第17話 緊迫する二人の争い
オオカミを引き寄せて、街道を塞いで通れなくしたのは…?
第17話 緊迫する二人の争い
森の奥で、空気がひどく歪んでいた。霧のようなものが地面から立ち上り、木々の影が不自然に揺れている。
(……いたぞ)
カイルは足を止めた。左手のトーチの画面を見ると、右斜め前方に巨大な魔物がいることがわかる。
そして、その魔物は、少し離れたところにいる、これまた巨大な熊に似た獣を狙っているのだ。
魔物はセイルフェン。
この領地特有の風魔法を操る魔物だ。黒い毛に覆われた巨大な狼に似た姿だが、背中から生えた帆のような神経棘が二枚あり、それが波打っている。その帆…セイルで風魔法を操るのだ。
カイルはセイルフェンをずっと探していたのだ。やっとみつけた。
しかし、セイルフェンは危険だ。普通は手を出さない。その風魔法…風刃は、狙ったものは必ず斬る。唯一の防御法は、身体に当たる前に他の物をぶつけることなのだ。
そのセイルの芯が青白く光っていた。
――魔力を溜めている。
まだカイルには気づいていない。目の前の獣を攻撃しようとしているのだ。
しかし、次はカイルを襲うだろう。獣を倒した後か、それとも前か。
カイルは少しずつ近づく。剣を抜かず、まず、観る。
カイルの未来視のスキルだ。
高速でカードを1枚1枚めくるように、脳裏に「絵」が現れる。どの動きをすれば、どんな結果が出るのか?
魔物に狙われていることに気づいた獣はどう出る?
魔物が獣よりも先にカイルを襲う可能性は?
どのタイミングで魔物を狙う?
カイルが死なない絵はまだ出ない。それが出るまで待つ。
トーチのおかげで、接敵するかなり前からそれができるようになった。その分、勝てるカードが出るまで待つ時間の余裕ができた。安全性が増したのだ。
(よし…)
勝てるビジョンを確認して、取るべき動きを決める。
魔物に狙われていることに気づいた獣がバッと逃げる。すると、魔物がガクンと頭を下げた。それは風刃を飛ばす動作だ。獣は木々に隠れたが、巨体を隠し切れず、背中の一部を斬られて倒れた。
その瞬間、カイルは魔物に向かって飛び出した。
(また溜めに入るはず。連射はできない)
もう一度、魔物は頭を上げて、魔力を溜める。セイルが青く光る。
カイルはその隙に魔物に一挙に近づく。
近づいてくる新たな敵の勢いに驚き、魔力をためる余裕のなくなった魔物は、不十分なまま風刃を放った。それはスピードも遅く、威力が低い。
カイルは風刃に向かって、剣を振り下ろす。
攻撃魔法は、それを放ったものが意図した対象に作用する。つまり、魔物が意図するのはカイルの身体だ。対象に到達する前はまだ魔法は可能性の状態だ。その状態で意図しないものが混ざれは、魔法は霧散する。つまり、魔物がカイルの身体を対象にした以上、剣には効かない。だから、魔法は剣で切れるのだ。
焦った魔物は体勢を崩し、魔法障壁を張った。しかし、まだ魔力が溜まっておらず、薄い。
カイルは魔法を切った剣を返して、斜め下からすくい上げるように障壁を斬った。
そのまま剣を上から袈裟懸けに下ろして頭を落とした。
魔物は声もなく崩れ落ちた。霧が消え、森の空気が元に戻る。
カイルは剣を拭い、深く息を吐く。
魔法を何度か使わせて、魔力を削ぐ。それから勝負する。それがカイルの戦法だ。森の中を自由に動ける俊敏性と、魔法を切りそこなうことのない剣の腕が必要だ。
魔物背中を斬られた獣は倒れたまま、動かない。カイルは止めを刺した。
そうして彼は、魔物のそばに装備を運んで、解体を始めるのだった。
カイルがセイルフェンを狩ったのには理由があった。
ミナが買ってくれたトーチには小鳥の卵大の魔石がついていたが、あれでは小さい。すぐに魔力を消費してしまう。半日くらい使えるようにするには、大きな魔石が必要だ。
しかし、大きな魔石は高いので、武器屋では手が届かない高額になる。それで、トーチ用としては小さめの魔石がついている。
カイルは自分で大きな魔石を狩れる。セイルフェンの魔石はこぶし大ほどの大きさだ。
こうして、カイルはトーチの性能を上げることが可能となった。
* * *
ミナはタンブリーから帰ると、その日のうちに村役場に報告をしていた。出荷量、販売価格、それぞれの野菜の相場価格などを記録していく。
幸い、役場には紙があり、きちんと記録できるのだ。今までの集計をしていると、午後の遅い時間になっていた。
(人件費が増えたから、月500個では黒字にならない。700は欲しいなあ…。それには参加農家があと何軒だっけ…?)
