第21話 カイルの父の後悔
人の言うことはちゃんと聞こう…。いのちの危険があるかもよ?!
話は少し時間をさかのぼって、その日の午後。
ガルベルトはミナを市場付近で降ろした後、一度馬車で村役場に戻った。しばらくするとドナオンがいたので、ミナはタンブリーで馬車を降りたことを伝えた。
ドナオンはそれを聞いたときには気づかなかったが、少し経ってから、誰もミナと一緒にいないことに気づいた。心配になった彼は仕事の途中に抜け出して家に帰り、ヨーカとレイにミナは街にいることを伝えた。そして、誰かがミナを迎えに行くことになっているかを聞いたが、レイはそれを知らなかった。
「ミナったら、きっと帰りのことを忘れているに違いないわ。あの子、仕事に夢中になるとそういうこと、忘れちゃうのよね。ちょっとレイ、ミナを迎えにいってちょうだいよ」
「えっ、俺が? 俺が行っても、タンブリーに着くのはもう5時過ぎだよ。タンブリーのどこにいるかもわかんないし。すぐに見つかって帰れたとしても、途中で真っ暗になるよ。俺、戦闘能力ないし…」
「うーん…。カイルはどこにいるの?」
「今日は訓練に行くって言ってた。訓練場だろ」
「ちょっとカイルを探してきて、ミナを迎えに行くように伝えてよ」
そんななりゆきで、カイルはミナを迎えに行くことになった。
(まったくあいつは阿呆だから…)
カイルは薄暗くなる街道を早足で進んでいく。
(もし、街で待っているとしたら…教会かな。いや、迎えが来るとは思わないか。ミナのことだから絶対に一人で帰ろうとする…)
すでに日が落ち、かなり薄暗い。カイルはトーチを起動した。これがあれば、100メートル以内の危険な動物や魔物は察知できる。トーチの魔石はすでにセイルフェンのものと取り替え済みだ。
街道にはもう誰も歩く人はいない。しかし、林の中から動物のうなり声や突然何かが走り出す音が聞こえる。小動物たちが襲われているのだろう。
街道を3分の1ほど進んだところで、トーチに反応があった。かなり大きな魔物だ。
(この大きさと動きは…おそらくマーマギル…)
カイルはこの魔物が一番嫌いだった。
やっかいな蛇のような魔物だ。自らを変色させ、林に紛れる。そして、目を見た相手を麻痺させる魔法を放つ。そして、毒を吐きかけ、敵を倒すのだ。そして、倒れた敵を飲み込む。
しかも、毒があるから魔石は取れない。ただ襲われ損になる魔物だ。
「だれか…助けて!」
ミナの声だ!
カイルは全速力で走った。うっかりあれを見たり、ピッターで攻撃したりすれば、毒にやられる。ミナがあれに対処するには、逃げるしかない。
(走れ! ミナ!)
「ミナ!!」
小道を抜けた先に、ミナの待ち望んでいた男が現れた。
「下がれ!」
彼はマントを盾にするように左に構える。そして、右手で剣を持ち、身を下げた。
シャーッという音とともに、毒のしぶきが飛ぶ。それをマントで防ぐと、吹き終わったその瞬間を狙って魔物を下から薙ぎ斬る。
ミナはカイルの後ろから、その魔物が蛇のような魔物であることを見た。その胴がカイルによって斬り飛ばされたが、まだ頭部が毒を吐きそうにぴくぴく動くのを見た。
あれはレイが前に話していた毒を吐く蛇型魔物…!
