第30話 嫌われる労役
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、なぜか異世界に来てしまった。そして、なんとか生活力を身につけようと、野菜買い取り事業をする商会を作った。領主の息子、官僚二人を巻き込み、大商人からの契約を待っているところだった。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
夏の終わりの日、ミナとガナス、リントンの3人は、タンブリーの領主の城内の行政棟の中にいた。
「アンドリオン様、こちらがこの3カ月の報告書にございます」
ガナスがしっかりと数字を並べた報告書をアンドリオンに差し出す。
「ふむ…」
アンドリオンはじっくりとその報告書を読み込んでいた。
「夏は収穫があったはずだ。それでも事業が伸びている? これはなぜだ?」
「は、それは…」
ガナスが額の汗を拭きながら答えた。
「実は、村の若者を集めて手伝わせました。28人が集まり、手伝ってくれまして…。
納税まで手伝ってくれましたので、いつも通りに野菜のほうも収穫できました。
運搬はテンソルの専業の者ですので、そちらは問題ありませんでした」
アンドリオンが報告書から顔を上げて、質問する。
「村の若者28人を手伝わせたと? 褒美でも与えたのか? その費用がここには書いてないようだが」
と、また報告書に目を移し、前後に目を動かし、費用を確認する。
「いえ、褒美というか、金のかからない方法で報奨を与えたのでございます」
すべてガナスが答える。
「なに? それはなんだ?」
「はい。騎士団の見学権ですとか、村の若者の交流会の参加権ですとか、祝祭の席の利用権などでございます」
「…そんなものが報奨になるのか?」
「はい。みな大喜びで…。まだ開催はしておりません。秋に開催の予定でございます」
「ふむ。それは誰のアイデアかな?」
アンドリオンはにやりと笑いながらミナを見た。
「はい、ご推察のとおり、ミナさんのアイデアでございます」
ガナスがミナを向いて答えた。
「君はおもしろいことを考えるな…」
アンドリオンはおもしろそうに頷いた。
「恐れ入ります」
ミナはそう言って軽く頭を下げた。
「まあ良い。バンリオルにも入り込んだとはなかなか順調ではないか」
アンドリオンは報告書を満足そうに眺めた。
「次の3カ月もしっかりと事業を進めよ。良いな」
「ははっ、かしこまりましてございます」
ガナスと共に、ミナもリントンも頭を下げた。
* * *
緊張する報告を終えて、ガナスはそのまま財務部に戻っていき、ミナとリントンは共に村に戻ってきた。
村役場の掲示板には、人が群がっている。
「あれはなんですか?」
ミナがリントンに聞く。
「おそらく、労役の募集でしょう。ガルベルトの仕事ですね」
「労役?」
ミナは初めて聞いた言葉だった。
「農民は穀物で税を払うとともに、数日間の労役を提供しなければならないのですよ」
リントンはミナがこの社会の仕組みに疎いことを知っているので、説明してくれた。
「そうなんですね。全員ですか?」
「いえいえ。出すのは一家に一人だけです。給料生活者は免除されますし、家畜を提供する家もありますよ」
「なるほど…」
その日の夕食の時間、ドナオンがみんなに言った。
「うちは今年から労役は免除になった」
役場からの情報だ。
それを聞いて「おお~」という声が上がる。
「なんでだ?」とカイルが聞く。昨年まではカイルが労役に出ていたのだ。
「今年はミナが商会の運営をしていて税を払っている。うちからは4人もそこで働いている。だから、十分な税を払っていると認められて、免除ということだ」
「おお~」
大人たちはみんなホッとしたような、明るい笑顔になっている。労役免除という話は相当嬉しいことらしい。
「ねえ、カイル。労役ってどんなことするの?」
ミナがこっそりカイルに聞く。カイルはミナを振り向いて、「さもありなん」という顔だ。
ミナにはどうせわからない話だと理解したようだ。
「労役ってのは、たとえば、領主様の城の修復作業だとか、街や村の建築現場だとかで働くことだ。去年、俺がしたのは村の集会所の建設の手伝いだったし、その前は…村の柵を直すことだったな」
「何日くらいするの?」
「ま、家によるけど、うちではだいたい10日くらいだったな。収穫量が少ない家は十分に税が払えないから、もっと多いんだ」
「そうなんだ…」
「ま、みんな労役は嫌なんだよ」
「ふうん…」
「ま、俺は力仕事はいいんだ。体力づくりになるからな。でも、ときどき、嫌な役人がいるんだ。威張り散らすやつとか、意地悪なやつとかな」
「なるほど…」
カイルは人を見下す役人とか貴族とかが大嫌いなのだ。ミナは思わぬところでカイルの一家に貢献したようだった。
(一家に一人の労役従事…)
村が大家族でまとまる意味もわかった気がした。
ミナが気づかないいろいろなところに、農民の工夫や苦悩が隠されているのだと知った。
* * *
次の日は休みだ。ミナは部屋の中で「ふうっ」と息を吐き、心を落ち着けるために稽古を始めた。
12歳のときから習っている合気道だ。呼吸法から歩くだけの練習、それから想定稽古だ。
毎日、少しずつだが稽古は続けている。これは、ミナの精神修養のためなのだ。
「ミナ」
部屋の外からカイルの声がした。
「なに?」
ミナは部屋のドアを開ける。
「ちょっと出かけないか?」
「ん? どこへ?」
「いいから。付き合え」
「うん…。わかった」
カイルが「ちょっと出かけよう」と言って誘うことなんて、今までになかった。畑仕事用の粗末な帽子をかぶって、黙ってカイルについていく。
すると、納屋を通り越し、畑のあぜ道を通り、アスレチックの林を抜け、その向こうに広がる草原へとミナを連れて行った。
「あれ? ここって…」
ミナはこの草原に見覚えがあった。
カイルはミナを見て「ふふっ」と笑っている。
「あ、私が転生したとこ!」
カイルには意味がわからなかっただろうが、ミナが何かを思い出したことは理解した。
「ここ、カイルが私を助けてくれた場所ね?!」
ミナはうれしそうにカイルを振り返った。
「そう。もうちょうど1年前だよ」
「えっ、1年前…」
ミナはもう一度草原を見回した。
「もう1年なの…」
感慨深かった。初めて魔物を見たし、襲われもした。そして、カイルが助けてくれた。
「カイル、ありがとう。助けてくれたから、今生きてる」
カイルに向かって、思い切り笑顔を見せた。
「うん…」
カイルが一歩前に出て、ミナを優しくハグした。
(あ…)とミナがカイルのぬくもりを感じたと思ったら、カイルはすぐに離れて、手を差し出した。
「帰ろう」
「うん…」
その手を取って、手をつないで帰り道を歩いた。
次は、カイルの運命を変える出来事へ…。
用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業する。のちのブリア侯行政顧問
カイル …ミナを助けてくれた冒険者。今は騎士団で訓練中
アンドリオン … ミナが住むブリア領主の息子
ガナス … ミナの補佐をする財務官
リントン … ミナの補佐をする農務官
ガルベルト…エルノー村の村長
ドナオン … カイルの義兄で村役場に勤めている
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