第15話 初めての危機と運命の武器
仕事で一番大切なのは、信頼を勝ち取ること。これ、大切!
それなのに…こんなことが…。
ミナ、天然ぶりを発揮。
「う~ん、ドキドキするね」
「そうか?」
ミナはドキドキして仕方がないのだが、レイは気楽に荷馬車を動かしている。
「ちゃんと無事につけばいいけど…」
「ま、この時間なら、動物や魔物も出ないし、他の村人とも会わないよ」
「やっぱり、この道にも動物や魔物が出るの?」
「たまに、だけどね。出るとしてもだいたい早朝なんだ。まだ薄暗い5時とか6時とか。もう8時だから、たぶん出ない」
「そっか」
たまにしか出ない危険な敵のために、こちらはずっと自由が制限されている。とんでもないことだとミナは思った。
しばらく行くと、木陰に朝日を受けて光るものがある。
「レイ…。あそこ、何か光ってる。金属みたい。剣かな?」
「え? あ、ほんとだ」
レイは目を凝らして光るものを見た。木陰に人影があるのがわかる。
「あいつ、クルムじゃないか。あの赤い髪と背格好…」
「え、クルムってあの?」
「そう、兄貴を嫌っているやつ」
ミナはちょっと不安になった。
荷馬車はその前を通り過ぎたが、誰も出てこなかった。ミナはほっとした。
「見間違いだったかな?」
レイもホッとして言った。
(そうか。こういうふうに、誰かが襲っているという危険もあるよね。なにしろ、こんなに大量に食料を載せているんだから、現代風に言えば、現金輸送車みたいなものってことよね)
今回は何事もなかったけど、これは防御体制を考えた方がいいかもしれない。
そんなことを思いつつ、しばらく行くと、急に2頭の馬がいなないて止まった。
「あ、オオカミだ! まずい!」
レイが叫ぶ。ミナも前方を見た。
そこには、4、5匹のオオカミが道の真ん中にたむろして、何かを漁っているようだ。小動物を食っているところらしい。
食うのに忙しく、こっちには襲ってこないが、これではこの道を通れない。
「どうしよう。…どうしたらいいの?」
ミナはレイにすがるように聞いた。
「俺もわかんね…。このまま突き進むことはできないし…。あのオオカミを何とかしないと…」
「何か食べてるよね? あれを食べ終わったら、去るかしら?」
「さあな。こっちに襲ってくるってこともあるぞ。見えてるし、風上だし…」
「えっ、そうなの?!」
ミナとレイはしばらくじっとしていたが、ミナは焦ってきた。これでは街にたどりつくのが遅くなってしまう。初日から遅刻では信用を無くす。
かといって、どうやって追い払ったらいいかわからない。
下手に攻撃して、こっちの馬が襲われたらさらにひどいことになる。
「オオカミを追い払う方法ってないの?」
「いや、あったら誰も困んない」
レイはミナほどは焦っていないのだ。ここでは待つしかないだろう。
ミナはイライラしてきた。一番怖いのは、オオカミに襲われるよりも、初日からすべての信用を無くすことだ。たくさんの人の期待がかかっているからだ。そんなこと、絶対に嫌だ!
