第35話 ミナ、令嬢となる
突然振られる仕事。やる時は全力でやるミナです。
タンブリーの南側には大きな川が流れている。プラウ川だ。
タンブリーの城壁の南門に近いところには河岸があり、毎日たくさんの荷が積み下ろしされる。近年、この河岸を拡張するための工事が行われている。
アンドリオンは護衛の騎士2人と文官1人を連れて、その様子を観察していた。
「ふ~む…」
専門の建築業者たちと、領地の建設部の役人、監督官や文官たち、それに労役で参加している村人の労務者たちがいる。その働きぶりをじっと見ていた。
監督官たちや役人たちはみな厳しい顔をしている。そして、労務者たちに怒鳴るように指示を出している。労務者たちはおし黙ったまま苦しそうに石や木杭を運び、土嚢を運び出す。
(報奨か…。領主の声掛け、貴重な体験、家族に自慢…)
アンドリオンは河岸の現場事務所に入り、工事の責任者である建設部の役人を呼び出した。
「お呼びでございますか、アンドリオン様」
「工事の進行具合はどうだ? 遅れていると聞いているが」
「は、申し訳ございません。人足が不足しておりまして…。なかなか思ったように進まず、2割ほどの遅れが…」
「このままでは冬になってしまうぞ。現場に活気が見られぬな」
「はあ…。しかしながら、このような土木現場はどこも似たようなものかと…」
役人は汗をかきながら言い訳をする。
「ふむ。そのようなものなのか…」
アンドリオンは気難しい顔をして黙り込んだ。
役人を下がらせて、アンドリオンは再び現場に戻り、労務者たちを眺めていた。そして、恐る恐る彼らに近づき、何か言おうとするのだが、言葉が出ない。
(なんと言っていいのか…)
アンドリオンは自分の無能ぶりに愕然とした。
(領主の声掛け、貴重な体験、家族に自慢…)
何がそうなるのか、実際に労務者に聞きたいが、そもそもなんと声をかけてよいのかわからない。
(だめだ。侯爵家の嫡男として育てられた私に、労務者に声をかけろと言われても…)
大きなため息をつきながら、アンドリオンはひとまず城に帰ることにした。
* * *
再びアンドリオンに城に呼び出され、ミナはイライラしていた。今日も同行者はガナスだが、ミナを城内のアンドリオンの応接室に送り届けると、彼は自分の仕事に戻っていった。
(まったく。こっちだって忙しいのに…。こんなに頻繁に呼び出されては面倒極まりないわ。またどうでもいい話だったら許さないから…)
ミナはプンプンと怒っていた。
「待たせたな、ミナ」
そう言って、アンドリオンは侍女を連れて入ってきた。
「君に頼みがある。今から私と一緒に河岸の工事現場に来てもらいたい」
「は? それはどのようなお仕事で?」
「仕事…。うむ、仕事だな。例の報奨の件だ」
「それで、なぜ河岸なのですか?」
「君は労役の様子を見たことがないと言っただろう? それを見てもらいたい」
「………それは正式なお仕事の依頼ということでしょうか?」
ミナは目を逆三角にしてアンドリオンを見た。心の中では(私の時間を無駄にするのは許さない)と大きな声で言っているつもりだ。
「うむ。…そうだな。仕事の依頼だ」
「では、その報酬はいただけると?」
「うむ。約束しよう」
ミナはしばらく黙っていたが、覚悟を決めた。
こんなに何度も呼び出されてはたまらない。一度で終わらせてやる、と思ったのだ。
「かしこまりました。その依頼をお受けいたします。…で、どのようなことをすればよろしいのでしょうか?」
「まずは、着替えてもらいたい」
「は?」
アンドリオンが手をパンと叩くと、侍女が進み出た。
「この侍女についていき、着替えて来るがいい。服は用意してある」
「は、はい…」
何が何だかわからないが、とりあえず、着替えるのは受け入れることにした。なにしろ、ミナの服はどう見てもアンドリオンと共に歩くには不釣り合いだからだ。
侍女に連れられ、城の中の別の部屋に移動する。その豪華な部屋は応接間ではなく、奥に寝室がある居室で、衝立や鏡があり、椅子にはドレスが掛けられていた。
「こちらをお召しいただきます」
ミナは目が飛び出るほど驚いた。細やかな刺繍、金糸の入った織布。布の切り替え部分には細やかなフリル。それは侍女が着るような服でもなく、商人たちの奥方が着るような服でもない。
どう見ても、高位の貴族のドレスだった。
「こ、これ…ですか?」
「はい。アンドリオン様がお選びになったドレスでございます」
(はあ~???)