太さは丸太ほどあり、長さは3メートルほどだ。黒っぽい色をしているので、暗い林の中では見えなかったのだ。
カイルがマントを脱ぎ棄てて、ミナの手を引っ張って、魔物から走って逃げる。
「ミナ、走れ!」
ミナは走ろうとしたが、もう走りすぎて、足がふらついてしまう。カイルに半分抱えられながら魔物から離れ、しばらくすると、カイルはミナを放した。
彼はトーチを見て、周囲に動物も魔物もいないことを確認した。
「何もいない。少しは休めるな」
息を切らして涙目のミナを立たせて、水筒を差し出した。
「ほら、水を飲め」
ミナは黙って水筒を抱えて、水をごくごくと飲んだ。
「カ、カイル…」
グズッと泣きそうになったが、カイルが怖い顔でにらんでいた。
「まだ林を抜けてない。泣くな!」
ビシッと怒られて、ミナはヒクッと引きつりながら歯を食いしばって涙を抑えた。
「ご、ごめんなさい…」
水筒をカイルに返して、また歩き出す。
「ほら、掴まれ」
カイルは左腕を差し出して、ミナは彼の左腕にぎゅっとしがみつきながら、なんとか村まで帰ったのだった。
* * *
カイルはミナを連れて家に戻ったが、玄関には入らず、そのまま裏の納屋に向かう。
気配を感じてヨーカが出て来る。
「カイル、無事? ミナは?」
「ああ、無事だ。毒を浴びたから、二人とも身体を洗ってくる。食事そのあとだ」
「わかったわ」
安心して、彼女は扉を閉めた。食堂の明かりが窓から漏れている。
カイルは納屋の鍵を開けて、ミナを連れて入っていった。いくつかのランプを付ける。それから囲炉裏に火を入れ、お湯を沸かし始めた。
納屋の中はけっこう広い。そして、いろいろな道具が壁に並び、魔物の素材があちこちに吊り下げられている。
「ミナ、その服、脱げ」
「えっ?!」
「靴も。ほら、そこに布が何枚かあるだろ? 脱いで、それを着てろ」
そう言いながら、カイルも皮鎧や服を脱ぎ始めた。
「あ、あの…。下着は脱がなくてもいいよね?」
「ああ」
カイルは腰にバスタオルを巻くように布を巻いた格好で、せっせとお湯を沸かし、それからユーリカ油を持ってくる。
ミナは言われたとおりに服を脱いで下着になった。カイルはきっとこっちを見ていないと信じて。まあ、現代ならば下着でも何も恥ずかしくない恰好なのだが。
用意された布で身体を包むと膝まで隠れた。
「どうするの?」
「これから消毒だ」
ぬるいお湯を桶に入れて、ユーリカ油を混ぜた。
「ほら、ちょっと来い。ここに座って」
水はけの穴がある土間で、ミナを低い丸椅子に座らせた。
「髪を洗うから、髪をほどいて、頭を下げろ」
「うん…」
言われたとおりにするしかない。頭を差し出して、髪を下ろす。頭からザ~とぬるいお湯を掛けられて、頭をごしごし洗われた。
「あの魔物の毒は強いんだぞ。そして、あいつはあちこちに毒をばらまく。ミナはあの林を抜けてきたときに、毒を浴びたかもしれないだろ?
すぐに洗い流さないと、後で発病するぞ。だんだん手足が溶けるように崩れるんだ」
(こ、こわ~い…)
「ご、ごめんなさい…」
「まったく。バカすぎる。街で待っていればよかっただろ? アンモダリ教会とかで」
それは思いもつかなかった。カイルが迎えに来てくれるなんて思いもしなかった。
「そっか…。バカだった…」
濡れた髪を布で包み、顔を布で洗い、それからカイルはミナの足を洗い始めた。
「草に毒が残っている場合、足に触れるかもしれないから、足は一番危ないんだぞ」
「ん…」
初めて会ったときはミナの足を見て、少しうろたえていたくせに、今は子供の足を洗うように何も考えずに洗ってくれる。
「カイル、狩りから帰ってくると、いつもこうやってユーリカ油で洗っているんだよね…」
「ああ、毒を家族に持ち込むと大変なことになるんだ。赤ん坊が二人もいるしな。ルーイとレンドもまだ子供だ」
「そっか…」
ミナは本当に反省した。知らずに帰っていたら、家族を危険にさらすところだった。
「あの魔物には、ピッター、撃てなかった…」
カイルはミナが残念そうに言うので、にらんだ。
「バカ。もしピッターで頭を攻撃していたら、毒が飛び散って、お前、死んでたぞ」
「えっ、そうなの?!」
