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第29話 もめごとと決まりごと

クレーム処理の基本は、良い警官、悪い警官…

「ミナ、あの女の正体がわかったぞ」

 ミナが仕事から家に帰るとカイルが言った。


「バンリオル商会の手の者だ。この国で有数の商会だとさ。バンリオルって、知っているか?」

「知ってるわ! 今、そこと取引をしようとしているの。そこの魔法使いなの?」

「そこに雇われているか、仕事をもらったか、だな。魔法使いだから冒険者かもな」


「そっか。取引する相手をしっかり調べているってことね。プライク商会と村は身元が確かだけど、うちは確かじゃないから調べたのかも…。さすがに大商人ね。やることがいちいち細かい。たかが野菜の納入者ってことじゃないのね…」

「そりゃそうだろ。毒でも混ぜられたら大変だからな」

「ど、毒!」


「ま、少なくともミナに害をなそうとしているわけじゃないってことだけど。逆に言えば、何か疑われたら、報復されるぞ。気を付けろよ」


「そうね…。ありがとう、カイル! すごく助かった! またお礼しなきゃね」

 ミナは笑顔でお礼を言った。


「……やっぱりミナは天然だ…」

全然、身の危険を感じないミナにあきれたのか、カイルはため息をついた。

 そして、自分の部屋に戻っていった。


(そっか…。大商人だから、命を狙われることもあるし、取引先を調べるのは当たり前なのね…)

 もちろん、現代でも大手企業が取引先を選ぶときにはデータバンクから資料を取り寄せて検討する。赤字会社と契約すると危険だからだ。


 しかし、この世界では毒を入れられるかどうかを考えるらしい。ミナは改めてこの世界の本質を知った。どんな危険があるかわらかない。みんなそんな世界に生きているのだ。

 とりあえず、魔法使いに付け狙われているのではないとわかって、安心した。



 ミナは今後のことを考えた。

 これからはどんどん野菜の量が増えていく。

 ミナの設立したテンソル商会は村の事業の実務を請け負う企業だ。今のところ、品質チェックのためにゾーラとクリムラ、運搬を担当するレイは、テンソル商会の雇い人ということになっている。


 ギルタの件もあって、農家の目の前で検査する必要があるとわかった。しかも、野菜が増えたため、短時間にたくさんの野菜のチェックをする要員を補充する必要が出てきた。

そこで、ゾーラに頼んで何人かの人を紹介してもらった。できれば、畑仕事がきつくなった高年齢の人を雇いたい。年齢が高い方が経験も豊富で、しっかりと目利きをしてもらえそうだ。


 こうして、新たに東3区のニルサと東2区のシェルビーを採用した。ゾーラたちとは同世代の女性たちでみんな仲が良い。ニルサは足を痛めているので、畑仕事から解放されるとあって、とても喜んでくれた。シェルビーはハーブづくりが得意で、自家用だがかなりハーブを育てている。二人ともゾーラの畑にはない野菜を育てている。これは貴重なことだ。


(テンソル商会も5人を雇うようになったか…)

 ミナは腕を組んで、ふむふむと頷いている。人を雇うというのは、責任が伴う。この人たちがきちんと収入を得られるようにミナが責任を持たなければならないのだ。


 定期便では購入者が市場で買うように目で確かめて買うわけではないから、納入側が等級を決めて価格を決めなければ品質保証ができない。

今まで、個人で勝手に野菜を売っていたので、この村でどれくらいの量と品質の野菜が取れるのか、今まで誰も調査したことがなかった。つまり、データはゼロだ。


(野菜の本格的な等級付けは、来年あたりかな…)

 とりあえず、まだ量が多くないから一つの基準でも商品は集まるが、この先は大きさや品質で分けなければならないだろう。そう思うと、今から目利きの検査員を育てておく必要があった。


 ミナは農家を回りながら、畑も見回っていた。税の対象である穀物の麦は、もうそろそろ収穫時だ。ふさふさした穂が風に揺らぎ、金色に輝いている。


(穀物の税金ってどう払うのかな…?)