ミナは言われるままにそのドレスに着替え、足を拭かれ、靴を履き替える。それから鏡の前に座らされ、化粧が始まる。
(化粧品、存在していたんだ…)
ミナはそこに感動した。お金持ちでなければ縁のないもののようだが、とりあえず存在するなら、いつか使えるだろう。
化粧が終わると髪の毛を整えられた。左右に長い髪を垂らして房をつくり、残りの髪はまとめ上げられて髪飾りをつけられた。それからピアスと指輪を付けられる。
最後に立ち上がり、手に扇を持たされる。
小一時間かけてミナの変身が終わった。
「どこから見ても、貴族のお嬢様ですわ」
と、侍女はむすっとしたまま言った。役目だから仕方がないが、なんで領主嫡男に仕える侍女の自分がこんな村娘の世話をさせられるのか、といった不満があるようだ。
「あ、ありがとうございました」
とりあえず、ミナは侍女に一礼をした。
それからまた、アンドリオンの待つ場所まで戻る。
侍女はミナがまともに歩けるのか、いぶかしそうに足元を見ていたが、靴はパンプスに近いものなので、ミナにとっては慣れた靴だ。
「アンドリオン様、準備ができました」
侍女がそう言って、一礼した。
アンドリオンはミナを見て、満足そうに微笑んだ。
「おお、よくやった。下がって良い」
アンドリオンはミナを上から下まで眺めて、にやっとした。
「アンドリオン様。これはいったい…」
現場を見に行くだけなのに、これはやりすぎだろうと思う。ミナは抗議の目でアンドリオンを見た。
「ミナ、よいか。今日だけは、君は私の妹のエカーリアだ」
「ええ?!」
(今なんと言ったぁ~??)
ミナは心の中で叫んだ。
(私が領主の娘の身代わりをやれって言うの~? どうしちゃったのよ、この男?!)
「まあ、馬車の中で説明しよう」
エカーリアとは、アンドリオンの4つ年下の妹で、ちょうどミナとはだいたい同じくらいの年頃だ。…見かけだけだが。
「母上にはエカーリアの名前を借りることの許可は取ってある」
「は、はあ…」
アンドリオンが言うには、河岸の工事が遅れていて、冬にかかってしまう。それを11月末までに早めたいが、どのように奮起させればいいかわからないから、ミナに手本を見せてほしいということなのだ。
「君は堂々としているから、貴族の娘と言っても村人は疑うまい」
「はあ。でも髪の毛の色とか、エカーリア様とは見かけが異なるのではありませんか?」
「村人はおろか、役人たちもエカーリアの姿を見た者はおらぬから、かまわない」
「はあ…(深窓の姫君なのか…)」
村人から見て、見るからに貴族の娘でなくては「領主の声掛け」の意味がないので、ミナをどこから見ても貴族に仕立てたということだ。
(この人、頭がいいんだか、悪いんだか…。私がどこまで演じられるか、考えたのかしら? まあ、行動力があることは認めるけどね)
「かしこまりました。報酬をいただけるならば、精一杯お勤めいたします」
さりげなく、報酬を強調しておいた。
「うむ。頼んだぞ」
河岸について馬車を降りる。ミナにとっては初めての場所だ。川にはいくつかの船が停まり、荷が下ろされていく。
その先に拡張中の工事現場があり、たくさんの労務者が働いている。
「ご領主様嫡男のアンドリオン様、ご領主様ご令嬢のエカーリア様のお通りである!」
監督官が先ぶれをして、二人が工事現場を歩いていく。後ろを護衛騎士が4人ついてくる。
労務者たちは一斉に立ち止まり、その場で頭を下げる。
「皆、大儀である」
アンドリオンは、偉そうに話すことには慣れている。
ミナはアンドリオンから離れて、前に進み出る。
これから貴族を演じるのだ。
ミナは現代社会で大富豪たちの前でプレゼンを行ってきたが、先輩からコツを教わったことがある。
それは「プレゼンでは女王のようにふるまえ」なのだ。
「皆様、ご苦労様です。…あなたがたはどちらの村からおいでになったの?」
と村人たちに進みより、貴族のような気品を醸し出して声を掛けた。
「は、はい! ミソン村でございます」
「まあ、遠いところからよく来てくださいました。……あなた方はどちらから?」
「は、はい。カオンデ村でございます」
