言ってしまった。
「あなたが気に入ったから。私にデタラメ言ったでしょ?」
ユーリカのことをでたらめな名前を言ったのは覚えているが、何て言ったのか忘れてしまった。
「私、図書室に行ったのよ。あの香りを調べにね。そしたらあなたが嘘の名前を言った。でも、司書に聞いたら、それはすぐに嘘ってわかったわ。でも、本当の名前はまだわからない。それを教えてくれたら、私が騎士団長に案内してあげる」
「ユーリカだ」
「で、あなたの名前はカイルね?」
「なんで知ってる?」
「愚問ね。あなたのすぐ後に図書室に行ったのよ。名前、利用者名簿に書いてあったわ」
カイルは驚いていた。そんなもの、そこで見たとしても普通は覚えていないだろう。でも、ミナを調べていたのだから、自分のことも調べたのかもしれなかった。
そう、この女はカイルが正体を掴んでいることを知らない。
「私はフライア」
女は自ら名乗った。
「ついてきて」
そう言って、カイルの手を握って、ひっぱった。
城門で、女は顔パスだった。そして、騎士団本部に行き、入り口の受付の兵士に話しかける。
「ラフカーンはいるかしら? フライアが会いたいって言って。客を連れてきたからって」
「は、かしこまりました」
兵士の1人が走って奥へ行く。
しばらくすると、兵士が帰ってきて、二人を案内した。建物の二階にある騎士団長の執務室に入っていく。
「ラフカーン!」
フライアは気軽そうに近づき、男をハグした。
「フライア。どうした?」
「この人、連れてきたの」
「ああ…、君は、ええと…エルノー村の冒険者だったな」
ラフカーンはカイルを覚えていたようで、カイルは少し安心した。
「突然押しかけてすみません。俺は、あなたに稽古をつけてもらいたいんです」
礼儀正しく頭を下げた。
「ほう…。騎士団員になる気はないんだろ?」
「ないです」
カイルはきっぱりと言う。
「ふむ…」
ラフカーンはおもしろそうにカイルを眺めた。
「じゃ、私は他に行くところがあるから」
フライアは出口に向かった。
「カイル、またね」
出口でカイルに親し気に手を振る。
「フライアとはどんな関係なんだい?」
ラフカーンがにやにやしながら、腕を組んで机に寄り掛かっている。
「いや…、さっき会ったばかり…かな? いや、前にも会いましたけど…会ったとは言えないかな?」
「ほう?」
カイルは曖昧な話をした。しかし、その意味がラフカーンには通じたようだ。
「フライアに気に入れられたようだな。まあ、座れ」
カイルは勧められたソファに座った。ラフカーンは立って机に寄り掛かって腕を組んだまま、カイルに話し始めた。
「お前さんに稽古をつけてやらんでもない。だが、そっちからの提案はなんだ? 何もないんじゃ、俺の働き損だろ?」
カイルはしばらく考えた。当然、何かの支払いが必要だろう。
「稽古をつけてもらっている間は、何かの依頼があれば、仕事をします」
「ふむ…」
ラフカーンはしばらく考えていた。
「ま、いいだろう。お前さんは確かに腕が立つ。騎士団でも欲しいくらいの腕だ。それなりに危険な仕事をしてもらうぞ。それでいいなら稽古をつけてやる」
カイルは立ち上がって、礼をした。
「よろしくお願いします」
カイルはその先、どんな運命が待っているか、まったく想像していなかった。
ついにミナはリックが誰なのか、理解しました。
それから、カイルとフライア。これも運命の組み合わせ。
ラフカーンに憧れたカイルがたどり着くのは天国か、地獄か…。
次回は、アンドリオン、ついに一番の困りごとの解決を、ミナに頼みます。
ミナはいやいや……でも、すぐに……?
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