「それに、目を見たら麻痺する魔法をかけられる。だから、後ろを見ずに全力で逃げるのが正解なんだ。あいつは左右に動くのは素早いが、前方に走るのは人間より遅い」
「そっか…。じゃ、良かったんだ…」
足と髪の毛を布で拭いてくれて、カイルはミナを立たせた。
「この服、消毒しておくからな。もういいから部屋に戻れ。靴は履くなよ」
「うん。わかった。……カイル、本当にありがとう。…そして、ごめんなさい」
ミナは深々と頭を下げた。
カイルはそれを見て、クスッと笑った。
「髪の毛、そうやっていると、ミナは子供に見えるな」
おろした長い黒髪をカイルに見せたのは初めてだった。
「ん…。私って、本当に子供だった…。反省しています」
そう言って、ミナはうつむきながら納屋を出た。
着替えて濡れた髪を布で包んで食堂に戻ると、もうみんな食事が終わっており、ヨーカだけが待っていてくれた。
「ミナ、食事、食べる?」
「うん、カイルが来るまで待ってる」
かなりしおれた声で返事をして、ミナは元気なく椅子に座った。
「カイルに相当怒られたんでしょ?」
ミナは顔を上げた。ちょっと怒られたけど、そんなに感情的に怒られたわけじゃない。
「ん~。いろいろ注意された…。家族に毒を持ち込むなって」
「ふふ。仕方ないわね…」
ヨーカは少しうつむき、深いため息をついて、話し始めた。
「カイルの上にもう一人女の子がいたの。私の妹ね。でも、3歳のときに亡くなった。父さんも冒険者だったのよ。ある日、父さんが魔物の毒を持ち込んでしまって…。
少しの毒でも、子供には大変な毒だった。
それで、それからは父さんも狩りの後には必ず消毒に気を付けたわ。毒のある魔物を見なくても、草や木に毒が付いているかもしれないからね。カイルが生まれたのはそのあとね」
「そうなんだ…。知らなかった。カイルのお父さんも冒険者だったのね」
「父さんは5年前に亡くなった。病気だったけどね。カイルは小さいときから父さんに狩りに仕方を習っていたわ。剣を鍛えられたりね。レイはちっとも興味を持たなかったけどね」
「そうか…。冒険者の奥さんって、どんな気持ちなのかな…」
「母さんのこと? なんで?」
「だって、愛する人がいつも危険な目に遭いに行く。それって私なら耐えられないな…。行かないでって言っちゃいそう」
「あら、そうなの? ふうん…」
ヨーカはなにやら考え込むように黙った。
「でも、冒険者の妻になりたい人は多いわよ。だって、収入がいいからね」
「そうなの? カイルにもそんな人、いるの?」
「さあ~。あの子はおくてだから。愛想も悪いしね。アハハ。でも、いるのを隠しているかもね」
そんな話をしているうちに、カイルが戻ってきた。
彼の髪の毛もまだ濡れていた。
「カイル。迷惑かけてごめんなさい」
ミナはもう一度頭を下げた。
「カイルのマント、弁償するね」
上目遣いでカイルを見ると、カイルはムスッとしたままミナを見ていた。
「ミナは放って置いたら、あっという間に死ぬな」
「冒険者よりよっぽど死ぬ確率が高いわよね」
料理を運んでくれたヨーカも同意して笑った。
「そ、そっか…」
(冒険者の心配より、自分の心配をしろってか…)
「てことは、ミナのだんなさんになる人は大変ね」
「は、なんの話?」
話の流れがわからないカイルであった。
(そう言えば私、一度死んだんだった…)
ミナはいまさらながら思い出し、自分が冒険者以上に身を危険にさらしていることを自覚したのだった。
(この世界がもっと安全なら…)
ミナは遠くを思った。現代の日本のなんと安全なことか。アメリカも、危険な場所に近づかなければ、ここよりも安全だった。
今日はいろいろな意味で大変な1日だった。
ミナの脳裏に、ふっと、あのプラチナの髪と、理知的な笑みが浮かんだ。
――アンドリオン。あのよくわからない人――
カイルに助けられたのは二度目。はぁ~。この世界は怖いんです。
まだまだ知らないことがいっぱい。
で、ようやく、領主の息子と関わることになります。次回はやっと、領主の息子に本格的なプレゼンです。
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