ミナは荷台のほうを見た。
(何か武器になるものは…)
少しばかりの工具と、車輪がぬかるみにはまった時に使う分厚く長い板しかない。とりあえず、これでなんとかするしかない。ミナは板を引っ張り出した。
「ミナ、何する気?」
「これで追っ払う!」
「ミナ、相手はオオカミだよ? わかってる?」
「でも、このままじゃ街に行けないじゃない!」
「いや、無謀だって!」
「じゃ、どうすればいいの?!」
ミナはレイが持っている鞭を見た。
「ちょっと、それ貸して!」
「えっ、ダメだよ。どうやって馬を御すのさ?!」
「これでオオカミを追い払うの!」
「いや、無理だって! 馬車を降りるなんて、絶対にダメだから!」
「降りなくても近寄ればなんとかならないの?!」
「相手はオオカミだぞ。近寄ったら御者台に簡単に上がってくるぞ?!」
御者台で二人がドタバタとしていると、黒い影がオオカミに向かってさっと走りこんだ。
そして、剣で一閃し、あっという間にオオカミを2匹薙ぎ切った。驚いた残りのオオカミたちはダッと駆け出して、後ろの茂みの中に走って逃げていった。
「兄貴…」
「カイル…」
オオカミを追い払ったのは、カイルだった。
「お前たち…」
カイルはあきれたように、荷馬車の二人を見上げた。何か言いたそうにしているのは、さっきのミナの様子を見ていたからだろう。
「カイル…、ありがとう」
「ほら! いいからさっさと通れ! また何か来るかもしれないぞ」
「おう!」
レイが手綱を握って、鞭をふるい、荷馬車は動き出した。カイルが簡単に死骸をどけ、レイは上手にその横を避けていく。ミナが振り向くと、カイルが手を振っている。思わずミナも手を大きく振った。
「カイル…なんで来てくれたんだろう。狩りに行くって言ってたのに」
「きっと、心配して後ろからついてきてたんだろ」
「うん…。そうかもね」
大きなランドセルを背負って一人で小学校に行く子供を、後ろからこっそり見守る母親みたいに…。
(はあ~……異世界ってどうよ? でも、カイルがいてよかった。本当によかった)
ミナは安心したのと、異世界の危なさにあきれたのと、カイルに感心したので、信用を失う恐怖から頭がとりあえずリセットされた。
* * *
無事にタンブリーに入り、なんとか時間に間に合うようにプライク商会の倉庫に着いた。
「初日の成功、おめでとうございます。よかったです!」
トージャーが大げさに褒めてくれた。
藁をしいたおかげで、傷みも少なく、初日としては、うまくいったようだった。質と量をトージャーが確認し、証明の木札をもらって、今日の仕事は終わりだ。
プライク商会は中堅の複合商社のようなもので、さまざまな商品を扱っているが、農産物は今まで扱っていなかった。今回、新しく乗り出す分野なのだ。
だが、広い倉庫を持っていて、まだまだ取り扱い商品を広げたい意欲が見えた。
市場や常設店の価格などを確認して帰りながら、ミナはレイに聞いた。
「レイ、何か武器とかないの? またオオカミとか出たら困るし」
「う~ん、俺、そういうの詳しくないから、兄貴に聞いてよ」
「そっか…」
ミナは考えていた。無力な二人では道中が危険だ。もう少し自警力がなくてはいけないだろう。
「私たち、二人じゃ無力だよね」
「う。俺、兄貴みたいに強くないからな…」
レイもちょっと自分にがっかりしているようだ。
(仕方ないか。レイは戦闘向きじゃないし…。私がなんとかしなきゃ)
「大丈夫。私が何か考えるわ!」
「ミナが考えることって…不安しかないんだけど」
レイは朝のミナの無茶ぶりに不信感を抱いているようだ。
ミナはそんなレイをにらんで、「大丈夫だから!」と繰り返した。
村に戻ると、役場に報告をして、帳簿に各家の売り上げを記録すると、ミナは一足先に家に帰った。レイは少し馬と荷馬車の世話をするようだった。
夕食の時間にはカイルが帰ってきた。食事のあと、カイルが言った。
「あの後、よく調べたら、森からイタチの血がついていた。
オオカミがあの時間に人間のいる場所に現れるはずない。
誰かがわざと道にオオカミをおびき寄せたんだな。
イタチの足には紐が括りつけられていたし」
傷を負わせたイタチの血を流しながら、森から道へとオオカミがおびき寄せられるようにしたというのがカイルの見立てだ。
「あ、あいつかも! クルムがいたんだよ。オオカミが出る前に」
レイが言う。ミナもそれは疑ったのだが、証拠がないことは言えない。
「クルムがいた?」
カイルは眉をひそめた。
「剣と赤い頭が見えただけよ。彼かどうかわからないわ」