「まあ、そうですか。皆、よく来てくださいましたね。ありがたく存じます」
(どちらもどこだか知らないわ…)
ミナは扇で口元を隠しながら、オホホとほほ笑んだ。
「皆様のおかげで工事は進んでいるようです。ねえ、お兄様?」
「あ、ああ。そうだな」
突然振られて、アンドリオンはとりあえず相槌を打つ。
「でも…、もうすぐ冬が来ますわ。ですから、工事をできるだけ早く終わらせたいものですね。冬の工事は人夫の皆様も大変ですもの。川風は冷たいですし、風邪でもひいたら…」
とミナは少し心配気な顔をする。
村人たちは領主一族がこのように声をかけてくれ、心配してくれるということに驚きを隠せず、目を丸くして口をぽかんと開けていた。
「ですから、わたくし、お兄様にお尋ねいたしましたの。少しでも皆様が気持ちよく働いてくださるために、何かできることはないかと…」
そして、一人ひとりの顔を見ながら、村人たちの列に沿って歩く。
「すると、お兄様はこうおっしゃいました。この工事が11月中に終わるなら、その喜びを護岸に記そうと」
ミナは振り返るように身をひるがえし、村人に向かって言う。
「つまり、お兄様は皆様のお名前を書いた石を護岸に埋めて、名前を刻むのはどうかとおっしゃるのです」
「え…」
みんなあっけに取られた顔をしている。
「確かに、良いかもしれませんね。何十年も、何百年も経った未来にも、河岸で働く者、護岸を散歩する者、釣りをする者、そして皆様の子孫たちがこの護岸の石をふと見て、『ああ、こういう村人たちがこの河岸を作り上げたのか』と思うでしょう」
自分の輝かしい未来を思わせるのは、セールスの最高の話法なのだ。
「…でも」
ミナはニッコリして、少し首を傾けた。垂らした左右の黒髪の房が揺れ、愛らしさを武器にする。
「わたくしは皆様のご意見を伺いたかったのですわ。それが逆に負担になってはいけませんから。いかがお思いになる?」
「は、はい。もったいないことです! そのような名誉なことをしていただけるなら…」
「は、はい、頑張ります!」
「大丈夫です! お任せください!」
村人たちは右手をぎゅっと握りしめ、奮い立った。
「まあ。喜んでいただけますのね。ようございましたね、お兄様」
ミナはアンドリオンに向かってほほ笑んだ。
「うむ。では、そのようにしよう。皆、ご苦労である。皆が頼りだ。急がせることになるが、皆の身体を案じてのことだ。体に気を付けて励めよ」
「はは~!!!」
村人たちは皆ひれ伏してアンドリオンとミナを見送った。
馬車に戻り、二人は帰路に就く。
「見事なものだったな…。問題解決が1日で終わってしまった…」
アンドリオンは呆けたように、口元に手を当てたまま、しばらく黙っていた。
護岸に埋め込む石にはそれぞれが名前を入れるので、1アロもかからない。それでいて、あんなに喜ぶのだ。
(魔法にかけられたように皆やる気を出していた…)
信じられないものを見たという驚きで、言葉が出ないのだ。
一方、ミナは、貴族のフリをしたことで村人を騙しているような気がして少しは罪悪感を感じている。
(ま、やる気を出してくれた方が村人の健康のためにもいいし。よしとするか)
そう納得した。
ミナはアンドリオンから50ポルを支払われた。アンドリオンにしてみれば安いものだった。11月末までに工事が終われば、さらに50ポルを支払うと約束してくれた。
さらに、ミナが着たドレスももらった。アンドリオンとしては村娘が着たドレスをエカーリアに戻すことはできないということなのだろう。ミナとしては、このドレスをもらっても着るところもなければ、売ることもできないのだが。
(でも、エカーリアはなぜ姿を現さないのかしら…?)
そんな不可思議な存在の身代わりをすることが、どんな結果を産むのか、ミナには想像ができなかった。
プレゼンのコツは、女王のようにふるまうこと。
セールスのコツは、相手に未来を思わせること。
そして、これがインセンティブの使い方。
今日は「令嬢のフリ」ですが、これから本格的に令嬢と化しますので、もう少しお待ちください!
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