そんなことをぶつぶつとつぶやきながら、ミナは今までに訪問した農家を記録した木札を見ながら、次の訪問先を考えていた。
「ミナ」
振り返ると、狩りから帰ってきたカイルがいた。簡易台車に皮でざっくり包んだ大きな荷物を載せていた。カイルは途中の街でいくらかの肉を売り、加工が必要な部分だけを持ち帰っていた。その中にはセイルが二枚、包みから覗いていた。
「おかえりなさい。それ、何?」
「魔物の一部。風魔法を使う魔物の背ビレ…みたいなものかな」
「へぇ~、またすごいのを倒したのね」
ミナは少し近づいて、セイルを眺めた。
「トーチが役に立ってる。前よりもさらに安全に狩りができるようになった。ミナのおかげだよ」
「ほんと?! それはうれしいわ!」
ミナは本当によかったと思った。トーチが役に立つならカイルの安全性も上がるし、収入も上がるのだから、自分も少しばかり貢献していると言えそうだ。
「私、いくつか農家を訪問してから帰るから」
「わかった」
そう言って、途中で別れた。
ミナの住む北区を中心にだいたい回ったから、村役場のある東区を重点的に回るつもりだった。
トージャーから、豆類を増やすように指示が来ていたが、今の農家では、十分な量が確保できない。豆類を出荷できそうな農家を当たる必要があった。
(どの農家がどんな農産物を作っているのか、把握しておかないと…)
紙をケチっていてはどうにもならない。ミナの経済的自立はなかなか遠い道だった。
(現実は厳しいな…)
二軒を回ったが、あまり良い反応が聞けなかった。
帰路の途中で、ミナは木陰の向こうから男たちの険悪な声が聞こえてきたので、少し歩みを止めた。
「お前だけいい思いしてるのが気に食わないんだよ」
…それは、クルムの声だった。腕を組んでえらそうにカイルを見下ろす。
「お前に関係ないだろ」
カイルが台車の紐を肩に掛けたまま、言い返す。
(あちゃ…。クルムと出会っちゃったのね…。まずいな…)
ミナは二人がどんな状況か理解した。
「それからお前、こないだミナとレイにいやがらせしただろ。荷馬車に…」
「ふん。何のことかわからないね」
クルムは肩をすくめた。
「次にまたあんなことをしたら、承知しないからな」
「承知しない? 俺を殺すのか? 俺はオオカミみたいに簡単にやられ…」
クルムはハッとして口をつむいだ。うっかり口を滑らせたことに気づいたのだ。
「お前…」
カイルの声に憎しみがこもる。
(やばい!)
ミナは焦った。
おおごとにならないうちに、カイルと共に家に帰ろう。そう思って、ミナは近づき、クルムの背後に出た。
クルムはハッと振り返る。カイルは正面にいる。二人とも無言でミナを見た。
「カイル、帰りましょう」
ミナはクルムの横を通り抜けようとする。
「おい、待てよ。女がしゃしゃり出るな! 今、俺がカイルと話をしてるんだよ」
「それ、話じゃないわ。いちゃもんでしょ? カイルが聞く必要なんかないと思う」
ミナはピシャリと言った。彼女はクルムを怖れない。もともと28歳のミナからしたら、クルムはまだレイと同じく高校生みたいなものなのだ。
「おまえ…。生意気なんだよ」
クルムはミナを突き飛ばそうとしたが、ミナはさっと躱した。
「そうやってすぐに暴力をふるうの、やめてくれない?」
ミナが反論するのを、カイルは驚いた顔で見ている。
ミナが背を向けてカイルのほうに歩こうとすると、クルムが後ろからその腕を掴もうとする。
カイルが動こうとする暇もなく、ミナはその手をつかみ、手首をひねりながら軽く腕をひねった。
すると、クルムは大きくバランスを崩してくるりと回転して転倒した。
「お、おまえ…」
驚愕の顔で立ち上がろうとするクルムの顔は憎しみに満ちていた。
カイルは反撃を警戒して、身構えた。
ふたりの間に火花が散った。
カイルも強いですが…。
ミナも気が強いです! 負けません! ダテに合気道やってません!
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