一応、ミナはクルムをかばった。クルムのためというよりも、証拠がないときに敵をつくるのは時間の無駄になることが多いからだ。
クルムに限らず、道中の危険をまったく考慮していなかった自分のミスだと思う。
「それにしても、ミナにはまいったよ」とレイが愚痴るように言う。
「あぶねえったらねえ。オオカミに鞭で対抗するとか、板で殴りつけるとか。まともじゃねえよな」
「ミナ! 天然はやめろって言ったろ?」
カイルに怖い顔で怒られた。
「す、すみませんでした…」
とりあえず素直に謝る。
オオカミがどれだけ怖いのか、自分にはわからない。とりあえず、大型犬くらいにしか思っていなかったかもしれない。
「ね、カイル。何か武器はないのかしら? 荷馬車の上から、オオカミとかを威嚇できるような武器」
ミナは銃のようなものをイメージした。アメリカでは、銃は中古で10万円くらいから買えるのだ。
「ある。武器屋に行けば、魔道武器がいろいろある。でも、かなり高いぞ。だから、農民が持つようなものじゃない」
「そうなの?」
魔道武器! それはかなり興味がある。
カイルが言うには、この世界には魔法使いはいるが、数が少ないので王都に集中しているという。だから、必要なときに魔法使いの力を借りることは難しい。
それで、魔法使いがいなくても魔法が使える魔道武器が発達したという。
魔石の力で魔法が打てる武器だ。魔力のない人にも使えるということだ。
しかし、高すぎて、普通は手が出ないのだ。
「カイル、私を武器屋に連れていって! お願い!」
次にレイと街に行くのは5日後だから、それまでに武器を用意しておきたい。
そう、ミナには奥の手があるのだ。
(今こそ、アクセサリーを売るべきよ)
ミナはその金で武器を手に入れようと考えたのだった。
翌日、ミナはカイルを伴って、タンブリーの質屋…買い取り屋に来ていた。
この世界では買い取り屋は貴族たちの行きつけの店で、庶民は行かない。そこに、ミナが所有していた3つのアクセサリーを出して、見積もりをお願いした。
「こ、これはすばらしいものですな」
店主はルーペをかざしながら、一つ一つのアクセサリーを見ていた。大きめのグリーントルマリンをメレダイヤが取り囲むピアス、ゴールドに0.3カラットのダイヤの指輪。
そして、カジュアルなパールの髪飾りだ。
「こちらのピアスが300ポル。めずらしい良い色です。留め金もゴールドですな。指輪はゴールドで石も良いものですが、サイズが合う、合わないがありますので200ポル、こちらの髪飾りは…」
(いやいや、ピアスは10万円、指輪は35万円だったんだけど…)
全然異なる評価にミナはあきれていた。
髪飾りは期待できない。
ミナは500ポルに+αくらいに思った。
「800ポルでいかがでしょうか?」
「え…?」
ミナは驚いた。髪飾りはもともと4000円くらいのパチンと止める留め金付きで、本物の宝石は使われていない。
しかし、花を象った金色の土台にフェイクのパール20個と小さなダイヤもどきを散りばめた美しいもので、確かにもしそれが本物なら、他の2つよりも高価だろう。
しかし、しょせんフェイクなのだ。
「こちらは見たことがない宝石です。おそらくは、真珠と呼ばれているものではないかと思いますが、この国では存在しません」
なるほど。本物であろうがフェイクであろうが、そもそも存在しないのだから、どちらでも良いのだ。めずらしい真珠となれば欲しがる人は多い。高く売れると踏んだのだろう。需要と供給で価格は決まるのだ。
ミナは横を向いてカイルの顔を見たが、彼もアクセサリーの相場はまったくわからないという顔をしていた。
「わかりました。では、その価格でお願いします」
そう言って、ミナはその3つをお金に変えた。
次に、ミナとカイルは武器屋を訪れた。カイルもかなり興味があるらしく、一つ一つ武器を見ていた。
カイルは冒険者なので、店主は上客だと思ったらしく、丁寧に対応してくれる。
ミナが指輪型の魔道具を見ていると、「こちらは声を記録する魔道具で…」と店主は魔道具を説明する。
「俺たちが欲しいのは武器なんだ」とカイルが言った。
「おお、そうでしたか。では、お勧めなのはこちらですね」
ベレー帽をかぶったちょっと太り気味の店主が出してくれたのは、棒状の魔道具だった。
「こちらは、土魔法と火魔法を組み合わせたものでして、長距離の攻撃ができます」
それは、魔法の杖と呼ばれるものと似ているが、実際の大きさは杖ではなく、少し太めで15センチくらいの棒だ。
店の裏庭に行き、そこに置かれた的に向かって、店主が見本を見せる。
バシュッ!