 ミナは初めて見るであろう現物納税の様子を楽しみにしていた。


「あ、ミナさん! ちょうどよかった。今大変なんですよ…」

役場に戻るとリントンが駆け寄ってきて、困った表情で話し始めた。


「何かありましたか?」

「今、納品を検査しているんですが、コリンさんと検査員がもめていまして…」

「え?」


 ミナは急いでリントンと共に納品を受け取る保管庫内の受付所に行った。すると、そこではもう言い争いが始まっている。コリンは西2区の農家で、最近定期便に参加した。


「だから、言っているじゃありませんか。これは規格外だって」

 強い口調で言っているのはニルサだ。

「そんなの知らないわよ。一度掘ったものをもう一度畑に戻せって言うの?」

コリンの反発に、ゾーラが遠慮がちに口を出す。

「あの、こちらにある見本以上の大きさで出していただかないと…」

クリムラも一歩出て、口を出す。

「最初の説明の時に、これを説明しましたよね?」


 コリンも負けていない。

「ちゃんとそれに合わせたつもりよ。でも、実際に収穫するときにはその見本はないんだもの。多少のずれは当たり前じゃない!」


 ミナはその言い分を聞いて、本当にそうだと思った。これはミナのミスだ。

「コリンさん!」

 ミナが中に割って入った。

「大変、申し訳ございませんでした。おっしゃる通りです」

 とミナは頭を下げた。


「ちゃんと、見本に合わせようとしてくださったのですよね。でも、実際に収穫したものが、見本よりも小さかったということなのですね。間違いないですか?」

「そ、そうよ…。だって、一度見たくらいじゃ覚えられないんだもの」

「本当ですね。確かにおっしゃる通りです。こぶし大と言っても、女性と男性では違いますしね。こちらの配慮が足りませんでした。申し訳ございません」


「わ、わかってくれたらいいわ」

「次回までに、ご自宅に持ち帰れる見本をご用意させていただきますね。今回は、こちらをいただきますので、次回からは見本通りでよろしくお願いいたします」

「そう。わかったわ。あとは頼むわよ」


 そう言って、検査員4人とミナに見送られて、コリンは帰って行った。

 コリンの荷車の音が小さくなるまでみんな黙っていた。

そして、みんなで「ふぅ…」とため息をつく。


「ミナさんったら。あの人、わざとやっていると思うわよ」

「そうよ。一回りも小さいものばかり。バカにされているんだわ」

 ニルサとシェルビーは憤懣やるかたなしといった様子だ。


「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。こういう場合は、こちらのミスなのです。たとえあれがごまかしの言い訳だとしても、言い訳に対抗する処置を講じていなかった、というのが私のミスです。皆さんにも嫌な思いをさせてしまって、申し訳ございませんでした。対抗策を考えますので、ちょっとお待ちくださいね」


 不満気な4人をあとにして、ミナはリントンと共に役場の事務室に戻ってきた。


「いや~、ミナさん、さすがですね。苦情処理がうまいです」

「あ、アハハ…」

 リントンに褒められた。

(「お前もやれよ!」と言いたいけど…役人には無理か)


 ここで言い合いをしても仕方がないのだ。そういう余地がないほどの決まりが必要だ。


若い頃は「なんで世の中ってこう決まりが多いの? なんでこれじゃダメなの?」と思うことがいっぱいだ。しかし、世の中にはそういう決まりの目を抜けてズルをしようとする人間がいる。

だから、決まりでしっかりと防御する必要があるのだ。それが、何千万人、何億人という顧客を管理する大企業のやりかただ。


(ほんのちょっぴりだけど、大企業の気分…。そうそう。大企業になったと思えば、悪くない)

 そう考えると笑えた。


 表面上はいわゆる「良い警官/悪い警官」のやり方だ。寸劇でよく見るアレだ。しかし、ミナはそこに留まらない。


 人に対しては、農家の言い分を全面肯定して「私はあなたの敵ではないですよ」と感じてもらう。その裏でルールを厳しくするのだ。これは大企業でよくやるやり方だ。

 人に厳しいやり方は必ず反発を生む。だが、仕組みが厳しければ人は守られる。


(ふっふっ…。私も大企業の一角に足を踏み入れた…)

…まだまだ本格始業とも言えない段階なのだが…。


 ミナはリントンに見本のサイズと基準がわかる木札をつくってもらうことにした。大きさが図になっていれば、その図と比較できる。納入の前にある程度、自分でチェックしてもらうのだ。


「この際ですから、等級を2種類つくりましょう」

 サイズや注意点が書いてあるものを持ち帰れば、言い訳ができないだろう。今回のコリンの作物は等級が一つ下の扱いで、顧客には下のランクの商品として紹介する。


(それに、社員教育が必要だわ。仮にも、この事業にとって農家は大切な納入業者。失敬な物言いはしないように教育しないと…)


 同じ村の人間だから、今までそんな丁寧な物言いをしたことがないのだろう。しかし、同じ村の者だからこそ、仲が悪くなったら最悪なのだ。


この事業に関わってから村の人間関係が悪くなったと思われたら、ミナとしては残念だ。そんなことは決してあってはならないことだった。


大企業はなんでこんなにルールや決まりが細かいの? それは、それだけいちゃもん付けたり、ルールをすり抜けようとする人が多いからなのです。


さて、次はボリック・バンリオルが動き出します。大商人は、新しい事業を見逃さない!


よかったら、ぜひブックマーク、よろしくお願いします!

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