それはまるで銃のようなものだった。棒の先から小さなとがった石が目に見えないスピードで発射され、相手を倒す。石は高熱を持ち、小さい魔物なら一発で死ぬし、ロックベアのような大きな魔物でもかなりの打撃を与える。
銃のように照準を合わせなくても、心の中で対象に当てるさまを思い描いて発射と唱えればよいのだそうだ。
「小さな魔石が6つ入っておりまして、6連発撃てますが、そのあとは1日経たないと魔石が復活しません。射程は約80メートルです」
カイルは別の魔道具を見ていた。それは戦うものではなく、周囲を感知する魔道具だ。いわばレーダーのようなものだ。
「こちらは風魔法を利用したもので、最大半径100メートルの気配を感じ取り、状況を示してくれます」
形状はアップルウォッチに似ていて、左の手首にはめて起動すると、直径15センチくらいの丸いディスプレイが少し上に浮き上がる。そこに100メートル周囲の情報が浮かび上がるのだ。
ディスプレイとは別に魔石のはまった本体があり、これは腰につける。
価格を聞くと、銃のような棒「ピッター」は500ポル、レーダーのような「トーチ」は800ポルと言う。トーチは常時魔力を発するため、大きい魔石が必要で高いのだ。
ミナは、その価格がちょうどアクセサリーと同じであることに運命を感じてしまった。しかも、髪飾りがあんな高値で売れるとは思わなかったので、トーチが買えるのは運命としか言いようがない。
「これ、両方ともください」
驚くカイルに、ミナは振り向いてニッコリした。店主はお金と引き換えに、にこにこして2つの品をミナに差し出した。
「カイル。助けてくれたお礼」
店を出ると、ミナは買ったばかりのトーチを両手でカイルに差し出す。
「え…?」
「カイルは二度も私を助けてくれた。ありがとう。私ができるのはこれくらい」
そう言ってほほ笑むと、カイルはうれしそうに受け取った。
「ありがとう。ミナに借りができたな」
「カイルはドレスも買ってくれたわ。でも、もう私、持っているものはないの。だから、これ以上のお礼、できないけど、また助けてくれる?」
カイルは笑った。
「妖精をやめない限り、危ないことしそうだよな」
「うう~ん…。自分ではやめたいんだけど…。どうやめていいのかわからない…」
ちょっとほほを膨らませて、愚痴を言った。
(でも、今回はいい体験だったわ。レイがいて、カイルが助けてくれたから無事だったけど、この世界の危険性がやっとリアルに頭に入ってきた…)
家に戻ってレイにピッターを見せると、彼はすごく驚いて、貴重なもののようにピッターを触っていた。彼に使い方を少し練習してもらおう。もちろん、ミナも使うつもりだ。
とりあえず、初回の試験運行でわかったことに対しては、対処した。
(計画して、動かして、問題を見つけて、直す)
ミナは頭の中で流れをなぞる。前の世界で、何度も叩き込まれたやり方だ。
Plan。Do。Check。Act。これを何度も回し続ければ、事業は必ず強くなる。
それはコンサル時代に習った鉄則だった。
このPDCAが速い経営者ほどあっという間に結果を出すのだ。
(よし。とりあえず、ここまでは合格ね。よくやった。えらい、えらい)
ミナは自分で自分を褒める。コツは、自分を少し子供だと思って褒める。よくあるアニメの三頭身のイメージだ。これは大学の心理学の授業で習った効果的な自己承認のやりかただった。
まだまだたった一回だけの配送なのに、命の危険を感じて、冷や汗をかいた。
(この先、何があるんだろう…)
ミナは想像もつかない未来に、不安を感じていた。
責任を取っている人ほど、不安を感じる。責任を持っていない人は、キラク。
責任を取っていないくせに、不安を感じるのは、頑張っているフリ。
心を知ると、ビジネスがラクになる!
まだまだ、小さなビジネスが始まったばかりですが、これからどんどんビジネスが広がります。
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